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by nicoxz

書店600店の在庫を一元化|返品率30ポイント削減の新システム

by nicoxz
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はじめに

日本の出版業界は、長年にわたり高い返品率という構造的な問題を抱えてきました。書籍の返品率は約33%、雑誌に至っては47%を超え、年間2,000億円もの損失が生じているとされています。

この課題に対し、紀伊国屋書店、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)、日本出版販売(日販)が出資するブックセラーズ&カンパニーが、書店チェーンの垣根を越えた在庫融通システムを構築しました。2026年1月から56社603店舗の在庫を横断管理するデータベースの運用が始まり、先行事例では返品率を30ポイント削減した実績も報告されています。

本記事では、この画期的な取り組みの詳細と、出版業界が目指す流通改革の全体像を解説します。

ブックセラーズ&カンパニーの取り組み

会社設立の背景

ブックセラーズ&カンパニーは2023年10月に設立されました。出資比率は紀伊国屋書店40%、CCC30%、日販30%で、資本金は5,000万円です。社名は「本を売る人」を意味する「BOOKSELLER」の複数形と、「仲間」を意味する「カンパニー」を組み合わせたものです。

設立の目的は「書店主導の出版流通改革」です。従来の出版流通では、取次会社を介した委託販売制度により、書店は在庫リスクを負わない代わりに、粗利率が低く抑えられてきました。この構造を変革し、書店の収益性を改善することを目指しています。

在庫融通データベースの仕組み

2026年1月に運用を開始した在庫融通システムは、加盟する56社603店舗の在庫情報を一元管理するデータベースです。これにより、チェーンの異なる書店間でも在庫を融通できる体制が整いました。

具体的には、A書店で売れ残っている書籍を、需要のあるB書店に移動させることが可能になります。従来は同じチェーン内でしか在庫移動ができませんでしたが、紀伊国屋書店とTSUTAYA(CCC運営)のような異なる系列の書店間でも融通できるようになりました。

実証実験での成果

先行する実証実験では、返品率を30ポイント削減した事例が報告されています。業界平均の返品率が40%程度であることを考えると、これは10%台まで抑制できる可能性を示唆しています。

出版社向けに11月に開催された方針説明会には211社が参加し、この取り組みへの関心の高さがうかがえます。

日本の出版業界が抱える返品問題

委託販売制度の功罪

日本の出版業界では、出版社→取次→書店という流通経路を用いた委託販売制度が採用されています。書店は輸送料を負担すれば売れ残った本を返品できるため、在庫リスクを抱えずに多様な品揃えが可能です。

しかし、この制度には深刻な問題があります。返品された書籍・雑誌の処理コスト、輸送コストが業界全体の収益を圧迫しているのです。出版科学研究所のデータによると、2023年の返品率は書籍33.4%、雑誌47.3%に達しています。

自転車操業の構造

返品率が高くなると、出版社は赤字を埋めるために新刊を次々と取次に送り、その返品分の赤字をさらなる新刊の売上で埋めるという自転車操業に陥りがちです。結果として、売れない本が大量に出版され、さらに返品が増えるという悪循環が生じています。

年間の新刊点数は約7万点に達する一方、1点あたりの発行部数は減少傾向にあります。書店の棚には新刊が次々と並びますが、短期間で入れ替わり、読者が求める本を見つけにくい状況も生まれています。

書店数の減少

書店を取り巻く環境は厳しさを増しています。書店数は2008年の約1万7,000店から2023年には約1万店、図書カードリーダーの設置数で見ると約6,500店まで減少しました。

出版市場全体も縮小しています。1996年のピーク時(約2兆6,564億円)と比較すると約4割減、紙の出版物だけで見ると約6割減という厳しい状況です。

テクノロジーを活用した解決策

ICタグによる在庫管理革新

講談社、集英社、小学館、丸紅が出資するパブテックス(PubteX)は、2025年1月からICタグ(RFIDタグ)による在庫管理サービスを開始しました。専用リーダーを棚にかざすだけで在庫を把握でき、棚卸し作業の時間は従来の30〜50分の1に短縮されます。

ICタグの活用により、出版社は「この店舗では前刊がこれくらい売れた」といったデータを把握できるようになります。店舗ごとに出荷数量を調整できるため、返品削減につながります。また、防犯ゲートと連携させることで万引き対策にも効果があり、実証実験では被害額が10分の1になった事例もあります。

2025年中に100店への導入を目指しており、今後の普及が期待されています。

AIによる仕入れ・返品最適化

AI事業会社のACESと光和コンピューターが共同開発した書店MDシステム「BOOKS-TECH.COM」は、山陰地方の今井書店で実運用されています。POSシステムと連携し、入荷・在庫・販売データから店舗ごとの最適な在庫を割り出します。

補充仕入れの実証実験では商品消化率が70%を超え、非導入店を大きく上回る効果を発揮しました。不稼働在庫のリストに優先順位をつけて返品を行うことで、効率的な在庫回転を実現しています。

注意点・展望

直仕入れモデルへの移行

ブックセラーズ&カンパニーは、在庫融通だけでなく、出版社との直接取引による仕入れモデルも推進しています。取次を介さない直仕入れにより、書店の粗利率改善を目指しています。

ただし、直仕入れには在庫リスクが伴います。従来の委託販売では返品が可能でしたが、買い切り制では売れ残りのリスクを書店が負うことになります。このリスクを最小化するために、在庫データの共有と需要予測の精度向上が重要になります。

業界全体での取り組み

経済産業省も書店振興プロジェクトチームを設置し、業界の課題整理を進めています。2024年10月には関係者からの意見を集約した課題報告書が公表されました。

DNPは2026年度までに「未来の出版流通プラットフォーム」の構築を目指しており、多くの書店や出版社が利用できるオープンなインフラを計画しています。業界横断的な取り組みが加速しています。

残る課題

在庫融通システムが効果を発揮するためには、より多くの書店の参加が必要です。現在の603店から参加店舗を拡大できるかが鍵となります。また、中小の独立系書店がこうしたシステムに参加するためのハードル(システム導入コスト、運用体制など)をいかに下げるかも課題です。

まとめ

ブックセラーズ&カンパニーによる書店横断の在庫融通システムは、日本の出版業界が抱える構造的な問題に対する有力な解決策です。56社603店の在庫を一元管理し、チェーンを超えた在庫移動を可能にすることで、返品率の大幅な削減が期待されています。

ICタグやAIを活用した在庫管理の効率化も進んでおり、テクノロジーの力で出版流通を変革する動きが加速しています。書店数の減少が続く中、こうした取り組みが「街に書店が在り続ける未来」を実現できるか、注目されます。

出版業界の持続可能性を高めるためには、出版社、取次、書店がそれぞれの利害を超えて協力することが不可欠です。ブックセラーズ&カンパニーの取り組みは、その第一歩として大きな意義を持っています。

参考資料:

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