広尾病院のPreRRSが示すコードブルー予防の病院DX
はじめに
病院内での心肺停止は、突然起きるように見えても、その前に呼吸、意識、循環、食事摂取、会話の反応といった異変が積み重なっていることが少なくありません。そこで重視されてきたのが、急変後に集まるコードブルーではなく、急変前に拾い上げる院内迅速対応システムです。
東京都立広尾病院は三次救急を担う基幹病院であり、重症患者が集まりやすい環境にあります。その病院で「PreRRS」と呼ばれる仕組みが注目されているのは、重症病院ほど急変対応の巧拙が医療安全に直結するからです。本記事では、公開情報で確認できる広尾病院の位置づけと、Rapid Response Systemの一般的な設計思想を踏まえながら、コードブルーを減らす仕組みの核心を整理します。
コードブルーの前に動く仕組み
コードブルーとRRSの決定的な違い
コードブルーは、すでに心肺停止やそれに準じる緊急事態が起きた段階で発動される緊急コールです。これに対してRapid Response System、いわゆるRRSは、心停止に至る前の異常兆候を検知して、専門性の高いチームが病棟で先回り対応する仕組みです。
日本集中治療医学会は、RRSを「予期せぬ院内心停止や院内死亡といった重篤な有害事象を減らそうとする医療安全体制」と説明しています。AHRQの解説でも、RRSは一般病棟で悪化しつつある患者に対し、ICU転棟、心停止、死亡を防ぐための介入として位置づけられています。つまり発想の中心は、救命処置の高度化ではなく、悪化を見逃さない運用への転換です。
この違いは大きいです。コードブルー中心の病院では、優秀な救命チームがいても、呼ぶタイミングが遅れれば結果は限られます。RRSは「急変の質」を変えるのではなく、「急変の手前で介入する時間」を作る仕組みです。
PreRRSが目指す早期検知の実務
広尾病院の公開資料にはPreRRSの詳細設計そのものは多くありませんが、同院の総合診療DXに関する学会登壇情報からは、院内の臨床データ活用を強める方向性が読み取れます。ここでいうPreRRSは、一般的なRRSより一段早く、看護記録、バイタル変化、モニタリング情報、患者の見た目の変化などから「まだRRSを呼ぶほどではないが危ない」状態を拾いにいく考え方だとみるのが自然です。
RRSの弱点は、現場が忙しいほど「様子見」が起きやすいことです。異常が小さい段階では、担当者の経験や勘に依存しやすく、報告が遅れます。そこで電子カルテや生体情報を使い、一定の閾値やパターンに達した患者を自動的に浮かび上がらせる仕組みが重要になります。広尾病院で注目されるのも、単に人員を増やしたからではなく、データで拾い上げる医療安全へ踏み込んだからでしょう。
広尾病院の文脈でみる病院DXの意味
三次救急病院でこそ必要な「見逃さない設計」
東京都保健医療局は、広尾病院を三次救急を含む「東京ER・広尾」を担う病院と位置づけています。災害医療や島しょ医療、小児医療、精神科身体合併症なども担っており、患者の重症度と多様性が高いことが特徴です。こうした病院では、救急外来だけでなく一般病棟や入院後の経過でも状態悪化のリスクが高く、院内横断の監視体制が欠かせません。
PreRRSの価値は、まさにこの「院内横断」にあります。従来の医療では、病棟ごと、職種ごと、シフトごとに情報が分かれやすく、異常のサインが点で埋もれがちでした。病院DXが意味を持つのは、診療録やモニターの情報を一元的に眺め、病棟の境界を越えて同じ危険信号を見られるようにするからです。
患者安全分野の先行研究でも、Rapid Response Systemsは院内心停止を減らしうる一方、効果は各病院の運用文化に左右されると整理されています。つまり、システムを入れるだけでは不十分で、「誰がいつ反応するか」「どの程度の異常でエスカレーションするか」を病院全体で共有しなければ成果は出にくいということです。広尾病院の取り組みが注目されるのは、DXを単なる業務効率化でなく、エスカレーション文化の再設計に結びつけている点にあります。
予測型安全管理への発展可能性
PreRRSという発想は、異常値の通知を超えて、予測型の安全管理へ進む可能性を持っています。AHRQが紹介する先行事例では、予測分析を使って患者悪化を数時間前に警告し、先手の治療計画につなげる取り組みが示されています。公開情報だけで広尾病院のアルゴリズムや運用閾値までは確認できませんが、PreRRSという名称自体が、既存RRSの前段にあたる監視レイヤーを意識していることは明らかです。
実務上は、ここに看護師の観察や家族の違和感をどう組み込むかも重要です。数値化しにくい「いつもと違う」を早期警告に変えられるかどうかで、院内心停止予防の精度は大きく変わります。システムと現場感覚を対立させず、両者を接続する設計こそが、PreRRSの中身といえます。
注意点・展望
技術導入だけでは成果が出ない理由
RRSやPreRRSは、導入すれば自動的に安全性が上がる仕組みではありません。先行研究では、RRSの効果は一定の期待がある一方で、施設差が大きく、運用の質に左右されるとされています。アラート疲れが起きれば通知は無視されますし、責任分界が曖昧なら誰も動きません。データ連携以上に大切なのは、現場が「迷ったら早く呼ぶ」文化を持てるかどうかです。
また、過剰なアラートは現場負荷を高めます。精度を上げようとして感度を下げすぎれば見逃しが増え、感度を上げすぎれば通知過多で機能しません。PreRRSの成否は、システム導入後も指標を見直し続ける運用にかかっています。
病院DXの本丸としての患者急変対応
医療DXは予約や会計のオンライン化ばかりが注目されがちですが、実は最も価値が大きいのは、患者の悪化を早くつかんで救命につなげる領域です。広尾病院の取り組みは、その本丸がどこにあるのかを示しています。重症病院ほど、人手の頑張りだけに頼らない安全管理が必要です。
今後は、院内データ連携、生成AIを含む記録支援、予測モデル、RRS運用の標準化が結びつき、コードブルーを「うまく対応するもの」から「できるだけ起こさないもの」へ変えていく流れが強まるでしょう。
まとめ
広尾病院のPreRRSが示しているのは、コードブルーの現場対応力より前に、急変の兆候をどう拾うかという病院安全の設計思想です。RRSはすでに世界的に広がった仕組みですが、その効果を高めるには、電子カルテやモニターをつないだ早期検知と、迷わずエスカレーションできる文化の両方が欠かせません。
公開情報だけでは広尾病院の詳細実装をすべて確認できるわけではありません。それでも、三次救急病院でPreRRSが注目されている事実は、病院DXの価値が事務効率ではなく患者急変の未然防止にあることをはっきり示しています。今後、同様の仕組みは大病院だけでなく地域中核病院にも広がっていく可能性があります。
参考資料:
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