JFEエンジと富山大が新触媒でSAF生産効率2倍へ
はじめに
航空業界の脱炭素化に向けた切り札として注目される持続可能航空燃料(SAF)。その普及における最大の壁が「生産コストの高さ」です。こうした課題に対して、JFEエンジニアリングと富山大学が共同で画期的な新触媒を開発しました。水素と二酸化炭素(CO2)を原料とするSAFの生産効率を従来の2倍に引き上げるもので、2030年代半ばの実用化を目指しています。
日本政府は2030年までに航空燃料の10%をSAFに置き換える目標を掲げており、コスト削減は喫緊の課題です。本記事では、今回の新触媒開発の意義と技術的背景、そして日本のSAF戦略における位置づけを解説します。
SAFとは何か ~航空業界の脱炭素を担う次世代燃料~
従来燃料との違いと環境的メリット
SAF(Sustainable Aviation Fuel)は、原油以外の原料から生成される航空燃料の総称です。ライフサイクル全体で見ると、従来のジェット燃料と比べてCO2排出量を大幅に削減できます。航空業界は世界のCO2排出量の約2〜3%を占めており、電動化が困難な長距離飛行においてSAFは最も現実的な脱炭素手段とされています。
SAFの製造方法は複数ありますが、大きく分けて廃食油や植物油を原料とするバイオ由来のものと、水素とCO2を原料とする合成燃料(Power-to-Liquid、PtL)型があります。今回のJFEエンジニアリングと富山大学の取り組みは後者にあたります。
生産コストが普及の壁
SAFの製造コストは1リットルあたり200円〜1,600円とされ、従来のジェット燃料(約100円/リットル)の2倍から最大16倍にも達します。特にPtL型のSAFは、水素製造や触媒反応にかかるエネルギーコストが高く、商業化に向けたコスト削減が最重要課題となっています。経済産業省は将来的に製造コストを1リットルあたり100円台まで引き下げることを目標に掲げています。
新触媒開発の技術的背景と意義
フィッシャー・トロプシュ合成と触媒の役割
水素とCO2からSAFを製造するPtL型のプロセスでは、まずCO2と水素から逆水性ガスシフト反応で一酸化炭素(CO)を生成し、次にフィッシャー・トロプシュ(FT)合成と呼ばれる触媒反応で液体炭化水素(航空燃料の前駆体)を合成します。この一連のプロセスにおいて、触媒の性能がSAFの生産効率を大きく左右します。
従来のFT合成では、鉄やコバルトの化合物が触媒として使われてきました。しかし、目的とする航空燃料の炭素鎖長に合った生成物を選択的に得ることが難しく、収率の低さが課題でした。触媒の種類や反応条件(温度・圧力)の最適化が、効率改善の鍵を握っています。
富山大学の触媒研究の蓄積
富山大学は、FT合成触媒の分野で世界的な研究実績を持っています。同大学の研究グループは、シリカ層で覆われたコバルト系「カプセル触媒」を開発し、従来の商業触媒で必要だったコバルト含有量(重量比30〜40%)を5〜10%以下に削減することに成功しました。従来は径20〜30nm程度の大きなコバルトナノ粒子が必要とされていましたが、カプセル構造を採用することで、その10分の1程度の小さなナノ粒子でも液体燃料を合成できることを実証しています。
こうした触媒設計のノウハウが、今回のJFEエンジニアリングとの産学連携における新触媒開発の基盤になっていると考えられます。
生産効率2倍の意味
生産効率が2倍になるということは、同じ量の水素とCO2からより多くのSAFを得られることを意味します。これはコスト削減に直結する成果です。触媒の改良によって反応の選択性と転化率が向上すれば、原料のロスが減り、エネルギー効率も改善されます。PtL型SAFの最大のコスト要因である水素製造の負担も、相対的に軽減されることになります。
JFEエンジニアリングの脱炭素戦略とSAFへの展開
エンジニアリング企業としての強み
JFEエンジニアリングは、JFEホールディングスグループのエンジニアリング会社として、廃棄物処理・リサイクル、エネルギー、環境インフラなどの分野で事業を展開しています。同社は中長期ビジョンにおいて脱炭素を重点事業分野に位置づけ、水素やバイオマス関連の技術開発を加速させてきました。
2022年には東京工業大学と「JFEエンジニアリング カーボンニュートラル協働研究拠点」を設置し、産学連携による新技術開発を推進しています。また、大阪ガスとの共同によるケミカルルーピング燃焼技術の実証試験にも取り組み、バイオマスや有機廃液から水素・電力・CO2を同時に製造する技術を開発しています。
グループ全体でのe-fuel取り組み
JFEグループ全体としても合成燃料への関心は高まっています。JFEスチールは伊藤忠商事、商船三井などとともに、グリーン水素を用いたe-fuel(合成燃料)のサプライチェーン構築に向けた日豪共同事業化調査を進めています。原料となるグリーン水素の調達からSAFの製造・供給まで、バリューチェーン全体を視野に入れた戦略が見て取れます。
今回の富山大学との共同研究は、こうしたグループ戦略の中で「製造プロセスの効率化」という中核的な技術課題に取り組むものです。
日本のSAF政策と今後の展望
2030年10%目標と供給義務化
日本政府は「航空の脱炭素化推進に係る工程表」に基づき、2030年までに国内エアラインの燃料使用量の10%をSAFに置き換える目標を設定しています。2023年には経済産業省が、石油元売りに対して国際線向け燃料の10%をSAFとすることを義務づける方針を発表しました。経済産業省と国土交通省は「SAF官民協議会」を設立し、国産SAFの開発・製造体制の構築を推進しています。
国内各社の開発競争
SAF製造技術の開発では、日本国内でも競争が激化しています。IHIはISCE²と共同でCO2と水素から直接液体炭化水素を合成する触媒を開発し、2025年には試験装置での合成に成功しています。Hondaも逆水性ガスシフト反応とFT合成を同時に進行させる高効率触媒の研究を進めています。東洋エンジニアリングもe-fuel・SAF分野のエンジニアリングを事業領域に据えています。
こうした中で、JFEエンジニアリングと富山大学の「生産効率2倍」という成果は、実用化競争において大きなアドバンテージとなる可能性があります。
注意すべき課題
ただし、実用化に向けてはいくつかの課題が残されています。まず、ラボスケールでの成果を商業プラントに展開するスケールアップの壁があります。触媒の耐久性や長期安定性の実証も必要です。また、原料となるグリーン水素の大量・安価な調達は、SAFに限らず水素社会全体の課題でもあります。
2030年代半ばの実用化目標は、2030年の10%義務化にはやや間に合わないタイミングです。短期的にはバイオ由来SAFが主流となり、PtL型SAFは中長期的な解決策として位置づけられるでしょう。
まとめ
JFEエンジニアリングと富山大学による新触媒の共同開発は、SAFの生産コスト削減に向けた重要な一歩です。水素とCO2を原料とするPtL型SAFの生産効率を2倍に高めるこの技術は、富山大学のFT合成触媒に関する長年の研究蓄積と、JFEエンジニアリングの脱炭素エンジニアリングの知見を融合した産学連携の成果といえます。
航空業界のカーボンニュートラル実現に向けて、日本国内では触媒技術の開発競争が本格化しています。今回の成果が商業スケールで実証され、コスト競争力のあるSAF供給につながるか、今後の展開に注目が集まります。
参考資料:
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