プーマとアディダス、「兄弟げんか」から100年で明暗が分かれた理由
はじめに
ドイツ南東部バイエルン州の小さな町ヘルツォーゲンアウラハは、かつて「伏し目がちな町」という異名を持っていました。住民たちが互いの靴を見て、アディダス派かプーマ派かを確認する習慣があったためです。
1924年、ルドルフ・ダスラーとアドルフ・ダスラーの兄弟がこの地にスポーツシューズ工房を構えました。それから約100年、二人の確執から生まれた2つのブランドは、現在では時価総額に約9倍の差がつくほどの明暗を分けています。
本記事では、ダスラー兄弟の確執の歴史と、アディダスとプーマがなぜこれほどまでに異なる道を歩むことになったのかを解説します。両社の戦略の違いは、スポーツビジネスにおける成功と失敗の教訓を示しています。
ダスラー兄弟の確執の歴史
母親の洗濯室から世界へ
アドルフ(愛称アディ)とルドルフ(愛称ルディ)のダスラー兄弟は、母親の洗濯室でスポーツシューズの製造を始めました。弟のアディがデザインと製造を担当し、兄のルディが営業と販売を担う、理想的な役割分担でした。
1936年のベルリンオリンピックで、アディは米国の陸上選手ジェシー・オーエンスに自社のスパイクを提供。オーエンスは4つの金メダルを獲得し、ダスラー兄弟の靴は世界的な名声を得ました。
決裂のきっかけ
しかし、第二次世界大戦中に兄弟の関係は悪化しました。政治的思想の違い、経営方針の対立、そして個人的な誤解が重なりました。
有名なエピソードがあります。1943年の連合軍による空爆の際、アディと妻は防空壕に避難しました。そこには既にルディとその家族がいました。アディが「くそ野郎どもがまた来た」と発言したところ、ルディはこれを連合軍の爆撃機ではなく自分たち家族への侮辱と受け取ったとされています。
町を二分した分裂
1948年、兄弟は会社を分割しました。弟のアディは自分の名前を組み合わせて「Adidas(アディダス)」を、兄のルディは当初「Ruda(ルーダ)」と名付け、後に「Puma(プーマ)」へと改名しました。
アウラハ川を挟んで、北側にアディダス、南側にプーマの工場が建てられました。両社の従業員とその家族は互いに口をきかず、別々のパン屋、床屋、バーを利用しました。冷戦時代には「ベルリンよりも分断された町」というジョークが語られたほどです。
ペレ協定の破綻
両社の競争は時に激しいものとなりました。最も有名なエピソードは「ペレ協定」です。1970年ワールドカップを前に、両社は最も有名な選手であるペレとの契約における価格競争を避けるため、どちらも契約しないことで合意しました。
しかしプーマはこの協定を破り、ペレと契約。試合前にペレが靴紐を結び直すシーンを通じて、プーマのロゴが世界中に映し出されました。この「裏切り」は兄弟の確執をさらに深め、ビジネス史上の伝説となっています。
和解と現在
兄弟の死と町の和解
ルドルフは1974年に、アドルフは1978年に亡くなりました。二人はヘルツォーゲンアウラハの墓地の反対側の端に埋葬されています。生前、兄弟が和解することはありませんでした。
しかし2009年、アディダスとプーマは友好的なサッカーの試合を開催し、企業間の敵対関係と町の分断に終止符を打つことを象徴的に示しました。現在では、ルドルフの孫であるフランク・ダスラー氏がアディダスの法務最高責任者を務めるなど、家族間の対立も薄れています。
時価総額9倍の差が生まれた背景
数字で見る両社の現状
2026年1月時点で、アディダスの時価総額は約296億ユーロ(約350億ドル)。一方プーマは約34億ユーロ(約42億ドル)です。アディダスはプーマの約8〜9倍の企業価値を持っています。
過去1年間で、プーマの時価総額は約51%減少。アディダスも約30%下落しましたが、両社の差はさらに拡大しています。
アディダスのV字回復
アディダスは2023年、イェージー(Yeezy)ブランドとのパートナーシップ終了という危機に直面していました。しかしCEOのビョルン・グルデン氏のもとで、予想を大きく上回るスピードで回復を果たしました。
グルデン氏は元プロサッカー選手で、プーマのCEOを経てアディダスに移籍。就任後わずか5日で「サンバ」の増産を決定しました。当初、社内では2024年後半まで増産を見送る方針でしたが、グルデン氏はこれを覆しました。
「サンバ」と「ガゼル」というレトロスニーカーの大ヒットにより、2024年の売上高は12%増の237億ユーロに達しました。イェージーを除いた売上高は前年比13%増加し、営業利益は2023年の2億7,000万ユーロから13億ユーロへと急回復しています。
迅速な意思決定への転換
