レアアース争奪戦の行方と脱中国を阻む精錬の壁
はじめに
2026年1月、中国が日本向けのレアアース関連製品を含むデュアルユース(軍民両用)品の輸出規制を強化し、レアアースの安定供給に対する懸念が一気に高まりました。レアアースはスマートフォンやEV(電気自動車)のモーター、風力発電機など、現代の産業に欠かせない素材です。
日本はレアアース輸入の約63%を中国に依存しており、特に重希土類のジスプロシウムやテルビウムについてはほぼ全量を中国からの供給に頼っています。深海からの採掘成功や豪州からの調達拡大など明るいニュースもある一方、「採掘できても使えない」という精錬技術の壁が立ちはだかっています。本記事では、レアアース争奪戦の最新動向と、脱中国のカギとなる精錬技術の課題を詳しく解説します。
中国の輸出規制強化とその背景
2026年1月の規制発動
中国商務省は2026年1月6日、日本向けのデュアルユース製品の輸出管理を強化すると発表しました。規制の対象にはレアアース関連製品が含まれる可能性が指摘され、日本の産業界に大きな衝撃が走りました。
中国側はこの措置の理由として、日本の石破茂首相(当時)や高市早苗首相が台湾問題に関して「武力介入の可能性」に言及したことを挙げています。日本で軍事に関連する企業への輸出や、日本の軍事力向上につながるすべての輸出を禁止するという強い姿勢を示しました。
日本経済への潜在的影響
野村総合研究所の試算によれば、レアアース輸入が3カ月間停止した場合の経済損失は約6,600億円、1年間では2.6兆円に達するとされています。自動車の納期遅延や家電・電子機器の供給制約など、消費者の生活にも直接的な影響が及ぶ可能性があります。
レアアースは特にネオジム磁石の原料として重要です。ネオジム磁石はEVの駆動モーター、産業用ロボット、風力発電のタービンなど、脱炭素社会の実現に不可欠な技術に広く使われています。中国による供給制限は、日本だけでなく世界のグリーントランジション(脱炭素移行)にも影響を及ぼしかねません。
「掘れても使えない」精錬技術という最大の壁
中国が握る精錬工程の支配力
レアアースの問題は、単なる「鉱石の採掘量」の問題ではありません。最大のボトルネックは、鉱石から工業用途に使える形に加工する「精錬・分離」工程にあります。中国はこの精錬工程で世界シェアの約85〜91%を握っています。
レアアースの精錬は、17種類の元素を一つひとつ分離する高度な化学プロセスです。溶媒抽出法という手法が一般的ですが、非常に似た化学的性質を持つ元素同士を分離するため、何百段階もの抽出工程を繰り返す必要があります。この技術は中国が数十年にわたる投資と経験で蓄積してきたもので、他国が短期間で追いつくことは容易ではありません。
なぜ精錬の集中が起きたのか
中国が精錬を支配するようになった背景には、複数の要因があります。まず、中国国内にはレアアース鉱石が豊富に存在し、採掘から精錬までを一貫して行える体制が整っていました。加えて、環境規制が比較的緩やかだった時代に大規模な精錬施設を建設し、規模の経済を実現しました。
その結果、他国の精錬事業者は価格競争で太刀打ちできず、次々と撤退していきました。2010年の尖閣問題時のレアアース禁輸で世界がこのリスクに気づいたものの、精錬能力の分散化は15年経った今も道半ばです。
日本の多角的な脱中国戦略
深海採掘プロジェクト:南鳥島沖の挑戦
2026年1月、海洋研究開発機構(JAMSTEC)は探査船「ちきゅう」を用いて、小笠原諸島・南鳥島沖の水深約6,000メートルの海底からレアアース泥の回収に成功しました。この海域には推定1,600万トンのレアアース泥が存在し、日本の年間消費量の数百年分に相当する資源が眠っているとされています。
特に注目すべきは、中国以外ではほとんど産出されないジスプロシウムが日本の需要の400年分、テルビウムが数百年から数千年分存在するとの分析結果です。2027年度には数十〜数百トン規模の試験採掘と、陸上での分離・精錬プロセスの検証が計画されており、2028〜2030年頃の本格的な商業採掘開始を目指しています。
ただし、水深6,000メートルからの採掘は技術的に前例がなく、採算性については「度外視」で進めている段階です。ブルームバーグの報道によれば、日本政府は経済安全保障の観点から、コストよりも供給源の確保を優先する方針を明確にしています。
