Research
Research

by nicoxz

出光興産「エチレン生産停止も」、ホルムズ封鎖でナフサ調達危機

by nicoxz
URLをコピーしました

はじめに

出光興産が基礎化学品エチレンの生産設備を停止する可能性があることを取引先に通知したことが、3月6日に明らかになりました。ホルムズ海峡の事実上の封鎖により、エチレンの原料であるナフサ(粗製ガソリン)を中東から輸入できなくなっているためです。

対象となるのは、徳山事業所(山口県周南市)と千葉事業所(千葉県市原市)のエチレン製造装置です。出光興産はこの2拠点を合わせて年間約100万トンのエチレン生産能力を持っており、停止が現実化すれば日本の石油化学産業全体に波及する事態となります。

ホルムズ海峡封鎖とナフサ供給の危機

日本の中東依存の現実

日本の原油輸入の約94%は中東からの調達に依存しており、その大部分がホルムズ海峡を通過しています。ナフサについても同様の構造で、中東産原油を国内で精製してナフサを得るほか、中東から直接ナフサを輸入するルートも存在します。

2月28日の米イスラエルによるイラン攻撃と、それに続くイランの報復によりホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥ったことで、これらの供給ルートが一斉に途絶する危機に直面しています。タンカー通行量は約70%減少し、商業船舶はほぼ通航を停止しています。

ナフサ在庫の脆弱性

出光興産が取引先への通知で「封鎖が長期化すれば停止する可能性がある」と述べた背景には、ナフサ在庫の脆弱性があります。原油については国家備蓄と民間備蓄を合わせて約254日分が確保されていますが、ナフサの在庫は原油と比べて大幅に少ないのが実情です。

ナフサは石油精製の過程で得られる中間製品であり、原油そのものとは異なる在庫管理が行われています。原油備蓄があっても、精製設備のフル稼働には限界があり、ナフサの追加調達が止まれば比較的短期間で在庫が底をつく可能性があります。

出光興産の2つのエチレン拠点

徳山事業所(山口県周南市)

徳山事業所は年間約62万トンのエチレン生産能力を持ち、出光興産のエチレン生産の約60%を担う主力拠点です。ナフサとLPガスを原料に、エチレン・プロピレンをはじめ、パラキシレンやスチレンモノマーなど各種石油化学製品を生産しています。

シーバース(約15万トン級タンカーが着桟可能)からパイプラインでナフサタンクに荷揚げする設備を持ち、周南コンビナート全体への石油化学原料供給の要となっています。

千葉事業所(千葉県市原市)

千葉事業所は年間約37万4千トンのエチレン生産能力を有しています。京葉臨海コンビナートに位置し、ベンゼンやパラキシレンを製造する芳香族製造装置も併設されています。千葉地区は日本最大のエチレン生産能力を持つ地域であり、三井化学との設備統合の検討も進められてきました。

日本の石油化学産業への波及

エチレンは産業の基盤

エチレンは「石油化学の基礎原料」と呼ばれ、プラスチック(ポリエチレン、ポリプロピレン)、合成繊維、合成ゴム、洗剤、塗料など、日常生活のあらゆる製品の原材料です。エチレンの生産が止まれば、下流の化学メーカー、プラスチック加工業者、最終製品メーカーに至るまで、サプライチェーン全体が影響を受けます。

日本のエチレン年間生産能力は約600万トンですが、近年は中国の過剰生産による競争激化で設備の集約が進んでおり、余力は限られています。出光興産の2拠点が停止すれば、国内生産能力の約6分の1が失われる計算です。

他社への連鎖リスク

出光興産が通知を出したことで、他の石油化学メーカーも同様の判断を迫られる可能性があります。ナフサの調達困難は出光興産に限った問題ではなく、三井化学、住友化学、丸善石油化学など、国内のエチレン生産者すべてが同じリスクを抱えています。

石油元売り各社は「国内在庫や国家備蓄があるため、ただちに石油製品の供給に影響が出ることはない」との見解を示していますが、「ただちに」という表現は中長期的なリスクを暗に認めたものともいえます。

代替調達の模索

サウジアラビアの迂回輸出

ホルムズ海峡を通らない代替ルートとして注目されているのが、サウジアラビアの紅海側にあるヤンブー港からの迂回輸出です。サウジアラビアはホルムズ海峡を経由しない東西パイプラインを保有しており、紅海側から原油を出荷する態勢を整えつつあります。

しかし、パイプラインの輸送能力には限りがあり、ホルムズ海峡経由の全量を代替できるわけではありません。また、紅海ルートはフーシ派による攻撃リスクも残っており、完全な代替とはなりえません。

戦略的備蓄の放出

日本政府は石油の国家備蓄の放出を検討しているとみられます。約254日分の備蓄は世界的にも高い水準ですが、封鎖の長期化に伴い消費が進めば、放出のペースと量の判断が重要になります。IEA(国際エネルギー機関)加盟国による協調備蓄放出も選択肢の一つです。

今後の展望と注意点

封鎖期間が分岐点

出光興産のエチレン生産が実際に停止に至るかどうかは、ホルムズ海峡の封鎖がどの程度続くかにかかっています。数日間であれば在庫で対応可能ですが、数週間に及べば国内の石油化学産業全体が深刻な影響を受けます。

原油価格は89ドルに達しており、アナリストの一部は100ドル超えを予想しています。ナフサ価格も連動して上昇しており、仮にエチレン生産が継続できたとしても、製造コストの大幅な上昇は避けられません。

産業構造の見直し加速

今回の事態は、日本の石油化学産業が中東依存の脆弱性を構造的に抱えていることを改めて浮き彫りにしました。すでに進行中のエチレン設備の集約・再編の議論が加速する可能性があります。原料調達先の多様化や、石油に依存しないバイオナフサなど代替原料の活用も、より現実的な課題として浮上しています。

まとめ

出光興産がエチレン生産設備の停止可能性を取引先に通知したことは、ホルムズ海峡封鎖の影響が日本の産業基盤にまで及び始めたことを示す重大なシグナルです。徳山と千葉の2拠点は合計約100万トンの生産能力を持ち、停止すれば日本の石油化学産業全体に連鎖的な影響が広がります。

ナフサ在庫の脆弱性と中東依存の構造的リスクは、今回の危機以前から指摘されてきた問題です。封鎖の早期解除が最善のシナリオですが、長期化に備えた代替調達の確保と産業構造の見直しは、もはや待ったなしの課題です。

参考資料:

関連記事

最新ニュース