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by nicoxz

紅海経由の原油輸送が前年の19倍に急増、迂回ルートの現状と限界

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はじめに

2026年2月28日の米国・イスラエルによるイラン攻撃を受け、世界の原油輸送の大動脈であるホルムズ海峡が事実上の封鎖状態に陥りました。1日あたり約120隻が通過していた海峡の通航数はわずか5隻にまで激減し、世界のエネルギー供給に深刻な影響を及ぼしています。

こうした中、サウジアラビアを中心とした産油国が紅海経由の代替ルートによる原油輸出を急拡大させています。紅海沿岸のヤンブー港からの出荷量は前年比で19倍に達する勢いです。しかし、代替ルートには輸送能力の限界があり、タンカー運賃の高騰も相まって、原油調達コストの押し上げは避けられない状況です。この記事では、原油輸送の現場で何が起きているのか、代替ルートの実力と課題、そして日本への影響を解説します。

ホルムズ海峡封鎖の経緯と現状

イラン革命防衛隊による通航制限

2026年2月28日、米国とイスラエルがイランに対する大規模な軍事攻撃を実施しました。これに対してイラン革命防衛隊(IRGC)はホルムズ海峡付近を航行するすべての船舶に対して通過禁止を通告しました。その後態度をやや軟化させたものの、海峡の通航は事実上停止に近い状態が続いています。

3月5日には保険会社が戦争リスク保険の引き受けを停止し、マースク、CMA CGM、MSC、ハパックロイドなど主要船社がすべて海峡の通過を見合わせる事態となりました。ホルムズ海峡は世界の日量原油供給の約20%、LNG供給の約20%が通過する要衝であり、封鎖の長期化は世界的なエネルギー危機に直結します。

原油価格への即時的な影響

封鎖の影響は原油価格に即座に反映されました。WTI原油先物価格は攻撃前の2月27日終値67.02ドルから一時119.48ドルまで約78%急騰し、3年9カ月ぶりの高値を記録しています。JPモルガンは、海峡での制限が3〜4週間続けば湾岸産油国が生産停止を余儀なくされ、ブレント原油が100ドルを超える水準が定着する可能性を指摘しています。

サウジアラビアの東西パイプライン活用による迂回

ヤンブー港への輸出シフト

ホルムズ海峡を迂回する最大の代替手段が、サウジアラビアの東西石油パイプライン(ペトロライン)です。東部の油田地帯アブカイクから紅海沿岸のヤンブー港まで、全長約1,200キロメートルを結ぶこのパイプラインが、現在フル稼働しています。

LSEG(旧リフィニティブ)の海上輸送データによると、ヤンブー港からの原油輸出量は2月の日量約110万バレルから、3月上旬には日量約220万〜250万バレルへと急増しました。これは通常時と比較して約330%の増加です。3月にヤンブーで積み荷を行うタンカーは37隻以上が予定されており、船舶追跡会社クプラーのデータでは40隻を超える可能性もあります。この場合、月間輸出量は日量400万バレルを超え、過去最高を更新する見通しです。

パイプライン能力の緊急拡張

サウジアラビアは3月11日、天然ガス用パイプラインを原油輸送に転用する緊急措置を完了し、東西パイプラインの輸送能力を従来の日量500万バレルから最大700万バレルへ引き上げました。ただし、ヤンブー港の荷役能力には制約があります。北ヤンブーと南ヤンブーの2つのターミナルを合わせた公称積載能力は日量約450万バレルですが、市場関係者によると実効的な能力は日量約400万バレル程度とされています。

パイプライン側は余力があっても、港湾インフラがボトルネックとなり得る構造です。

UAEフジャイラ経由のもう一つの迂回路

ハブシャン・フジャイラパイプライン

サウジアラビアだけでなく、アラブ首長国連邦(UAE)もホルムズ海峡を迂回する手段を持っています。アブダビの油田地帯ハブシャンからオマーン湾に面するフジャイラ港まで、全長約400キロメートルのパイプライン(ADCOP)が2012年から稼働しています。

フジャイラパイプラインの輸送能力は日量約150万〜180万バレルで、UAEの日量原油輸出の約半分を賄える規模です。ホルムズ海峡のインド洋側に位置するため、海峡を通過せずに原油を出荷できる利点があります。

