NVIDIAファンCEOが創る新時代のAI資本主義とは

by nicoxz

はじめに

2026年1月、米ラスベガスで開催されたCES 2026で、NVIDIAのジェンスン・ファンCEOは再び世界の注目を集めました。時価総額4.6兆ドル(約700兆円)を超え、世界最大の上場企業となったNVIDIAを率いる同氏は、「100兆ドルのコンピューティング産業すべてが再発明され続ける」と宣言しました。

ファン氏は単なる技術経営者ではありません。120億ドル規模の慈善財団を運営し、独自の経営哲学で企業文化を築き上げてきた人物です。AI時代の到来とともに、テック業界の経営者たちがどのような資本主義を創造していくのか。ファン氏の軌跡から、その答えを探ります。

ジェンスン・ファンという経営者の実像

移民から世界一の企業経営者へ

ジェンスン・ファン氏は1963年、台湾で生まれました。9歳で米国に移住し、ケンタッキー州の寄宿学校で学んだ後、オレゴン州立大学で電気工学を専攻。1992年にスタンフォード大学で修士号を取得しました。

1993年、ファン氏はデニーズのレストランで2人の仲間とともにNVIDIAを創業しました。当初はビデオゲーム向けグラフィックスチップのメーカーでしたが、ファン氏は10年以上前から人工知能の可能性に賭け、会社の命運をAIに託す決断を下しました。

この先見性が実を結び、2024年6月にはNVIDIAは一時的に世界で最も時価総額の高い企業となりました。2025年第3四半期のデータセンター事業の売上は512億5000万ドルに達し、前年同期比66%増という驚異的な成長を記録しています。

型破りな経営スタイル

ファン氏の経営スタイルは、従来の大企業CEOの常識を覆すものです。彼には60人以上の直属の部下がいますが、1対1のミーティングをほとんど行いません。

「CEOの直属の部下が多ければ多いほど、会社の階層は少なくなる。それによって情報の流動性が保たれる」とファン氏は説明します。

彼のフィードバックは公開の場で行われます。「みんなの前で、その場でフィードバックする。私はあなたを偉大さへと追い込みたいんだ」とファン氏は語っています。この透明性重視のアプローチにより、社内の情報格差を最小化し、全員が同じ文脈で意思決定できる環境を作り上げました。

また、ファン氏は「私にとって、どんな仕事も自分の仕事より下ではない。私はかつて皿洗いをし、トイレ掃除もしていた」と述べ、自らも現場に足を運び、社員に直接声をかけるハンズオン型のリーダーシップを実践しています。

慈善活動に見る「恩返し」の哲学

120億ドル超の慈善財団

ファン氏の慈善活動は、派手な発表やサミットを伴わない「静かな計算」と表現されています。2007年に妻のローリ氏とともに設立した「ジェンスン&ローリ・ファン財団」は、当初3億ドル相当のNVIDIA株式で設立されました。

NVIDIA株の急騰により、財団の資産は2025年末時点で120億ドルを超え、米国最大級の民間財団の一つとなっています。財団は高等教育、STEM(科学・技術・工学・数学)教育、公衆衛生、地域開発に重点を置いています。

母校への恩返し

ファン氏の寄付先には、彼自身の人生の軌跡が反映されています。

2008年、母校スタンフォード大学に3000万ドルを寄付し、「ジェンスン・ファン工学センター」の建設を支援しました。13万平方フィートの同施設は2010年に完成し、現在は問題解決と学際的コラボレーションのグローバルハブとして機能しています。

2022年には、もう一つの母校であるオレゴン州立大学に5000万ドルを寄付。人工知能、材料科学、ロボット工学に特化した研究センター「ジェンスン&ローリ・ファン・コラボレーティブ・イノベーション・コンプレックス」の設立を支援しました。

さらに注目すべきは、2019年に行われた200万ドルの寄付です。寄付先は、ファン氏が若い移民として学んだケンタッキー州のオネイダ・バプティスト・インスティテュートでした。この寄付により、女子学生向けの寮と教室施設「ジェンスン・ファン・ホール」が建設されました。