グルデン氏のリーダーシップの特徴は、迅速な意思決定を重視する点にあります。就任直後から、組織内の各チームがより独立して素早く判断できる体制を構築しました。
前任者の時代、アディダスは「リスク回避的で守りに入っていた」と評されていました。グルデン氏はこれを180度転換し、スポーツとアスリートとのつながりを再強化。ライフスタイルブランドに偏りすぎていた路線を修正しました。
プーマの苦境
一方、プーマは苦戦が続いています。2025年第3四半期の売上高は10.4%減少し、6,230万ユーロの純損失を計上しました。
2025年7月に就任したCEOのアーサー・ヘルド氏(元アディダス幹部)は、就任後すぐに大規模なリストラを発表しました。2026年末までに約900人のホワイトカラー職を削減する計画です。
ヘルド氏は「プーマは過度に商業化し、間違ったチャネルで過剰に露出し、割引が多すぎた」と現状を分析。オフプライス(アウトレット等)への卸売を減らし、直販比率を高める方針を示しています。
両社の戦略の違い
アディダスの「選択と集中」
アディダスの復活を支えたのは、特定商品への大胆な賭けでした。サンバとガゼルという既存商品の可能性を見出し、生産規模を急拡大させました。
また、ランニングカテゴリへの投資も加速しています。2025年第3四半期のランニング売上は30%以上増加し、「アディゼロ」シリーズが牽引役となっています。サンバとガゼルの成長鈍化を見越した次の柱を育てています。
プーマの「リセット戦略」
プーマは2026年を「移行の年」と位置づけ、2027年からの成長回復を目指しています。製品ラインナップの削減、在庫の正常化、ブランドイメージの再構築に取り組んでいます。
サッカー、トレーニング、ランニング、スポーツファッションというコアカテゴリに集中し、北米の大衆向け小売店への依存を減らす方針です。
買収の噂
プーマの株価低迷を受け、買収の噂も再燃しています。2025年9月には買収観測で株価が13%上昇する場面もありました。アディダスによる買収の可能性も取り沙汰されていますが、両社とも公式なコメントは出していません。
今後の展望
アディダスの課題
アディダスの課題は、サンバとガゼルの「次」をいかに生み出すかです。レトロスニーカーのブームは飽和点に近づいているとの指摘もあり、ランニングやバスケットボールなど他カテゴリでの成功が鍵となります。
また、2025年の成長率は10%程度に減速する見通しです。高成長を維持するためのイノベーションが求められます。
プーマの試練
プーマにとって2026年は正念場です。2月に発表される2025年通期決算で、ターンアラウンド戦略の成否が問われます。
ヘルドCEOは「プーマをグローバルトップ3のスポーツブランドに戻す」という目標を掲げていますが、現状のブランドポジションは後退しています。ナイキ、アディダス、ニューバランスなどとの競争は激しく、差別化戦略の確立が急務です。
まとめ
ダスラー兄弟の確執から生まれた2つのブランドは、創業から約100年を経て大きな格差が生じています。時価総額で約9倍の差がついた背景には、リーダーシップと戦略の違いがあります。
アディダスはビョルン・グルデン氏のもとで迅速な意思決定と商品力の強化により、イェージー危機からV字回復を果たしました。一方プーマは、過度な商業化とブランド価値の希薄化により苦戦を強いられています。
かつて「伏し目がちな町」と呼ばれたヘルツォーゲンアウラハでは、両社の従業員が共存する時代になりました。しかしビジネスの世界では、兄弟企業の競争は続いています。プーマが「弟優勢」の現状を覆せるかどうか、今後の戦略実行が注目されます。
参考資料:
- Dassler brothers feud - Wikipedia
- The Bitter Family Feud that Launched Adidas and Puma - Sports History Weekly
- How Adidas Engineered Its Big Comeback - Business of Fashion
- Puma and Adidas Share Price Performance Gap Gets Even Wider - Bloomberg
- Puma to Cut 900 Jobs by End-2026 as CEO Resets Strategy - RTE
- PUMA’s Strategic Reset - AInvest
- Adidas CEO Bjørn Gulden Is the Person of the Year - WWD
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