日米欧がレアアース「最低価格制」で中国排除へ
はじめに
米国政府が日本や欧州連合(EU)とともに、中国産レアアース(希土類)などの重要鉱物に対する「最低価格制度」を導入する新たな枠組みを提案しました。2026年2月4日、米国務省で開催された閣僚級会議で、バンス米副大統領が「強制力のある最低価格制度によって外部から守られた重要鉱物貿易圏をつくる」と表明しています。
中国は世界のレアアース採掘の70%、精錬の90%を支配しており、貿易紛争の際にはレアアース輸出を武器として使う姿勢を見せてきました。この新たな枠組みは、安価な中国産レアアースによる市場支配を阻止し、同盟国間で独自のサプライチェーンを構築することを目指しています。
この記事では、最低価格制度の仕組みと背景、そして日本への影響を解説します。
最低価格制度とは何か
制度の仕組み
最低価格制度(プライスフロア)とは、レアアースなどの重要鉱物に対して最低輸入価格を設定し、それを下回る価格の製品に関税を課す仕組みです。具体的には、国境で価格を調整する「ボーダー・アジャステッド・プライスフロア」という手法が検討されています。
中国は豊富な資源と巨額の国家補助金を背景に、レアアースを国際市場で極めて低い価格で供給してきました。この低価格攻勢により、他国のレアアース開発プロジェクトは採算が合わず、多くが撤退を余儀なくされてきた経緯があります。最低価格制度はこの構造を打破し、中国以外のレアアース生産を経済的に成り立たせることが目的です。
対象となる重要鉱物
今回の枠組みはレアアースに限定されるものではありません。EV用バッテリーに不可欠なリチウムやコバルト、半導体製造に使われるガリウムやゲルマニウムなど、広範な重要鉱物が対象になる可能性があります。
これらの鉱物はいずれも中国が世界市場で支配的な地位を占めており、戦闘機からスマートフォンまで幅広い製品に不可欠な素材です。
背景にある中国の資源外交
輸出規制を武器にする中国
中国はレアアースを外交・安全保障上の武器として使う姿勢を繰り返し示してきました。2010年には尖閣諸島問題を契機に日本向けレアアース輸出を事実上制限し、日本の製造業に大きな衝撃を与えました。
最近では2026年1月6日、中国商務部がデュアルユース(軍民両用)物品の対日輸出を禁止する公告を発表しました。レアアースを含む幅広い品目が対象とされ、日本のハイテク産業への影響が懸念されています。中国が12月に日本に輸出したレアアース磁石は前月比で8%減少しており、規制の影響が徐々に表れつつあります。
サプライチェーンの脆弱性
中国がレアアースの採掘から精錬、加工までの一貫したサプライチェーンを握っていることが、問題の本質です。採掘段階で70%、精錬段階で90%という圧倒的なシェアは、他国が短期間で代替することが極めて困難な構造を作り上げています。
レアアースは、EV用モーター、風力発電タービン、軍事用精密誘導装置など、次世代技術のあらゆる分野に不可欠です。中国への依存は単なる経済問題ではなく、安全保障上のリスクでもあります。
日米欧の対中鉱物戦略
鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)
今回の最低価格制度の提案は、より広範な重要鉱物の安全保障戦略の一環です。2022年に米国主導で設立された「鉱物安全保障パートナーシップ(MSP)」には、G7諸国のほか、オーストラリア、韓国、インドなど15カ国が参加しています。
MSPは情報共有、投資促進、ESG基準の向上、リサイクル推進という4つの柱で活動しており、今回の最低価格制度はこの枠組みをさらに強化するものです。
トランプ政権の「プロジェクト・ヴォルト」
トランプ大統領は2月3日、重要鉱物の戦略備蓄計画「プロジェクト・ヴォルト」を発表しました。米国輸出入銀行から100億ドル、民間から20億ドルの資金を確保し、レアアースをはじめとする重要鉱物の国内備蓄を進める計画です。
最低価格制度と戦略備蓄の組み合わせは、短期的な供給途絶リスクへの備えと、中長期的なサプライチェーン再構築の両面をカバーする戦略と言えます。
協調関税の可能性
日米欧は最低価格制度に加えて、協調関税の導入も視野に入れています。G7やMSPの枠組みを通じて、中国産重要鉱物に対して参加国が足並みをそろえて関税を課すことで、中国の低価格攻勢に対抗する狙いです。
ただし、協調関税の実現にはWTO(世界貿易機関)の規則との整合性や、各国の国内法上の課題もあり、調整には時間を要する見通しです。
注意点・今後の展望
日本の脱中国依存の進捗
日本は2010年のレアアース危機を教訓に、中国依存の低減を進めてきました。レアアース輸入に占める中国の割合は2009年の85%から2020年には58%まで低下しています。代替技術の開発やオーストラリア、カナダなどからの調達先多様化が進んだ結果です。
しかし、精錬段階での中国依存は依然として高く、最終製品に近い段階での脱中国は道半ばです。最低価格制度は、中国以外でのレアアース精錬事業を経済的に成り立たせるために重要な役割を果たす可能性があります。
制度実現への課題
最低価格制度の実効性は、参加国がどれだけ足並みをそろえられるかにかかっています。米国、日本、EUの間でも、産業構造や中国との経済関係は異なるため、具体的な価格水準や対象品目の合意形成は容易ではありません。
また、中国が報復措置として輸出規制をさらに強化する可能性もあり、短期的には重要鉱物の供給が一時的に逼迫するリスクも考慮すべきです。
まとめ
日米欧によるレアアースの最低価格制度は、中国の資源支配に対抗する画期的な試みです。トランプ政権の戦略備蓄計画「プロジェクト・ヴォルト」と合わせて、重要鉱物のサプライチェーンを同盟国間で再構築する動きが本格化しています。
中国がレアアースを経済的威圧の手段として使い続ける限り、脱中国依存の流れは加速するでしょう。日本にとっても、最低価格制度への参加とレアアース代替技術の開発を両輪で進めることが、経済安全保障の強化に不可欠です。
参考資料:
- U.S. plans critical mineral price floors with Mexico, EU and Japan - CNBC
- US announces proposed critical mineral trading bloc - Al Jazeera
- U.S., EU and Japan unveil critical-minerals partnership - The Japan Times
- US wants to create a critical minerals trading bloc with its allies to counter China - ABC News
- レアアースで揺さぶる中国に対抗できるのか? - 東洋経済
- 日本企業、レアアース中国依存軽減へ動く - 日本経済新聞
- レアアースなど重要鉱物の供給網、脱中国依存が難しい理由とは - Bloomberg
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