アディダス対プーマ:兄弟げんかが生んだ100年企業の明暗
はじめに
ドイツ南東部バイエルン州に、人口2万5000人の小さな町があります。ヘルツォーゲンアウラハ。この町には「伏し目がちな町」という異名がありました。住民たちが互いの靴を確認するため、常に足元に視線を落としていたからです。
その理由は、この町が世界的スポーツブランドであるアディダスとプーマ、両社の創業の地であるためです。1924年に兄弟で始めた靴工場は、やがて激しい対立を経て2つの会社に分裂。以来70年以上にわたり、町を二分する「兄弟げんか」が続いてきました。
そして今、両社の業績には大きな差がついています。時価総額で9倍の開きが生じた背景には何があるのでしょうか。
ダスラー兄弟の物語
靴工場の始まり
物語は1924年に遡ります。ドイツの小さな町ヘルツォーゲンアウラハで、兄のルドルフ・ダスラーと弟のアドルフ・ダスラーの兄弟が、スポーツシューズの工房を構えました。母親の洗濯室を改造した小さな工場でのスタートでした。
弟のアドルフは寡黙な職人肌で、靴の製作に情熱を注ぎましたが、それを売ることは得意ではありませんでした。一方、兄のルドルフはプレゼンテーションの天才で、話術と情熱で商品を売り込む才能に恵まれていました。この対照的な2人の組み合わせが、ダスラー兄弟商会を大きく成長させることになります。
ベルリンオリンピックでの躍進
1936年のベルリンオリンピックは、ダスラー兄弟商会にとって大きな転機となりました。当時のナチス政権がスポーツ振興に力を入れていたことを追い風に、ビジネスは飛躍的に成長します。
しかし、この成功の裏で兄弟の関係には亀裂が入り始めていました。政治的思想の違いが顕在化し、ナチス党が台頭すると、互いに口も利かないほど険悪な関係になっていきました。
決裂と2つのブランドの誕生
第二次世界大戦終了後、決定的な事件が起こります。兄ルドルフが武装親衛隊参加容疑でアメリカ軍に逮捕されたのです。ルドルフは、この逮捕は弟アドルフが密告したからだと確信しました。
1948年、ついにダスラー兄弟商会は分裂します。兄ルドルフは「プーマ」を、弟アドルフは愛称「アディ」と名字「ダスラー」を組み合わせた「アディダス」を創業しました。当初ルドルフは「ルーダ」という社名を考えていましたが、やぼったさを感じて「プーマ」に変更したと言われています。
「首を曲げた町」の70年
町を二分した対立
アディダスとプーマの本社は、どちらもヘルツォーゲンアウラハに置かれました。兄弟げんかは地元住民も巻き込み、カフェやバーでは席がアディダス派かプーマ派かに分かれていました。
会話を始める前にまず相手の靴を確認しなければならなかったため、人々は常に足元に視線を落としていました。この光景から、ヘルツォーゲンアウラハは「首を曲げる町」「伏し目がちな町」と呼ばれるようになりました。
60年ぶりの和解
長きにわたって激しい競争を繰り広げてきた両社ですが、2009年9月に約60年ぶりの和解を果たしました。舞台はヘルツォーゲンアウラハ。両社の社長と社員が握手を交わし、サッカーの親善試合が行われました。
しかし、ビジネスの世界での競争は今も続いています。そして近年、その勝敗は明確になりつつあります。
拡大する業績格差
時価総額で9倍の差
2026年1月現在、アディダスとプーマの時価総額の差は9倍に拡大しています。「弟」アディダスが「兄」プーマに完勝する構図が鮮明になってきました。
アディダスの売上高はプーマの約3倍に達し、時価総額に至っては9倍もの開きがあります。かつては拮抗していた両社の競争は、いつの間にか大きな差がつく結果となりました。
アディダスの復活劇
アディダスは2024年から2025年にかけて劇的な復活を遂げました。2025年10月には過去最高の四半期売上高(66億ユーロ)を記録。為替調整後で12%の増収、営業利益は23%増という驚異的な回復を見せています。
この復活を牽引したのが、「サンバ」と「ガゼル」という復刻版スニーカーです。1950年代に誕生したサンバ、1966年に登場したガゼルは、レトロスタイルのブームに乗って爆発的な人気を獲得しました。
K-POPアイドルたちが着用したことも追い風となり、若い世代にとっては新鮮さを、長年のファンにとっては懐かしさを感じさせるモデルとして、男女を問わず支持を集めています。
プーマの苦境
一方、プーマは深刻な業績悪化に直面しています。2025年通期の調整後EBIT(利払い・税引き前利益)は赤字に転落する見通しとなりました。従来は5億2000万〜6億ユーロの黒字を予想していただけに、その落差は大きいものがあります。
2025年第1四半期の純利益は前年同期比99.5%減と壊滅的な数字を記録。同社は2026年末までに追加900人の人員削減を発表し、2025年3月発表の500人と合わせて1400人規模の大リストラに踏み切りました。
時代の流行を捉えるヒット商品を打ち出せなかったことが、競合アディダスとの差を広げた大きな要因とされています。
プーマの再建戦略
「スピードキャット」復活
苦境に立つプーマは、再建に向けた取り組みを進めています。その目玉が、1990年代後半にデザインされたスニーカー「スピードキャット」の復活です。