豪州ライナスとの連携強化
日本は海外からの調達多角化も急ピッチで進めています。2026年3月、日本はオーストラリアのライナス・レアアースと長期供給契約を締結しました。この契約により、日本は2038年まで年間5,000トン以上のネオジム・プラセオジム酸化物を確保するほか、ライナスが生産する重希土類の半分以上を購入する権利を得ました。
また、双日はライナスからのレアアース輸入品目を拡大し、2026年4月からはサマリウムの輸入を開始する予定です。2027年半ばまでに6種類の中重希土類元素の調達を目指しています。ライナスは中国以外で唯一の大規模なレアアース分離精錬能力を持つ企業であり、日本にとって極めて重要な供給パートナーです。
リサイクルと代替技術の開発
第三の柱がリサイクル技術と代替材料の開発です。信越化学工業は日本とベトナムにリサイクル拠点を持ち、使用済み製品や製造工程の端材からレアアースを回収して再利用する循環型の仕組みを構築しています。
NEDOは2023〜2027年度の5年間で総事業費約16.8億円のプロジェクトを進めており、新規吸着剤を用いた重レアアースの回収技術や、環境負荷の低い電解還元技術の開発に取り組んでいます。
さらに、レアアースを使わない代替技術の開発も進んでいます。プロテリアル(旧日立金属)は、ジスプロシウムやテルビウムを使用しないネオジム磁石の量産ラインを2025年に立ち上げ、2026年にかけて生産を拡大中です。EV向けモーターでも、永久磁石を使用しない巻線界磁モーターや誘導モーターの開発が各社で進められています。
注意点・今後の展望
短期的な課題
精錬技術の内製化は一朝一夕には実現しません。現時点では、日本が仮に深海から大量のレアアース泥を採掘できたとしても、それを工業用途に使える形に精錬する国内能力は限られています。南鳥島プロジェクトでも、2027年度に予定されている陸上での分離・精錬プロセス検証の結果が重要な試金石となります。
また、ライナスからの調達は有力な代替手段ですが、同社の精錬能力にも限界があります。世界全体のレアアース需要が増加する中で、一社に過度に依存するリスクも考慮する必要があります。
中長期的な見通し
レアアースの脱中国依存は、「採掘」「精錬」「代替技術」の三本柱で進む長期的な取り組みです。短期的にはライナスとの連携やリサイクルの拡大、中期的には南鳥島の商業採掘開始、長期的にはレアアースフリーの代替技術の普及という段階的な戦略が描かれています。
2026年3月に開催されたCSIS(戦略国際問題研究所)のレポートでは、日米豪を中心とした多国間連携の重要性も指摘されています。精錬技術は一国だけで解決できる問題ではなく、同志国間での技術共有と投資の分担が不可欠です。
まとめ
レアアースの脱中国依存は、日本の経済安全保障における最重要課題の一つです。南鳥島沖での深海採掘成功やライナスとの長期契約は大きな前進ですが、真のボトルネックは精錬技術にあります。中国が世界の精錬能力の85〜91%を握る現状を変えるには、国内精錬能力の構築、リサイクル技術の高度化、そしてレアアースに依存しない代替技術の開発を同時に進める必要があります。
消費者や投資家にとっても、レアアースの動向は無関係ではありません。EVや再生可能エネルギー関連製品の価格や供給に直結するため、今後も各国の政策動向と技術開発の進展に注目することが重要です。
参考資料:
- 日本のレアアース採掘は採算度外視、脱中国依存へ-泥の回収に成功 - Bloomberg
- China’s Rare Earth Campaign Against Japan | CSIS
- 中国の対日レアアース輸出規制 ― 経済安全保障の構造的脆弱性 | 日本金融経済研究所
- Lynas surges 15% after revamp of rare earths deal with Japan - The Japan Times
- 中国が対日軍民両用品の輸出規制を強化 | 野村総合研究所
- レアアースの中国依存脱却に世界は結託へ | 第一生命経済研究所
- 「レアアース泥」試験採取成功 南鳥島沖深海底から | 時事通信
- レアアースの供給途絶リスクをどう考えるか | 日本経済研究センター
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