ANA会長片野坂真哉氏の原点・ラサール学園の教育力
はじめに
ANAホールディングス会長の片野坂真哉氏が、日本経済新聞「私の履歴書」の連載で自身の半生を振り返っています。2026年4月の連載第5回では、鹿児島市にあるラ・サール学園での中高6年間が取り上げられました。進学校としてのイメージが強いラ・サール学園ですが、片野坂氏にとってはそれ以上に、生涯の友人や恩師と出会った人間形成の場だったといいます。
航空業界のトップとしてコロナ禍という未曾有の経営危機を乗り越えた片野坂氏のリーダーシップは、どのような環境で培われたのでしょうか。本記事では、ラ・サール学園の教育の特色と、同学園がいかにして多くの人材を輩出してきたかを独自に調査しました。
ラ・サール学園の歴史と設立の背景
聖ザビエル来朝400年祭がきっかけとなった開校
ラ・サール学園は1950年(昭和25年)、鹿児島市小松原に開校しました。その前年に行われた聖フランシスコ・ザビエル来朝400年祭の記念事業として、鹿児島教区が男子校の設立を構想したことがきっかけです。
設立の経緯にはドラマチックな背景があります。戦後GHQの教育政策のもとで学力低下が懸念されていた鹿児島では、地元の有識者がローマ教皇庁公使館に男子教育の修道会による学校建設を要請しました。一方、函館での学校建設地を探していたラ・サール修道会のブラザーたちとの出会いが実現し、鹿児島の地での開校につながったとされています。
世界80カ国に広がるラ・サール修道会の教育ネットワーク
ラ・サール学園を運営するラ・サール修道会(ラ・サール会)は、フランスの司祭ジャン=バティスト・ド・ラ・サールが1684年に創設したカトリックの修道会です。本部はローマに置かれ、世界約80カ国で約1000校の学校を経営する、教育修道会としては最大規模の組織です。
創設者ラ・サールは北フランスの貴族の家庭に生まれながら、貧しい子どもたちの教育の必要性を痛感し、全財産を投じて修道士会を設立しました。フランスで一般民衆の子どもたちに普通教育を行った先駆者として「近代教育の父」とも呼ばれています。日本では1932年に函館で活動が始まり、現在は鹿児島・函館・仙台などに拠点を持っています。
ラ・サール学園の教育の特色
「がり勉」だけではない全人教育
ラ・サール学園といえば難関大学への進学実績で知られますが、その教育方針は学問だけにとどまりません。キリスト教の隣人愛の精神を土台に、「心と体と頭の調和のとれた社会に役立つ人間を育てる」ことを掲げています。
中高一貫の男子校には全国各地から生徒が集まり、学内には学生寮が併設されています。中学生は原則として寮生活を送り、1・2・3年生の相部屋(8名)で共同生活を経験します。高校生になると全員が個室となりますが、寮での共同生活を通じて人間関係の基礎が築かれる仕組みです。自宅通学の生徒も約3分の1おり、鹿児島近郊の家庭から通う生徒も少なくありません。
テストの多さと独自の学習文化
学業面では、月に一度の定期考査に加え、高校1年次から週3〜6回の20分間の「朝テスト」、高校2年次の2学期からは週1回の80分間の「週テスト」が実施されるなど、頻繁なテストで学力の定着を図る仕組みが特徴です。
一方で、体育祭や文化祭は盛大に行われる名物行事であり、冬には桜島を一周する「遠行」という伝統行事もあります。5月15日の聖ラ・サールの日やクリスマスには記念の催しが開かれるなど、カトリック学校らしい文化的行事も充実しています。
片野坂氏が過ごした青春時代
サッカーとビートルズに夢中だった中学時代
片野坂真哉氏は1955年、鹿児島県笠沙町(現南さつま市)に生まれました。ラ・サール中学校に進学した後は、サッカー部に所属し、毎日の練習に明け暮れたと伝えられています。当時のサッカー部は強く、練習もハードだったといいます。
また、まさにビートルズ世代のど真ん中にあたる片野坂氏は、音楽にも熱中した青春時代を過ごしました。ラ・サールの校風は、全国各地から集まった多様な背景を持つ生徒同士が、鹿児島弁や博多弁など方言のオンパレードの中で切磋琢磨するものだったとされています。
多様な人材を生んだ環境
ラ・サール学園は、政財界をはじめ各分野で活躍する人材を数多く輩出しています。片野坂氏のほかにも、第22代NHK会長を務めた上田良一氏、第29代警察庁長官の中村格氏、鹿児島県知事の塩田康一氏、タレントのラサール石井氏など、多彩な顔ぶれが卒業生に名を連ねています。
片野坂氏はラ・サール高校を卒業後、東京大学法学部に進み、1979年に全日本空輸に入社しました。その後、スターアライアンス加盟交渉への参画などを経て、2015年にANAホールディングス代表取締役社長に就任しています。
学生時代の経験がもたらしたリーダーシップ
コロナ禍での経営危機を乗り越えた背景
片野坂氏は社長在任中の2020年、新型コロナウイルスの感染拡大により航空業界が壊滅的な打撃を受ける中、手元流動性の迅速な確保や事業構造改革プランの策定を陣頭指揮しました。日本生産性本部のインタビューでは、ウイルスの拡大がある程度抑え込めた段階で経済再開を進めていく必要性を語っています。
このような危機においてチームをまとめ上げるリーダーシップの土台には、ラ・サール学園の寮生活で培われた人間関係構築力や、多様な価値観を持つ仲間との共同生活の経験があったのかもしれません。
全人教育が育む「人間力」
ラ・サール学園の教育が重視する「心と体と頭の調和」は、単なる学力偏重ではない人間としての総合力を意味します。片野坂氏が連載で「生涯の友人や師と出会った貴重な歳月」と振り返る背景には、こうした全人教育の理念が深く根付いていることがうかがえます。
まとめ
片野坂真哉氏の「私の履歴書」連載は、一人の経営者の歩みを通じて、教育が人間形成に果たす役割の大きさを改めて考えさせてくれます。ラ・サール学園が掲げる「隣人愛の精神」と「全人教育」は、1950年の創立から70年以上を経た今も、多くの若者を育て続けています。
進学実績だけでは測れない教育の価値とは何か。片野坂氏の半生を追う連載は、その問いに対する一つの答えを示してくれるのではないでしょうか。連載はまだ序盤です。今後、東京大学時代やANA入社後のエピソードがどのように語られるのか、注目が集まります。
参考資料:
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