石油精製の仕組みと日本の製油所が直面する課題
はじめに
私たちが日常的に使うガソリンや灯油、そして産業を支える重油やナフサ。これらの石油製品はすべて、原油を精製する過程で同時に生まれる「連産品」です。石油精製とは、原油を加熱して沸点の違いを利用し、さまざまな石油製品に分離する工程のことを指します。
日本は原油のほぼ全量を海外から輸入しており、国内の製油所で精製して各種石油製品を供給しています。しかし近年、脱炭素化の流れや石油製品需要の構造変化によって、製油所の統廃合が加速しています。この記事では、石油精製の基本的な仕組みから、日本の製油所が直面する課題、そして今後の展望までを詳しく解説します。
石油精製の基本的な仕組み
常圧蒸留装置で原油を分離する
石油精製の最初のステップは「常圧蒸留」です。原油を約350℃以上に加熱し、常圧蒸留塔(トッパー)に送り込みます。蒸留塔の中では、沸点の低い成分ほど上部に、沸点の高い成分ほど下部に集まります。
この仕組みによって、上部からLPガス(液化石油ガス)やナフサ(粗製ガソリン)、中段から灯油や軽油、下部から重油といった石油製品が同時に取り出されます。重要なのは、原油精製では特定の製品だけを選んで作ることができないという点です。これが石油製品が「連産品」と呼ばれる理由です。
各製品の得率(取り出せる割合)は、使用する原油の種類によって大きく異なります。軽質原油からはガソリンやナフサが多く得られ、重質原油からは重油の割合が高くなります。石油元売り企業は、国内の需要構成に合わせて最適な原油を選択しています。
二次処理で付加価値を高める
常圧蒸留だけでは、市場の需要に合った製品構成を実現できません。そこで重要になるのが「二次処理」と呼ばれる工程です。
代表的な二次処理には「接触分解(FCC)」や「水素化分解」があり、需要の少ない重質留分をガソリンや軽油などの付加価値が高い「白油」に転換します。また「脱硫装置」では、環境規制に対応するために硫黄分を除去します。「改質装置」では、オクタン価の低いナフサを高オクタン価のガソリン基材に変換します。
これらの二次装置の処理能力が、製油所の競争力を大きく左右します。特に需要が減少傾向にある重油を白油に転換する能力は、製油所の収益性に直結する重要な要素です。
日本の石油精製産業の現状
製油所の統廃合が加速
日本には現在、石油元売り企業が運営する製油所が国内に約20カ所存在します。しかし、この数字は大幅に減少してきた結果です。1983年度には全国に49カ所あった製油所は、2022年度末には21カ所にまで半減しました。
業界内では、2040年にはさらに半減し、将来的には5〜6カ所にまで集約されるという見通しも語られています。この背景には、国内の石油製品需要の長期的な減少があります。
日本の石油元売り大手3社の精製能力を見ると、ENEOSが約164万バレル/日で国内最大です。出光興産は2024年3月に山口製油所を停止したことで約89.5万バレル/日に縮小しました。コスモエネルギーは約36万バレル/日の精製能力を維持しています。
重油需要の構造的な減少
原油精製で生産される重油は、石油製品全体の約16%を占めています。しかし、重油の需要は年々減少の一途をたどっています。
経済産業省の石油製品需要見通しによると、一般用B・C重油の需要は2025年度に316万キロリットルとなり、前年度比で約1.9%の減少が見込まれています。2024〜2029年度の期間で見ると、年平均3.1%減、累計で約14.8%の減少が予測されています。
この減少の主な要因は、脱炭素化に伴う燃料転換です。鉱工業分野ではガスやバイオマスへの転換が進み、水運分野でもC重油からA重油への緩やかな燃料転換が続いています。2050年カーボンニュートラルの実現に向けて、各分野で電化や脱炭素化がさらに進展する見通しです。
石油製品の供給チェーン
製油所で生産された石油製品は、さまざまなルートで消費者や企業に届けられます。ガソリンや灯油は、特約店や商社を経由してガソリンスタンドから消費者に販売されます。一方、重油や化学品原料のナフサは、電力会社や化学メーカーに直接供給されるケースが多くあります。
この供給チェーンは、安定的なエネルギー供給を支える重要なインフラです。製油所の統廃合が進む中、物流コストの増加や供給の安定性が課題となっています。
注意点・展望
ホルムズ海峡情勢が浮き彫りにするリスク
2026年3月現在、米国とイランの対立によるホルムズ海峡の緊張は、日本の石油精製産業にとって深刻なリスクを改めて浮き彫りにしています。日本が輸入する原油の大部分は中東産であり、ホルムズ海峡を経由して運ばれます。原油の安定調達が途絶えれば、製油所の稼働そのものが脅かされます。
次世代エネルギーへの転換
石油元売り各社は、製油所の統廃合と同時に、次世代エネルギーへの転換を進めています。ENEOSは和歌山製油所の操業を停止し、持続可能な航空燃料(SAF)の製造拠点へと転換する計画を推進しています。
今後の石油精製産業は、従来の石油製品の安定供給を維持しながら、SAFや水素、合成燃料といった次世代エネルギーの生産拠点として、その役割を再定義していくことが求められます。
まとめ
石油精製は、原油を加熱して沸点の違いを利用し、ガソリン・灯油・軽油・重油などの石油製品を同時に生産する工程です。特定の製品だけを作ることはできないという「連産品」の特性が、この産業の根幹にあります。
日本の製油所は49カ所から約20カ所へと半減し、今後もさらなる集約が進む見込みです。重油需要の減少や脱炭素化の潮流の中で、石油精製産業は次世代エネルギーの製造拠点への転換という新たな方向性を模索しています。中東情勢の緊迫化がエネルギー安全保障の重要性を改めて突きつける中、日本の石油精製産業の構造改革は待ったなしの状況です。
参考資料:
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