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by nicoxz

働かせてもらう感覚はなぜ残る日本の職場と家庭の構造問題を解く

by nicoxz
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はじめに

「働かせてもらっている」という言い回しには、本人の謙遜以上のものがにじみます。仕事が自分の権利や専門性ではなく、家族や職場から与えられる“許可”として理解されてきた時代の空気です。いまの日本では、そうした表現は古く聞こえる一方で、完全に消えたとも言い切れません。

背景には、女性の就業率が大きく上がった一方で、家事や育児、賃金、昇進の構造がなお非対称なままである現実があります。本稿では、公開された統計と制度資料をもとに、「働かせてもらう」という感覚がなぜ残るのかを整理します。言葉の問題としてではなく、家庭と職場の設計の問題として見ることが重要です。

言葉に残る制度の記憶

平等化の前進と遅れて始まった法整備

日本では、雇用の場で男女平等を制度として明確に扱う流れは、欧米に比べると遅れて進みました。厚生労働省が示す男女雇用機会均等法関連資料をみると、同法の施行規則は昭和61年、すなわち1986年の制度を基礎にしています。募集・採用、配置、昇進などで性別を理由に差別しないという考え方が法的な当たり前になったのは、歴史的にはそれほど昔の話ではありません。

しかも、法整備が進んでも、家庭内の役割分担は自動では変わりません。育児休業制度も、現在は男女の労働者が利用でき、会社は申し出を拒めない仕組みですが、現実には「主たる稼ぎ手」と「補助的に働く側」という見方が長く残りました。そのため、女性が働くことを本人の当然の選択ではなく、家族全体の都合の中で調整されるものとして語る癖が残りやすかったとみられます。

世論調査に表れる家庭と職場の非対称

その空気は、最新の意識調査にも表れています。内閣府が2025年2月27日に公表した「男女共同参画社会に関する世論調査(令和6年9月調査)」では、家庭生活で「男性の方が優遇されている」と答えた人が60.7%、職場で同じく男性優位と答えた人が63.8%でした。制度よりも先に、日常感覚として不均衡が認識されているわけです。

同じ調査では、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方に賛成が33.1%、反対が64.8%でした。反対が多数派になっている点は重要ですが、3人に1人がなお賛成していることも軽く見られません。価値観の主流は変わっても、旧来の規範はまだ社会の内部に残っており、その残像が「働くことへの遠慮」という言葉づかいに表れやすいのです。

数字で見る現在地

就業拡大と無償労働の偏り

就業の現実は、すでに大きく変わっています。内閣府の令和7年版男女共同参画白書によれば、2024年の15〜64歳女性の就業率は74.1%、25〜44歳女性では81.9%に達しました。男性の84.5%にはなお差がありますが、子育て期の女性が働くこと自体は、もはや例外ではありません。かつて語られた「働かせてもらう」という響きが、今の実態とずれ始めているのは確かです。

ただし、家の中の時間配分はそこまで変わっていません。総務省の2021年社会生活基本調査では、無償労働時間は男性が1時間19分、女性が3時間56分でした。さらに6歳未満の子どもがいる夫婦では、夫の無償労働が2時間9分、妻が7時間47分です。内訳をみると、家事は夫37分に対して妻3時間22分、育児は夫1時間6分に対して妻3時間37分でした。

この数字が示すのは、女性の就業が進んでも、家庭責任の中心は依然として女性に置かれやすいという事実です。仕事の入口だけが開いても、家事と育児の出口が偏ったままなら、働く女性は常に「家庭に迷惑をかけない範囲で」という説明を自分に課しやすくなります。ここに、言葉としての遠慮と、時間配分としての負担がつながっています。

賃金差異と年収の壁が生む就業調整

賃金と制度も、この感覚を補強してきました。OECDの2025年日本向け雇用アウトルックでは、日本の男女賃金差は2023年に22.0%で、36カ国中35位とされています。差は縮小傾向にあるものの、依然として大きい水準です。厚生労働省は、2026年4月1日から101人以上300人以下の企業にも男女間賃金差異の公表を義務づけるとしています。賃金格差を可視化しないままでは、「家計の主役は男性、女性の収入は補助」という発想は修正されにくいからです。

いわゆる「年収の壁」も、同じ問題を抱えます。厚生労働省によれば、106万円や130万円を意識して就業調整する人がいることを前提に、2025年の年金制度改正法で106万円の壁に関わる賃金要件は2025年6月から3年以内に撤廃、企業規模要件も段階的に縮小・撤廃されることになりました。130万円の壁についても、被扶養者認定や適用拡大の見直しが進んでいます。

これは前進ですが、裏を返せば、長い間「一定以上働くと損をする」「配偶者の扶養の範囲に収める」という設計が、主として女性の働き方を縛ってきたということです。能力や希望ではなく、家計全体の損得や配偶者の制度上の位置で労働時間を決める状況では、働くことが自分の権利より“許容された範囲”になりやすいのは当然です。

注意点・展望

注意したいのは、「働かせてもらう」という言葉だけを責めても問題は解けないことです。言葉は原因というより、制度と慣行の反映です。家庭内のケア分担、長時間労働を前提にした正社員像、配偶者手当や扶養認定の仕組み、昇進の不透明さが変わらなければ、表現だけを改めても実感は残ります。

今後の焦点は三つあります。第一に、男性の家事・育児時間を増やせる働き方改革です。第二に、賃金差異と女性管理職比率の公表拡大を、単なる開示で終わらせず改善につなげることです。第三に、就業調整を誘う制度をさらに整理し、「家計補助としての女性就労」という前提を薄めることです。世界経済フォーラムの2025年報告書で日本は148カ国中118位でした。就業率だけでは埋まらない格差が残っていると読むべきでしょう。

まとめ

「働かせてもらう」という感覚は、本人の性格や言い回しの癖ではなく、日本の職場と家庭が長く共有してきた序列の名残です。女性の就業率は高まり、旧来の価値観に反対する人も増えました。それでも、家事負担、賃金差、就業調整の制度が残る限り、働くことがなお“許可”に近い感覚で語られる場面は消えません。

この違和感を本当に過去のものにするには、女性が働けるかどうかではなく、誰もが家事と仕事を対等に担えるかという設計へ視点を移す必要があります。「働かせてもらう」から「当然に働く」への転換は、意識改革だけでなく、制度改革と時間配分の改革を同時に進めて初めて実現します。

参考資料:

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