三菱ケミカルがエチレン減産開始、ホルムズ海峡封鎖の波紋
はじめに
中東情勢の緊迫化により、ホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥っています。この影響が、ついに日本の基幹産業である石油化学分野に波及し始めました。三菱ケミカルグループは2026年3月9日、茨城事業所でエチレンの減産を開始したことを明らかにしました。
エチレンはプラスチック、合成繊維、包装材料など、日常生活に不可欠な工業製品の原料として幅広く使われる基礎化学品です。その減産は、サプライチェーンの上流から下流まで幅広い影響をもたらす可能性があります。本記事では、今回の減産の背景、国内石化産業への波及、そして今後の見通しについて詳しく解説します。
ホルムズ海峡封鎖と日本のエネルギー供給
中東依存度の高さが浮き彫りに
日本の原油輸入は、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、クウェート、カタールなど中東4カ国に約93%を依存しています。ホルムズ海峡は、これら中東産油国から日本へ原油やLNG(液化天然ガス)を輸送する際の最重要航路です。
2026年3月に入り、イラン周辺の軍事的緊張が高まる中で、同海峡の通航が事実上不可能な状態に陥りました。これにより、原油価格は急騰し、日本国内のインフレ加速が懸念されています。
ナフサ調達への直撃
エチレンの原料となるナフサ(粗製ガソリン)は、原油を精製して得られます。ホルムズ海峡の封鎖により、中東からのナフサ直接輸入はもちろん、国内製油所で使う原油の調達量そのものが減少する見通しとなりました。三菱ケミカルグループは「国産・輸入ナフサの調達の減少が避けられない」と判断し、原料枯渇による突然の操業停止を回避するための計画的な減産に踏み切りました。
三菱ケミカルの減産と国内石化産業の連鎖
茨城事業所での減産措置
三菱ケミカルグループが減産を実施しているのは、茨城県神栖市にある茨城事業所のエチレン製造設備です。同設備の年間生産能力は48万5千トンで、3月6日から稼働率を引き下げて運転しています。一方、旭化成と共同運営する岡山県倉敷市の水島コンビナートのエチレン設備については、現時点では通常稼働を維持しているとされています。
減産の理由は明確です。ナフサの供給が細る中、一気に在庫が枯渇して設備を完全停止せざるを得ない事態を避けるため、あらかじめ生産量を絞って原料の消費ペースを抑える「予防的減産」の措置です。
他社にも広がる減産・停止の動き
三菱ケミカルだけではありません。出光興産も取引先に対し、山口県の周南コンビナートと千葉県のエチレン設備について「ホルムズ海峡の封鎖が長期化した場合、停止する可能性がある」と通知しています。出光興産は「石油製品の供給に直ちに影響はない」としつつも、長期化シナリオへの備えを進めています。
さらに、住友化学グループはシンガポールの拠点で、エチレンに続いてアクリル樹脂原料についてもフォースマジュール(不可抗力条項)を宣言しました。これは、契約上の供給義務を履行できない状況であることを正式に取引先へ通告するもので、事態の深刻さを物語っています。
エチレン産業の構造的課題と重なる影響
今回のホルムズ海峡封鎖による減産は、国内エチレン産業が直面する構造的な課題とも重なっています。中国の化学品過剰供給や国内需要の減少を背景に、国内のエチレンセンターは12カ所から8カ所への集約が進む見通しです。年間生産能力も約600万トンから400万トン前後へ縮小すると見込まれています。
こうした再編のさなかに中東リスクが顕在化したことで、日本の石化産業はコスト競争力と供給安定性の両面で難しい判断を迫られています。
物流・製造業への波及リスク
4月には資材不足の恐れも
エチレンから派生する製品は、ポリエチレン(包装材・フィルム)、ポリプロピレン(自動車部品・容器)、塩化ビニル(建設資材)、合成繊維など多岐にわたります。物流業界では、エチレン由来の包装資材や緩衝材の不足が4月頃から顕在化する可能性が指摘されています。
石化プラントの減産が長引けば、物流資材だけでなく、食品包装、医療用プラスチック、電子部品の梱包材など、幅広い分野でサプライチェーンの混乱が生じるリスクがあります。
家計への影響も
ナフサ価格の上昇は、ガソリン価格だけでなく、プラスチック製品全般のコスト上昇につながります。時事通信の報道によれば、ホルムズ海峡の封鎖長期化は電気代やガソリン代の高騰を通じて家計を直撃し、GDPの押し下げ要因になるとの分析もあります。
注意点・展望
備蓄があるうちが勝負
日本は国と民間合わせて約254日分(2025年末時点)の石油備蓄を保有しています。短期的には供給が途絶することはありませんが、封鎖が数カ月単位で長期化すれば、備蓄の取り崩しと価格高騰が同時進行する可能性があります。
停戦の行方と企業の対応
中東情勢の停戦交渉が進展すれば、供給リスクは緩和に向かう見込みです。しかし、企業の間では「たとえ停戦が実現しても、サプライチェーンの見直しは急務」との認識が広がっています。中東依存度の高い調達構造そのものを見直し、代替調達ルートの確保や原料の多様化を進める動きが加速するでしょう。
まとめ
ホルムズ海峡の封鎖は、日本のエネルギー安全保障の脆弱性を改めて浮き彫りにしました。三菱ケミカルの減産を皮切りに、出光興産や住友化学グループにも影響が広がり、国内石化産業全体が供給制約に直面しています。
エチレンはサプライチェーンの最上流に位置する基幹素材であり、その減産は製造業から物流、家計まで幅広く波及する可能性があります。企業は短期的な備蓄活用と並行して、中長期的な調達構造の見直しを急ぐ必要があるでしょう。中東情勢の推移を注視しつつ、サプライチェーンの強靱化に向けた具体的な対策が求められています。
参考資料:
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