Research
Research

by nicoxz

退職一時金制度の歴史と2026年税制改正の影響

by nicoxz
URLをコピーしました

はじめに

退職一時金制度は、日本の雇用慣行を支えてきた重要な仕組みの一つです。戦後の復興期に生まれ、高度経済成長期に多くの企業へ広がったこの制度は、終身雇用や年功序列とともに「日本型雇用」の象徴とされてきました。

しかし近年、雇用の流動化や確定拠出年金(DC)の普及により、退職金制度のあり方は大きく変化しています。さらに2026年1月には退職所得控除の「5年ルール」が「10年ルール」に改正され、退職金の受け取り方にも影響が及びます。

本記事では、退職一時金制度の歴史を振り返りながら、最新の税制改正が企業と個人に与える影響を詳しく解説します。

退職一時金制度の成り立ちと高度成長期の普及

明治期から戦前にかけての萌芽

退職一時金の起源は、明治維新後の工業化政策にさかのぼります。一橋大教授を務めた西成田豊氏の著書「退職金の一四〇年」によると、鉄道や造船といった官営事業で働く労働者に対し、退職時に慰労金を支給する慣行が生まれたのが始まりです。

当初は経営者の裁量による恩恵的な給付でしたが、大正から昭和にかけて徐々に制度化が進みました。この時期の退職金は、まだ一部の大企業に限られた特別な待遇でした。

戦後の労働争議と制度の確立

退職金制度が本格的に普及するきっかけとなったのは、第二次世界大戦直後の1946年に起きた電気産業労働組合の労働争議です。この争議で退職金に関する暫定協定が結ばれたことを契機に、多くの企業で退職金制度の整備が進みました。

終身雇用制もこの時期に確立され、「長く勤めれば退職時にまとまった金額を受け取れる」という仕組みが、労働者にとって重要なインセンティブとなりました。

高度成長期に全国へ拡大

1950年代から60年代の高度経済成長期に、退職一時金制度は大企業だけでなく中小企業にも急速に広がりました。企業間の人材獲得競争が激化する中、退職金は優秀な人材を長期間確保するための有効な手段でした。

ホワイトカラー・ブルーカラーを問わず、年功序列の昇給を前提とした終身雇用制が定着し、退職金はその制度の出口として機能しました。勤続年数に応じて金額が増える仕組みは、従業員の定着率を高める効果がありました。

退職金制度の現在地と変化のトレンド

依然として高い導入率

厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、退職給付制度を設けている企業は全体の74.9%に上ります。制度の形態別では、退職一時金のみの企業が69%、年金のみが9.6%、一時金と年金の併用が21.4%です。

退職一時金制度は法律で義務付けられているものではなく、企業が任意で設ける制度です。設ける場合は、適用する労働者の範囲や計算方法を就業規則に記載する必要があります。

ポイント制への移行

近年注目されているのが、従来の「最終給与比例方式」から「ポイント制」への移行です。最終給与比例方式では、退職時の基本給に勤続年数に応じた係数を掛けて退職金を算出します。一方、ポイント制では勤続年数だけでなく、職務の等級や業績評価に応じたポイントを毎年積み上げ、退職時にポイント単価を掛けて算出します。

ポイント制の導入により、年功的な要素を抑え、能力や貢献度を退職金に反映できるようになります。雇用の流動化が進む中、企業にとっても合理的な制度設計として支持を集めています。

確定拠出年金(DC)への移行

もう一つの大きなトレンドが、退職一時金制度から企業型確定拠出年金(企業型DC)への移行です。企業型DCでは、企業が毎月一定額を拠出し、従業員自身が運用方法を選択します。

企業側のメリットとして、退職給付債務の計上が不要になり、財務リスクを軽減できます。従業員側も、転職時にポータビリティ(持ち運び)が可能で、雇用流動化の時代に適した制度です。2026年4月・12月には段階的な制度改正も予定されており、拠出限度額の引き上げやマッチング拠出の要件緩和が実施されます。

2026年税制改正「10年ルール」の影響

5年ルールから10年ルールへ

2026年1月1日から、退職所得控除の調整規定が大きく変わりました。従来の「5年ルール」では、iDeCoや企業型DCの一時金を受け取ってから5年以上経過すれば、会社の退職金を受け取る際に退職所得控除をフルに活用できました。

改正後は、この調整期間が「前年以前9年以内(10年)」に延長されます。つまり、DC一時金を受け取ってから10年以内に退職金を受け取ると、勤続年数の重複分について控除が調整されることになります。

具体的な影響シナリオ

たとえば、60歳でiDeCoの一時金を受け取り、65歳で会社の退職金を受け取るケースを考えてみます。従来は5年以上の間隔があるため、それぞれ退職所得控除をフルに適用できました。しかし新ルールでは、65歳時点で「前年以前9年以内」にiDeCoの一時金を受け取っているため、勤続年数の重複排除が適用されます。

結果として、退職金にかかる税負担が増える可能性があります。この改正は、退職一時金とDC一時金の両方を受け取る予定の方にとって、受け取り時期の戦略的な見直しが必要になることを意味します。

見直しの背景にある「課税の公平性」

この改正が行われた最大の理由は、課税の公平性を確保するためです。従来のルールでは、DC一時金を先に受け取り、5年経過後に退職金を受け取ることで、勤続年数が重複していても二重に控除を受けられる状態が生じていました。

一方、退職金を一括で受け取る人は重複控除の恩恵を受けられず、不公平が生じていました。改正によりこの差を是正する狙いがあります。

注意点・今後の展望

退職金制度を取り巻く環境は、今後さらに変化する可能性があります。政府の税制調査会では、退職所得控除そのものの抜本的な見直しも議論されてきました。勤続年数20年超で控除額が増える「勤続年数優遇」の仕組みは、転職を抑制する効果があるとして見直し論が根強くあります。

令和7年度の税制改正では抜本的な議論は見送られましたが、将来的にはさらなる制度変更の可能性があります。企業の人事担当者は、退職金制度の設計において、税制の動向を注視する必要があります。

個人においても、iDeCoやDCの受け取り時期を含めたライフプランの見直しが重要です。特に60歳前後で複数の退職給付を受け取る予定がある方は、税理士やファイナンシャルプランナーに相談し、最適な受け取り戦略を検討することをおすすめします。

まとめ

退職一時金制度は、明治期の慰労金に端を発し、高度経済成長期に日本型雇用の柱として広く普及しました。現在も約75%の企業が何らかの退職給付制度を設けており、日本の労働市場において重要な役割を担っています。

一方で、ポイント制や確定拠出年金への移行、2026年の退職所得控除「10年ルール」の導入など、制度を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。企業は制度設計の見直しを、個人は受け取り戦略の再検討を進めることが求められます。変化する制度を正しく理解し、将来の資産形成に活かしていきましょう。

参考資料:

関連記事

最新ニュース