フジャイラへの攻撃リスク

ただし、フジャイラにもリスクが存在します。迎撃されたドローンの破片がフジャイラの石油ターミナルに落下し、約300万バレルの容量を持つJSWインフラストラクチャーの貯蔵タンクで火災が発生する事態も報告されています。迂回ルートの代替インフラも紛争の影響から完全には逃れられない現実を示しています。

タンカー運賃の記録的高騰

VLCC運賃が史上最高値を更新

原油輸送ルートの大転換に伴い、タンカー運賃は記録的な水準に達しています。超大型タンカー(VLCC)のチャーター料金は77%急騰して1日あたり31万5,000ドルに達した後、さらに中東湾岸から中国向けのスポットレートは1日あたり42万4,000ドルを突破し、過去の記録をすべて塗り替えました。

特にヤンブーからアジア向けの航路は、現在最も高額なVLCC航路となっています。船舶の不足に加え、戦争リスク保険の引き受け停止による運航コスト上昇が重なり、運賃は異例の高水準で推移しています。

紅海航路自体のリスク

さらに問題を複雑にしているのが、紅海航路自体の安全性です。フーシ派が支配するイエメンは2月28日、紅海でのイスラエルおよび商船への攻撃を再開すると宣言しました。スエズ運河経由の輸送も脅かされ、一部のタンカーはアフリカの喜望峰を回る大迂回を余儀なくされています。この場合、輸送日数は数週間単位で増加し、さらなるコスト上昇要因となります。

代替ルートの限界と構造的な課題

全量の代替は不可能

ホルムズ海峡を迂回できる石油パイプラインの能力を合計すると、サウジアラビアの東西パイプライン(日量最大700万バレル)とUAEのハブシャン・フジャイラパイプライン(日量150万〜180万バレル)で、最大約880万バレルとなります。しかし、封鎖前にホルムズ海峡を通過していた原油・石油製品は日量約2,000万バレルにのぼります。

つまり、代替パイプラインの能力を最大限に稼働させても、従来の輸送量の約4分の1しかカバーできません。湾岸輸出の約3分の2はなお滞留すると試算されており、封鎖が長期化した場合の供給不足は深刻です。

イラクやクウェートは代替手段を持たない

サウジアラビアとUAEにはパイプラインという代替手段がありますが、イラクやクウェートなど他の湾岸産油国にはホルムズ海峡をバイパスする有効な輸出インフラがありません。これらの国の原油はホルムズ海峡の封鎖により事実上出荷不能の状態に置かれています。

日本への影響と今後の展望

中東依存度94%の脆弱性

日本にとってホルムズ海峡の封鎖は、エネルギー安全保障上の最大級の危機です。2025年時点で日本の原油輸入に占める中東依存度は約94%に達し、そのうち約9割がホルムズ海峡を経由していました。石油備蓄は約254日分を保有しているものの、長期の供給途絶には耐えられません。

原油価格が持続的に1バレル120〜130ドルで推移した場合、日本経済はスタグフレーションに陥り、2026年のGDPは想定よりも0.6%低下するとの試算もあります。ガソリン価格は1リットル204円前後まで上昇する可能性が指摘されています。

LNG供給への波及

影響は原油にとどまりません。日本企業が締結するLNG売買契約の多くは石油価格連動の価格指標を採用しているため、原油高はLNGの輸入価格も押し上げます。結果として電気料金の上昇につながり、家計や企業活動に幅広い影響を及ぼす恐れがあります。

国際的な対応の動き

トランプ大統領は3月14日、「多くの国がホルムズ海峡に軍艦を送る」と発言し、国際的な航行の自由確保に向けた動きも出ています。しかし、イランとの軍事的緊張が続く中、海峡の安全な通航が短期間で回復するかは不透明です。

まとめ

ホルムズ海峡の封鎖を受けて、サウジアラビアの紅海側ヤンブー港からの原油輸出は急増しており、海上輸送データは前年比で桁違いの増加を示しています。東西パイプラインの能力拡張やUAEのフジャイラルートも活用されていますが、代替ルート全体でカバーできるのは従来の輸送量の約4分の1にすぎません。

タンカー運賃の記録的高騰に加え、紅海航路自体の安全リスクも残ります。原油調達コストの上昇は避けられず、日本をはじめとするエネルギー輸入国にとって、危機の長期化に備えた対応が急務です。中東依存度の見直しや備蓄の戦略的活用など、エネルギー安全保障の根本的な再構築が改めて問われています。

参考資料:

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