予測市場の不正取引、米大学が220億円規模と試算
はじめに
暗号資産ベースの予測市場プラットフォーム「Polymarket」で、非公開情報を利用した不正取引が横行している可能性を示す研究結果が公表されました。米コロンビア大学ロースクールのジョシュア・ミッツ教授らの研究チームは、約1億4,300万ドル(約228億円)に上る「異常な利益」がインサイダー取引に起因する可能性があると分析しています。
予測市場は、選挙結果や軍事行動、経済指標など実世界のイベントの結果に賭けるプラットフォームです。近年、取引量が急拡大しており、Polymarketの取引高は2024年の約90億ドルから2025年には約220億ドルへと急成長しました。しかし、その急拡大の裏で規制の空白が生まれており、不正取引の温床になっているとの指摘が相次いでいます。
コロンビア大学研究チームの分析内容
21万件超の疑わしい取引を特定
「From Iran to Taylor Swift: Informed Trading in Prediction Markets」と題されたこの論文は、予測市場におけるインサイダー取引の初めての体系的な実証・法的研究とされています。コロンビア大学のミッツ教授とイスラエル・ハイファ大学のモラン・オフィール教授が共同で執筆しました。
研究チームは、2024年2月から2026年2月までのPolymarketの取引データを分析しました。取引のタイミングと賭け金の規模に関する5つの基準を用いてスクリーニングを行った結果、21万件を超える疑わしい取引を特定しています。これらの取引を行ったトレーダーの勝率は約70%に達しており、偶然の結果とは考えにくい水準です。
不正利益の上位20件で約16億円
研究によると、利益額の上位20件の取引だけで約1,600万ドル(約25億円)の利益が生じていたとされています。研究チームはこの推計を「控えめな見積もり」としており、実際の不正利益はさらに大きい可能性があります。
具体的な疑惑事例
イラン空爆前の不審な取引
最も注目を集めた事例の一つが、2026年2月28日の米国・イスラエルによるイラン空爆をめぐる取引です。攻撃開始の数時間前、6つの新規作成されたウォレットが「2月28日までに米国はイランを攻撃するか?」という契約の「Yes」シェアを購入しました。購入時の価格は1株わずか0.10ドル(攻撃確率10%の時点)で、結果的にこれら6つのウォレットは合計約120万ドルの利益を得ています。
特に「Magamyman」というハンドルネームのアカウントは、ニュースが報じられるわずか71分前に初めての取引を行いました。当時の市場価格は攻撃確率17%を示していましたが、このアカウントだけで約55万3,000ドルの利益を上げたとされています。
テイラー・スウィフトの婚約予測
論文ではエンターテインメント分野の事例も取り上げられています。「romanticpaul」というユーザーが、テイラー・スウィフトとトラビス・ケルシーの婚約が公表される数日前に、婚約に関する契約を積極的に購入していた事例が報告されています。
ベネズエラ大統領拘束への賭け
「Burdensome-Mix」という匿名アカウントは、ベネズエラのマドゥロ大統領の拘束に関連する契約に約3万8,500ドルを投資し、約48万5,000ドルの利益を得たとされています。
予測市場の構造的問題
匿名性と規制の空白
Polymarketはブロックチェーン(Polygon)上で運営され、取引にはステーブルコインのUSDCが使用されています。ユーザーはメールアドレス以外の個人情報を提供する必要がなく、この匿名性がインサイダー取引の温床になっていると指摘されています。
従来の金融市場では証券取引委員会(SEC)による厳格な規制が存在しますが、予測市場はこうした規制の枠組みの外にあり、法的な「グレーゾーン」に置かれてきました。研究チームは論文の中で「予測市場は、それを規制するために設計された法的枠組みを追い越してしまった」と指摘しています。
急拡大する市場規模
予測市場の取引量は急拡大を続けています。Polymarketの月間取引高は2026年2月に70億ドルを記録し、年間ベースでは約1,050億ドルのペースに達しています。2024年12月比で262%の成長率です。市場が大きくなるほど、不正取引による利益も増大するリスクがあります。
規制強化の動き
CFTCの姿勢転換
米商品先物取引委員会(CFTC)は、予測市場の契約を「スワップ」と位置づけ、インサイダー取引規制の適用対象であるとの見解を示しています。CFTCの執行部門の責任者デビッド・ミラー氏は「予測市場でインサイダー取引が許されるという『神話が広まった』」と述べ、取り締まり強化の方針を打ち出しています。
連邦検察当局も、予測市場での賭けがインサイダー取引法に抵触するかどうかの調査を進めていると報じられています。
プラットフォーム側の自主規制
Polymarketは2026年3月、新たなインサイダー取引ルールを発表しました。窃取された機密情報に基づく取引や違法なチップに基づく取引を禁止し、イベントの結果に影響を与えうる立場にある者の取引も制限するとしています。米国内では全米先物協会(NFA)との規制サービス契約に基づく3層の監視体制を敷いているとされます。
ただし、オフショアのグローバル版プラットフォームではユーザーの身元確認が限定的であり、実効性には疑問が残ります。
議会での法整備
米連邦議会でも超党派での規制法案が相次いで提出されています。「Public Integrity in Financial Prediction Markets Act of 2026」は、政府関係者が非公開情報を使って予測市場で取引することを禁止し、利益の2倍の罰金を科す内容です。また、2026年3月25日に提出された「PREDICT Act」は、取引額の10%の民事罰と利益の全額返還を規定しています。
注意点・展望
予測市場は情報集約の優れた仕組みとして注目されてきましたが、規制の整備が市場の拡大に追いついていない現状が浮き彫りになっています。従来の金融市場で数十年かけて構築された不正防止の仕組みが、予測市場にはまだ存在しません。
一方で、過剰な規制は予測市場の持つ情報集約機能を損なう恐れがあるという指摘もあります。市場の透明性を確保しつつ、不正取引を防止するバランスの取れた規制枠組みの構築が求められています。
今後は、CFTCによる具体的な執行事例や、議会で審議中の法案の行方が注目されます。ブロックチェーンの透明性を活かした監視技術の発展も、不正取引の抑止に寄与する可能性があります。
まとめ
コロンビア大学の研究は、予測市場におけるインサイダー取引の実態を初めて体系的に明らかにしました。約1億4,300万ドルに上る不正利益の推計は、規制の空白がもたらすリスクの大きさを示しています。
現在、CFTC、連邦検察、議会がそれぞれ規制強化に動いており、予測市場は大きな転換点を迎えています。利用者としては、予測市場への参加にあたって法的リスクを十分に理解し、各国の規制動向を注視することが重要です。予測市場が健全に発展するためには、不正を排除する仕組みの整備が急務といえるでしょう。
参考資料:
- From Iran to Taylor Swift: Informed Trading in Prediction Markets
- ‘Informed’ traders on Polymarket netted $143 million in ‘anomalous’ profit since 2024, researchers find
- Prediction markets’ new insider trading restrictions aren’t enough, bipartisan senators say
- Exclusive: Federal prosecutors are exploring whether prediction market bets trip insider trading laws
- Event wagers face $143 million insider problem as war bets boom
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