金子みすゞの詩と初夢文化に見る日本のお正月の精神性
はじめに
「年のはじめに/夢売りは、/よい初夢を/売りにくる。」――金子みすゞの詩「夢売り」の一節は、日本の正月文化の奥深さを静かに伝えてくれます。現代では忘れられつつある初夢の風習ですが、実は鎌倉時代から続く長い歴史を持ち、江戸時代には庶民の間で大きな盛り上がりを見せました。この記事では、童謡詩人・金子みすゞの詩を入口に、初夢や宝船にまつわる伝統的な風習、そして「一富士二鷹三茄子」といった縁起物の意味を掘り下げていきます。正月を迎えるたびに繰り返されてきた日本人の願いと祈りが、そこには込められています。
金子みすゞと詩「夢売り」
童謡詩人・金子みすゞとは
金子みすゞ(本名:テル)は、1903年(明治36年)4月11日、山口県大津郡仙崎村(現在の長門市仙崎)に生まれた童謡詩人です。1923年(大正12年)、「金子みすゞ」というペンネームで童謡を書き始めると、瞬く間に注目を集めました。同年9月、『童話』『婦人倶楽部』『婦人画報』『金の星』という4つの雑誌全てに、みすゞの投稿した5編の作品が一斉に掲載されるという快挙を成し遂げます。
選者の西條八十は、みすゞを「英国のクリスティナ・ロゼッティ女史と同じ」と絶賛しました。1926年(大正15年)には「童謡詩人会」への入会を認められ、会員には西條八十、泉鏡花、北原白秋、島崎藤村、野口雨情、三木露風、若山牧水など錚々たる顔ぶれが並びました。女性会員は与謝野晶子と金子みすゞの二人だけという、極めて稀な存在でした。
仙崎は古くから捕鯨で成り立っていた漁師の村で、みすゞは鯨の供養のために行われる鯨法会という地域の慣わしに感銘を受け、「鯨法会」という作品を書いています。自然とともに生き、小さないのちを慈しむ思い、いのちなきものへの優しいまなざしが、金子みすゞの詩の原点と言われています。しかし、1930年(昭和5年)、わずか26歳の若さでこの世を去りました。
再発見された詩の遺産
みすゞの作品は長く忘れられていましたが、1966年、童謡詩人の矢崎節夫が大学1年生の時、岩波文庫『日本童謡集』所収の「大漁」を読んで深く感動します。以後16年にわたり作品探しを続け、みすゞの実弟と巡り合い、保管されていた遺稿集3冊を託されました。1984年、『金子みすゞ全集』として刊行されると、3冊の童謡集には512編もの童謡が収められており、その8割以上が未発表作品だったことが判明しました。
詩「夢売り」の世界
「夢売り」は、金子みすゞが描いた正月の情景を詠んだ詩です。全文は以下の通りです。
「年のはじめに 夢売りは、よい初夢を 売りにくる。たからの船に 山のやう、よい初夢を 積んでくる。そしてやさしい 夢売りは、夢の買えない うら町の、さびしい子等の ところへも、だまって夢を おいてゆく。」
この詩は、江戸時代に実在した「宝船売り」の商売を題材にしています。年の初めに、宝船の絵を売り歩く夢売りが、山のように高く積まれた良い初夢を持ってやってくる。そして何より心温まるのは、夢を買えない貧しい裏町の寂しい子供たちのところにも、黙って夢を置いていくという優しさです。みすゞ独特の慈愛に満ちた視点が、正月の風習を通して表現されています。
初夢の歴史と文化
初夢とは何か
初夢(はつゆめ)とは、新年のある夜に見る夢で、この夢の内容によってその年の吉凶を占う風習のことです。日本では古くから、初夢にその年の運勢が表れるとされ、夢の内容で新年の運勢を占いました。
ただし、「初夢」がいつ見る夢を指すのかについては、「大晦日の夜から元日の朝」「元日の夜から2日朝」「2日夜から3日朝」という3つの説が混在しています。江戸時代には、1月2日の夜に見る夢を初夢とする考え方が広まりました。これは、元日は新年の儀式や挨拶で忙しく、ゆっくり眠れないため、2日の夜にゆったりと眠った時の夢を重視したという背景があります。
初夢の起源
文献での初夢の初出は、鎌倉時代の『山家集』春にあり、この時代は初夢に限らず、立春を新年の始まりと考えることが多かったとされています。当時から、新しい年の始まりに見る夢には特別な意味があると信じられていました。
縁起かつぎという意味では、室町時代のころから、七福神が乗った宝船の絵に回文を書き添えたものを枕の下に置くと、良い初夢が見られるとされるようになりました。この風習が江戸時代に入って庶民の間で大流行することになります。
江戸時代の初夢ブーム
江戸時代に入ると、初夢の風習は庶民文化として大きく花開きました。七福神が乗った宝船の絵を枕の下に置いて眠ると良い夢が見られるという信仰が広まり、これを商売にする「宝船売り」が登場します。
宝船売りは、正月になると「お宝、お宝(おたから、おたから)」と叫びながら街中を売り歩きました。江戸時代後期には、駿河紙に墨で印刷された宝船の絵が大量生産され、「お宝! お宝! え〜宝船!」と声を張り上げながら売り歩く商人の姿が、江戸の正月風物詩となりました。