2024年には、経営難に陥っていたカリフォルニア・カレッジ・オブ・ジ・アーツに2250万ドルを寄付し、1300人の学生を抱える同校の存続を支援しました。

AI経営者が描く新しい資本主義

ステークホルダー資本主義への転換

従来の米国企業は株主利益を最優先する「シェアホルダー資本主義」の象徴でした。しかし、AI時代の経営者たちは、より広範なステークホルダー(利害関係者)を意識した経営へと舵を切り始めています。

ヒューレット・パッカード・エンタープライズのアントニオ・ネリCEOは、ステークホルダー課題を株主との対話の中心に据え、長期的な企業価値向上との関連を明確に説明しています。AI関連の株主提案は2024年に急増し、取締役会レベルでのAI監督に関する情報開示は前年比84%以上増加しました。

ファン氏のビジョン:物理AIの時代

CES 2026でファン氏は「フィジカルAI(物理AI)のChatGPTモーメントがここにある」と宣言しました。機械が現実世界で理解し、推論し、行動し始める時代の到来を告げたのです。

NVIDIAが発表した「Rubin」プラットフォームは、AIトークン生成コストを従来の約10分の1に削減することを目指しています。また、自律走行AI「Alpamayo」、医療向け「Clara」、気候科学向け「Earth-2」、ロボティクス向け「Cosmos」など、6つの領域にまたがるオープンAIモデルポートフォリオを発表しました。

ファン氏は「すべての車、すべてのトラックがいつか自律走行になる」というビジョンを掲げ、Uber Eats、LG、キャタピラー、ボストン・ダイナミクスなどの企業とのロボティクス分野での協業を発表しました。

富の再分配という課題

AI革命は新たな億万長者を生み出しています。2025年には、AIインフラ、モデル、アプリケーションを構築する50人以上が紙面上の億万長者となりました。AI スタートアップへの投資は2000億ドルを超え、世界のベンチャー資金の約半分を占めています。

しかし、この富の偏在は新たな課題も生んでいます。2026年のコーポレートガバナンストレンドでは、株主エンゲージメント、AI監督、取締役会評価、M&A、CEO後継者計画が5つの優先事項として挙げられています。CEOの離職率は2025年も高止まりし、アクティビスト投資家の圧力による退任は過去最高に迫る勢いでした。

注意点・今後の展望

AI民主化の波

これまでAIモデルの構築は一握りのテック大手にしかできないと考えられてきました。しかし、DeepSeekなどが開発した新しいトレーニングアプローチにより、最大・最高価格のモデルを構築することだけが競争力への道ではなくなりつつあります。

2026年には、より多くの組織がオープンソースの基盤モデルを自社データでカスタマイズし、OpenAI、Google、Anthropicに頼らない独自のAIモデルを構築するようになると予測されています。

ファン氏の経営が示す教訓

ファン氏の経営スタイルからは、いくつかの重要な教訓が読み取れます。

第一に、長期的視野の重要性です。10年以上前にAIに社運を賭けた決断は、短期的な利益を優先する従来の資本主義では生まれにくいものでした。

第二に、透明性と情報の民主化です。階層を減らし、全員が同じ情報にアクセスできる環境を作ることで、組織の俊敏性を維持しています。

第三に、「恩返し」の哲学です。自らが恩恵を受けた教育機関への寄付は、単なる節税対策ではなく、次世代への投資という側面を持っています。

まとめ

ジェンスン・ファン氏は、AI時代の資本主義のあり方を体現する経営者と言えるでしょう。世界最大の企業を率いながら120億ドル超の財団で静かに社会還元を行い、型破りな経営スタイルで組織の透明性を追求する。その姿勢は、株主だけでなく広範なステークホルダーに価値を提供する新しい資本主義の形を示唆しています。

AI革命が進む中、テック経営者たちがどのような社会を創造していくのか。ファン氏の軌跡は、その一つの答えを提示しています。技術革新と社会的責任を両立させる「AI資本主義」の行方に、今後も注目が集まることでしょう。

参考資料:

関連記事

最新ニュース