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by nicoxz

日本のサーモン養殖拡大 海面と陸上の分業が生む供給再編の現在地

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はじめに

日本でサーモンの存在感が高まる一方、天然のサケを取り巻く環境は厳しさを増しています。水産庁の令和6年度水産白書は、海面水温の上昇が世界平均を大きく上回るペースで進み、サケを含む主要魚種の不漁が長期化していると指摘しました。こうした環境変化のなかで、需要を安定的に満たす手段として、サーモン養殖への投資が加速しています。

いま日本で起きているのは、単純な「魚を増やす」動きではありません。青森など寒冷海域で育てる海面養殖と、富士山麓や三重県津市で広がる陸上養殖が、それぞれ異なる強みを持ちながら供給網を組み替え始めています。この記事では、海と陸の二つのモデルが何を補い合い、日本のサーモン市場をどう変えようとしているのかを整理します。

海面養殖が担う量産基盤と国内供給の下支え

天然資源の不安定化が養殖拡大を後押し

水産庁は2020年にまとめた「養殖業成長産業化総合戦略」で、サケ・マス類を戦略的養殖品目の一つに位置付けました。背景には、漁獲が不安定になるなかでも、養殖なら需要に合わせて計画生産しやすいという政策判断があります。令和6年度水産白書でも、近年の海洋環境変化がサケ不漁の長期化を招いているとされており、天然依存だけでは供給が読みにくい状況が続いています。

この文脈で強みを持つのが海面養殖です。既存の漁場や加工拠点を使いやすく、陸上RASより初期投資を抑えながら、比較的大きな量を育てやすいからです。青森県を拠点とするオカムラ食品工業は、日本で初めて大規模なサーモントラウト養殖を立ち上げた企業の一つで、発眼卵の調達から孵化、淡水育成、海面養殖、水揚げ、一次加工までを一貫化しています。公式情報によると、青森県内の海面養殖場では11月から4月にかけて育て、3〜4kgの出荷サイズまで成長させます。

海面養殖の魅力は、魚体サイズや脂乗りを市場ニーズに合わせやすい点です。水揚げ後すぐに工場へ運び、鮮魚や寿司向け加工品として出せるため、輸入品に比べて鮮度面で優位を作れます。オカムラ食品工業はデンマーク子会社の知見を日本へ移植し、国内養殖場でもASC認証を取得しています。国内産サーモンが外食や小売で存在感を高めている背景には、こうした海面養殖の量産基盤があります。

海面養殖だけでは埋めきれない課題

もっとも、海面養殖には制約もあります。海水温、赤潮、寄生虫、荒天といった自然条件の影響を受けやすく、養殖場所も限られます。温暖化が進めば、冷涼海域に依存するサーモン養殖は立地の自由度がさらに狭まる可能性があります。海面養殖は依然として主力ですが、それだけで将来の需要増やリスク分散に対応するのは難しいという見方が強まっています。

この弱点を補う選択肢として浮上しているのが陸上養殖です。水産庁も、異業種を含む新規参入が活発化しているとして、2023年4月から陸上養殖を届出制に移しました。2026年1月1日時点の届出件数は808件、2024年度の陸上養殖全体の出荷数量は6,907トンに達しています。まだサーモンだけの数字ではありませんが、陸上養殖がすでに無視できない産業規模へ入りつつあることを示しています。

陸上養殖が変える鮮度、立地、食品安全保障

すでに動き始めた富士山麓モデル

陸上養殖の先行事例として注目されるのが、ノルウェー系のProximar Seafoodです。同社は富士山麓の静岡県小山町で閉鎖循環式の陸上養殖施設を運営し、2024年9月に初出荷を実施しました。2025年通年では1,338トンのFuji Atlantic Salmonを日本市場へ供給し、2026年の収穫見通しは3,500〜4,000トン、長期目標は年間5,300トンHOGとしています。

陸上養殖の利点は、海洋汚染、寄生虫、荒天の影響を抑えつつ、大消費地の近くで生産できることです。Proximarは「収穫当日に出荷できる」鮮度と、輸送距離の短さによるコスト・炭素排出の削減を売りにしています。海面養殖よりコストが高くなりやすい一方、価格が取りやすい生鮮・高鮮度市場との相性は良好です。つまり、陸上養殖は海面養殖の代替というより、都市近郊向けの高付加価値供給として伸びている面があります。

三重の大型RAS計画が持つ意味と日付の確認

もう一つの焦点が、三重県津市で進むPure Salmon Japanの大型プロジェクトです。公開資料によれば、この施設は年間1万トン規模を目指す日本最大級の陸上アトランティックサーモン施設で、2024年には330億円の長期借入を確保し、2026年4月1日にはFortress主導で1億8000万ドル超の追加投資も発表されました。2025年7月時点の同社発表では、出荷開始は2027年予定です。

ここは日付を慎重に見る必要があります。今回の元記事要約には「2026年5月に世界最大級の陸上養殖施設が三重県で稼働」とありますが、2026年4月3日時点で確認できた公式・準公式の公開情報では、三重県津市の大型施設は「建設が順調に進行中」「2027年出荷予定」とされており、2026年5月の本格稼働開始を裏づける公開資料は確認できませんでした。したがって、現時点で確実に言えるのは「日本最大級の陸上サーモン計画が進行中で、稼働前の資金調達が大きく前進した」というところまでです。

それでも三重プロジェクトの意義は大きいです。日本はPure Salmon Japan自身の説明でもアトランティックサーモン供給を輸入に依存しており、国産化には余地があります。年間1万トン級の施設が実現すれば、輸入偏重の構図を部分的に変えられる可能性があります。食品安全保障、鮮度、価格変動耐性の面からも、海面養殖だけでは届かない意味を持つ投資です。

注意点・展望

サーモン養殖拡大を楽観だけで見るのは危険です。海面養殖は温暖化、病害、赤潮の影響を受けやすく、陸上養殖は電力コスト、水処理、設備保全、資金回収に重い課題があります。とくに大型RASは建設費と運転費がかさみ、出荷遅延が起きると採算が大きく揺れます。三重の大型案件でも、進捗を追う際は「計画能力」ではなく、実際の初出荷時期と安定生産の達成を見極める必要があります。

一方で、日本のサーモン供給は今後、海面養殖と陸上養殖の分業が進む公算が大きいでしょう。海面養殖は量と価格競争力、陸上養殖は都市近接性と安定供給、という役割分担です。水産庁が養殖を成長産業として位置付け、陸上養殖の実態把握も進めていることから、制度面の整備も続くとみられます。将来の勝ち筋は、どちらか一方ではなく、品種、鮮度帯、販路ごとに最適な生産方式を組み合わせることにあります。

まとめ

日本のサーモン養殖拡大は、単なるブームではなく、天然資源の不安定化と需要増に対応する供給再編です。青森の海面養殖は、国内産サーモンの量産基盤としてすでに重要な役割を果たしています。そこへ富士山麓のProximarや三重のPure Salmon Japanのような陸上RASが加わり、鮮度、安定性、食品安全保障の面で新しい選択肢を広げています。

読むべきポイントは、「海か陸か」の二者択一ではありません。どの方式がどの市場に向くのか、計画と実稼働の間にどれだけ差があるのかを見分けることです。日本のサーモン市場は今、その見極めが供給地図を大きく変える局面に入っています。

参考資料:

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