モータースポーツにインスパイアされたスリムなデザインのこのモデルは、2025年3月に全世界で再リリースされました。ソウル、東京、ベルリン、パリなどの都市で、新興のファッションコミュニティと提携したローカライズされたプロモーションを展開しています。
「Go Wild」キャンペーン
プーマは1万人の消費者を対象とした2年間の調査を実施し、純粋なスポーツ競技よりも自己表現、楽しみ、コミュニティを優先する若い消費者という市場を特定しました。
2025年3月に開始された「Go Wild」キャンペーンでは、エリートアスリートではなく一般ランナーとコミュニティ主導のストーリーテリングを中心に据えています。このキャンペーンは米国、ドイツ、中国で販売効果の上位5%に入る成果を上げています。
買収の憶測と業界再編
アディダスによる買収説
市場関係者の間では、アディダスがプーマの買収に関心を持っているという憶測も広がっています。かつて激しく対立した兄弟の会社が、100年の時を経て1つになる可能性があるのです。
また、中国のスポーツ用品大手ANTAもプーマ買収を検討しているとの報道もあります。日本のアシックスも関心を示している可能性があるとされ、業界再編の動きが加速しています。
スポーツアパレル業界の展望
世界のスポーツアパレル市場は、ナイキ、アディダスの2強体制が続いています。プーマは第3位グループに位置していますが、その座も盤石ではありません。
プーマのCEOは「ナイキやアディダスとは競っていない」「違うレーンでプレーしている」と述べていますが、投資家の目から見れば、業績格差は競争力の差を如実に示しています。
まとめ
1924年に兄弟で始めた小さな靴工場から100年。アディダスとプーマは、対照的な道を歩んできました。
職人肌の弟アドルフが創業したアディダスは、復刻版スニーカーのヒットで復活を遂げ、時価総額で兄の会社の9倍にまで成長しました。一方、営業の天才だった兄ルドルフのプーマは、ヒット商品を生み出せず苦境に立っています。
「首を曲げた町」ヘルツォーゲンアウラハから始まった兄弟げんかは、ビジネスの世界では「弟」の圧勝という形で決着がつきつつあります。しかし、業界再編の動きの中で、両社の関係は新たな局面を迎える可能性もあります。
創業100年を迎える2024年、ダスラー兄弟の物語は、まだ終わっていません。
参考資料:
関連記事
敵を味方に変えるフランクリン効果とは?心理学の活用法
米建国の父フランクリンが実践した心理術「フランクリン効果」を解説。頼みごとをすると相手に好かれる認知的不協和のメカニズムと、ビジネス・日常での活用法を紹介します。
中国ANTAがプーマ筆頭株主に。スポーツ業界の勢力図が変わる
中国スポーツ用品大手の安踏(ANTA)がドイツのプーマ株式29%を取得し筆頭株主に。約2750億円の大型投資の背景と、世界スポーツ業界への影響を解説します。
中国アンタがプーマ筆頭株主に、2750億円で株式29%取得
中国スポーツ用品最大手の安踏(アンタ)がドイツのプーマ株式29%を約2750億円で取得し筆頭株主に。業績低迷するプーマの立て直しと、アンタのグローバル戦略について詳しく解説します。
プーマとアディダス、「兄弟げんか」から100年で明暗が分かれた理由
ダスラー兄弟の確執から生まれた2つのスポーツブランド。創業100年を前にアディダスの時価総額はプーマの約9倍に拡大。両社の戦略の違いと、かつて「伏し目がちな町」と呼ばれたヘルツォーゲンアウラハの現在を解説します。
日経「私の履歴書」70年の記録がデジタル化:歴史的資料の復刻が始まる
1956年に始まった日本経済新聞の名物連載「私の履歴書」が、創刊150周年を機に電子版で順次公開。900人超の執筆者のうち、これまで約130人分のみだったデジタル版が大幅拡充されます。
最新ニュース
ビットコイン7万ドル台急落、テック株売りが暗号資産に波及
ビットコインが約1年3カ月ぶりの安値となる7万2000ドル台に急落しました。米ハイテク株の売りが暗号資産市場に波及した背景と、MicroStrategyの含み損問題について解説します。
日銀の量的引き締め出遅れと円安の関係を解説
日銀のマネタリーベース縮小が米欧に比べ緩やかな理由と、それが円安に与える影響について解説します。FRB新議長候補ウォーシュ氏の金融政策姿勢にも注目が集まっています。
書店600店の在庫を一元化|返品率30ポイント削減の新システム
紀伊国屋書店、TSUTAYA、日販が出資するブックセラーズ&カンパニーが、56社603店の在庫を横断管理するデータベースを始動。返品率6割減を実現した事例と、出版業界の構造改革を解説します。
中国海警局の尖閣周辺活動が過去最多に、日中の緊張続く
2025年、中国海警局の船舶が尖閣諸島周辺の接続水域に357日出没し過去最多を更新。日本の対応策と偶発的衝突防止の課題を解説します。
中国の土地売却収入がピーク比半減、地方財政に深刻な打撃
中国の地方政府の土地売却収入が2025年も前年比14.7%減少し4年連続の減少を記録。ピークの2021年から52%減となり、不動産不況が地方財政を圧迫し続けています。