実質賃金13カ月ぶりプラスも原油高騰が暗雲、持続性に懸念
はじめに
厚生労働省が2026年3月9日に発表した毎月勤労統計調査(2026年1月分速報)によると、物価変動の影響を除いた実質賃金は前年同月比1.4%増となり、13カ月ぶりのプラスに転じました。基本給の力強い伸びと物価上昇率の鈍化が重なった結果です。
しかし、この明るい指標に水を差すのが、イラン情勢の緊迫化に伴う原油価格の急騰です。2月末からの中東危機でWTI原油先物は一時100ドルを突破し、エネルギー価格の上昇が再び家計を圧迫する懸念が強まっています。本記事では、実質賃金プラス転換の背景と、今後の見通しを詳しく解説します。
1月の賃金データが示すもの
名目賃金は3.0%の堅調な伸び
2026年1月の現金給与総額は、従業員5人以上の事業所で1人あたり平均30万1,314円となり、前年同月比3.0%増を記録しました。内訳を見ると、基本給にあたる所定内給与は26万9,198円で同3.0%増。一般労働者に限ると所定内給与は3.2%増と、33年3カ月ぶりの高い伸び率を記録しています。
残業代を含む所定外給与も3.3%増と堅調でした。2025年春闘での賃上げが浸透し、名目ベースでの賃金上昇が継続していることを示しています。
物価の落ち着きが実質賃金を押し上げ
実質賃金がプラスに転じた要因は、賃金の伸びだけではありません。消費者物価指数(持家の帰属家賃を除く)の上昇率が1月は前年同月比1.7%にとどまり、前月の2.4%から大きく鈍化しました。
この物価の落ち着きには、政府による電気・ガス料金の補助(2026年1~3月、1世帯あたり約7,000円)や、2025年12月末に実施されたガソリン暫定税率の廃止(1リットルあたり25.1円の減税効果)が寄与しています。名目賃金の伸びが物価上昇率を上回ったことで、実質的な購買力が改善した形です。
原油高騰がもたらすリスク
イラン情勢とホルムズ海峡危機
2月28日に始まった米国・イスラエルによるイランへの軍事攻撃は、中東の地政学リスクを一気に高めました。イラン革命防衛隊はホルムズ海峡付近でタンカーへの攻撃を実施し、海峡は事実上の封鎖状態に陥っています。日本郵船や川崎汽船など国内大手海運会社も同海峡の通航を停止しました。
WTI原油先物は一時1バレル113ドル台まで急騰し、3月上旬時点では100ドル前後で推移しています。日本は原油輸入の約94%を中東に依存しており、ホルムズ海峡経由の原油輸送量は全体の9割に及びます。
物価への波及シナリオ
野村総合研究所の試算によると、原油価格が100ドルを突破した場合、国内のガソリン価格は1リットルあたり20~30円の押し上げ圧力を受けます。エネルギー価格の高騰は消費者物価指数(CPI)を0.6~0.7%程度引き上げると予測されています。
日本総研は、ホルムズ海峡が長期的に封鎖されるシナリオでは原油価格が140ドルに達し、日本のGDPを約3%押し下げる可能性があると分析しています。1月に改善した実質賃金が再びマイナスに転落するリスクは決して小さくありません。
春闘の賃上げは維持できるか
2026年春闘は5%台を維持する見通し
連合は2026年春闘でも3年連続となる「5%以上」の賃上げ目標を掲げています。第一生命経済研究所の予測では、主要企業の賃上げ率は5.45%(2025年春闘は5.52%)、連合集計ベースでは5.20%(同5.25%)と、ほぼ前年並みの高水準が見込まれています。
大企業を中心に賃上げの機運は衰えていませんが、その背景には人手不足の深刻化があります。商工中金のデータでは、中小企業の賃上げ判断基準が「収益力」から「労働力の維持・確保」へシフトしており、赤字企業の約6割が全従業員を対象に賃上げを実施しています。
中小企業は依然として厳しい
しかし、中小企業と大企業の格差は解消されていません。2025年春闘では全体の賃上げ率が5.25%だったのに対し、中小企業は4%台にとどまりました。2026年度のベースアップ実施率も、大企業の66.3%に対して中小企業は55.3%と、11ポイントの開きがあります。
原油高騰によるコスト増は、価格転嫁が困難な中小企業ほど大きな打撃を受けます。賃上げを続けたくても原資が確保できなくなるリスクがあり、企業規模間の賃金格差がさらに拡大する恐れがあります。
注意点・展望
実質賃金のプラス転換は歓迎すべきニュースですが、その持続性には注意が必要です。1月のデータは、政府の物価高対策(電気・ガス補助、暫定税率廃止)による「政策効果」の側面が大きく、こうした支援が終了した後も同じ傾向が続くかは不透明です。
今後の焦点は3つあります。第一に、原油価格の動向です。ホルムズ海峡の状況次第で、エネルギー価格が大幅に上昇する可能性があります。第二に、政府の追加対策です。高市首相はすでにガソリンや電気代の追加対策の検討を表明しており、その規模と内容が物価に影響を与えます。第三に、2026年春闘の最終的な回答状況です。中小企業を含む幅広い賃上げが実現するかどうかが、実質賃金の定着を左右します。
まとめ
2026年1月の実質賃金は前年同月比1.4%増と、13カ月ぶりのプラスに転じました。基本給の伸びが33年ぶりの高水準を記録し、物価上昇の鈍化と相まって家計の購買力が回復した形です。
しかし、イラン情勢の緊迫化による原油価格の急騰が、この好転を持続させるかどうかに暗雲をもたらしています。春闘での賃上げ継続と政府の追加対策がかみ合わなければ、実質賃金は再びマイナス圏に沈む可能性があります。労働者の実感として「手取りが増えた」と感じられる状況の定着には、まだ時間がかかりそうです。
参考資料:
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