さらに興味深いのは、枕の下に置く宝船の絵には、回文の和歌が添えられていたことです。最も有名なのは「長き夜の 遠の眠りの 皆目覚め 波乗り船の 音の良きかな(ながきよの とおのねぶりの みなめざめ なみのりふねの おとのよきかな)」という回文で、これを3回唱えてから眠ると良い夢が見られると信じられていました。
もし悪い夢を見てしまった場合には、宝船の絵を川に流すという風習もありました。災厄を水に流すという発想です。
一富士二鷹三茄子の意味と由来
縁起物の序列
初夢で見ると縁起が良いとされるものを順に並べた「一富士二鷹三茄子(いちふじにたかさんなすび)」は、江戸時代初期に生まれたことわざです。それぞれには以下のような意味が込められています。
一富士(富士山):「不死」という言葉にかかっており、縁起のよいもの、不朽の存在としての意味があります。日本一高い山として、目標の高さや理想の高さを象徴します。
二鷹:百鳥の王として威厳ある存在であり、「高い」という言葉にもかかるとされています。鷹は獲物を確実に掴む姿から、「運を掴む」「チャンスを掴む」という縁起も担ぎます。
三茄子:物事の生成や発展する様子を示す「成す」という縁起のよい言葉が重ねられています。また、茄子は実がたくさんなることから、子孫繁栄の象徴でもあります。
諸説ある由来
「一富士二鷹三茄子」の由来には、主に以下の3つの説があります。
駿河国の名物説(最有力):徳川家康が隠居後の居城としていた駿河国の駿府城に関連し、日本一の富士山、富士山麓に棲む鷹は鷹の中でも最高の種、駿河国で生産される茄子も逸品であることから、優れたものの象徴として三つを並べたという説です。家康が愛したものを縁起物としたとも言われます。
駿河国で高いもの説:徳川家康が駿府城にいる時、初茄子があまりに高価だったため、「まず一に高きは富士なり、その次は足高山(愛鷹山)なり、其の次は初茄子」と言い表したという説があります。
江戸・駒込説:江戸時代に最も古い富士講組織の一つがあった「駒込富士神社」の周辺に鷹匠屋敷があり、駒込茄子が名産であったため、当時の縁起物として「駒込は一富士二鷹三茄子」と川柳に詠まれたという説です。
続きがある「一富士二鷹三茄子」
実は「一富士二鷹三茄子」には続きがあり、「四扇(しせん)、五煙草(ごたばこ)、六座頭(ろくざとう)」という言葉が続きます。
一説として、これらはそれぞれ対応しており、富士と扇は末広がりで子孫や商売などの繁栄を、鷹と煙草の煙は上昇することから運気上昇を、茄子と座頭は毛が無いことから「毛がない=怪我ない」との連想で家内安全を意味しているとされます。この続きを知っている人は少なく、江戸時代の庶民の洒落っ気と言葉遊びの文化が感じられます。
初夢文化に見る日本人の精神性
願いと祈りの形
初夢や宝船の風習は、単なる迷信ではなく、新しい年への期待と希望を形にしたものです。江戸時代の庶民にとって、宝船の絵を買うことは、わずかな出費で一年の幸せを願う大切な行為でした。家族の健康、商売繁盛、子孫繁栄――人々の素朴な願いが、七福神という神様たちに託されていたのです。
また、金子みすゞの詩「夢売り」が描くように、夢売りは貧しい子供たちにも夢を置いていきます。これは、誰もが新年には平等に夢を見る権利があるという、日本人の優しさや思いやりの精神を象徴しています。正月という特別な時期だからこそ、貧富の差を超えて、すべての人に希望が訪れるべきだという価値観が表れています。
現代における初夢文化の意義
現代では、初夢の風習を実践する人は少なくなりましたが、年の初めに希望を持つこと、前向きな気持ちで新しい一歩を踏み出すことの大切さは変わりません。むしろ、不確実性が高まる現代社会においてこそ、先人たちが大切にしてきた「良い一年になりますように」という純粋な願いは、心の支えになるのではないでしょうか。
初夢を見るために宝船の絵を枕の下に置く必要はありませんが、新年に自分の目標や夢を思い描くことは、意識的な目標設定として心理学的にも意味があります。「一富士二鷹三茄子」の高い理想、チャンスを掴む力、物事を成し遂げる意志という象徴は、現代のビジネスや人生設計にも通じるものがあります。
まとめ
金子みすゞの詩「夢売り」は、江戸時代から続く初夢・宝船の風習を通して、日本人の優しさと希望の文化を今に伝えています。鎌倉時代に始まり、室町時代に形を整え、江戸時代に庶民文化として花開いた初夢の伝統は、新しい年への期待と祈りの結晶です。「一富士二鷹三茄子」という縁起物も、高い理想、運を掴む力、物事を成し遂げる意志という、普遍的な価値を象徴しています。
現代では忘れられつつある風習ですが、年の初めに夢を描くこと、希望を持つことの大切さは、時代を超えて変わりません。金子みすゞが詠んだように、誰もが良い夢を見られる世界、誰もが希望を持てる社会――それは今も昔も変わらぬ、私たちの願いなのです。新しい年を迎えるたびに、この美しい伝統を思い出し、心新たに一歩を踏み出したいものです。
参考資料:
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