ルネサス6年ぶり赤字、AI時代への転換は可能か
はじめに
日本を代表する半導体メーカーであるルネサスエレクトロニクスが、6年ぶりの最終赤字に転落しました。2025年12月期の連結決算では、最終損益が517億円の赤字となり、前の期の2,190億円の黒字から大きく悪化しています。
赤字の主因は、協業先である米半導体大手ウルフスピードの経営破綻による巨額損失です。さらに、主力の車載半導体事業の低迷や、AIブームへの対応の遅れも重なりました。
本記事では、ルネサスが直面する課題の背景と、AI・データセンター向け事業への転換戦略について詳しく解説します。
ウルフスピードの破綻がもたらした巨額損失
20億ドルの預託金が裏目に
ルネサスは2023年、次世代パワー半導体の基板材料である炭化ケイ素(SiC)の安定調達を目指し、米半導体メーカーのウルフスピードと長期供給契約を締結しました。この契約では、10年間にわたるSiC基板の供給を受ける見返りとして、ルネサスは約20億ドル(約2,920億円)を預託していました。
しかし、ウルフスピードは2025年6月に米連邦破産法第11条(チャプター11)の適用を申請しました。EV需要の減速や中国メーカーによる半導体内製化の進展が収益を圧迫したことが主な原因です。
2,366億円の損失計上
ウルフスピードの経営破綻を受け、ルネサスは預託金に関連する約2,366億円の損失を計上しました。ルネサスはウルフスピードの再建支援にも関与していますが、SiCパワー半導体への自社参入計画は事実上撤回する結果となりました。
SiCパワー半導体はEVのインバーターや充電器に使われる重要部品であり、ルネサスにとっては成長戦略の柱の一つでした。この計画の頓挫は、同社のパワー半導体事業に大きな影を落としています。
車載半導体事業の低迷とAIへの対応遅れ
自動車向け売上が9%減少
ルネサスの主力事業である車載半導体は、2025年12月期に売上高が前期比9.0%減少しました。中国を中心としたEV市場の減速が大きく影響しています。中国のEVメーカーが半導体の国内調達や内製化を強化していることも、ルネサスの販売減につながりました。
売上高全体では前期比2.0%減の1兆3,212億円、営業利益は同9.8%減の2,011億円となりました。本業の収益力自体は維持しているものの、成長のけん引役を失った形です。
AI関連半導体の構成比の低さ
現在の半導体市場では、AI関連の需要が急速に拡大しています。NVIDIAのGPUに代表されるAI向け半導体が市場をけん引する中、ルネサスはAI関連の半導体構成比が相対的に低く、この成長の波に十分に乗れていません。
車載向けマイコンやアナログ半導体を主力とするルネサスのポートフォリオは、AIデータセンター向けの高性能プロセッサーやアクセラレーターとは領域が異なります。この構造的な課題が、業績回復の足かせとなっています。
AI・データセンター向け事業への転換戦略
GaNパワー半導体で新市場を開拓
ルネサスはAIブームへの対応として、窒化ガリウム(GaN)製のパワー半導体の新製品を投入しています。GaN半導体は従来のシリコン素材と比べて電力ロスが小さく、AIデータセンターや電力インフラなど大型施設での需要が見込まれます。
AIデータセンターでは膨大な電力を消費するため、電源回路の効率化が重要課題です。ルネサスのGaNパワー半導体は、この課題に対応する製品として位置付けられています。
産業・インフラ向け事業が成長の兆し
2025年12月期の事業セグメント別では、産業・インフラ・IoT向け事業が前期比5.5%増加しました。データセンターやAI関連のインフラ需要が追い風となっています。
柴田英利社長は決算説明会で「自動車向けは上がり下がりがあるが、産業向けは、データセンターやAI向けを中心に力強い伸びが見込める」と述べています。2026年12月期第1四半期の業績予想では、売上収益3,675億〜3,825億円を見込み、前年同期比で増収増益となる見通しです。
タイミング事業の売却で経営資源を集中
ルネサスは2026年2月5日、電子回路のタイミング部品事業を米半導体設計会社のサイタイムに約30億ドル(約4,700億円)で売却すると発表しました。現金15億ドルとサイタイム株式約413万株を取得します。
柴田社長は「技術のトレンドとしてMEMSに大きな可能性があり、ベターオーナーであるSiTimeのもとで成長を志向するのが良い」と説明しています。非中核事業を整理し、主力の半導体事業に経営資源を集中する方針です。
注意点・展望
車載半導体市場の回復は不透明
車載半導体市場は2024年時点で約680億ドル規模であり、ルネサスは世界5位に位置しています。しかし、中国でのEV需要の変動や、現地メーカーの半導体内製化の動きが続いており、短期的な回復は見通しにくい状況です。
AI関連事業の拡大には時間が必要
ルネサスがAI向けのパワー半導体やデータセンター向け製品で存在感を示すには、まだ時間がかかる見通しです。2026年にはGPU向けに加え、ハイパースケーラーのカスタムASIC向けのパワー半導体需要が段階的に拡大すると期待されていますが、NVIDIAやInfineonなど競合との差は依然として大きいです。
ルネサスが開発した高性能MPU「RZ/V2N」など、AI処理に対応した組み込み向け製品も登場していますが、データセンター市場での競争は激しく、差別化が課題です。
まとめ
ルネサスエレクトロニクスは、ウルフスピードの破綻による巨額損失と車載半導体の低迷により、6年ぶりの赤字に転落しました。AIブームへの対応の遅れも浮き彫りになっています。
一方で、GaNパワー半導体の投入やタイミング事業の売却による経営資源の集中など、転換への布石も打っています。2026年第1四半期は増収増益が見込まれており、回復の兆しも見えています。
AI時代の半導体市場で競争力を取り戻せるか。ルネサスの今後の戦略実行が注目されます。
参考資料:
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