ロシアとウクライナが移民労働者争奪、戦時下の人手不足解消へ
はじめに
ウクライナ戦争が4年目に突入するなか、戦場での人的損耗は両国の民間経済にも深刻な影響を及ぼしています。ロシアでは動員や志願兵の増加により労働市場が逼迫し、失業率は2%台という歴史的低水準に沈んでいます。一方のウクライナでも、徴兵と数百万人規模の難民流出により、国内の労働力が大幅に縮小しました。この人手不足を補うため、両国はともにグローバルサウス(新興・途上国)からの移民労働者の受け入れ拡大に動き出しています。インドやバングラデシュ、ネパールなど南アジアを中心に、労働力の争奪戦が静かに、しかし確実に激しさを増しているのです。
ロシアの移民労働者戦略:就労許可は侵攻前の2.5倍に
深刻化する労働力不足の実態
ロシア経済は一見すると低失業率で好調に映りますが、その実態は深刻な構造的問題を抱えています。ロシアの失業率は全国平均で2.3%、主要工業地域では1.5%にまで低下しました。しかしこの数字は、企業内での時短勤務による「隠れた失業」を覆い隠しているとの指摘があります。高等経済学校の分析によれば、ロシア経済は約260万人の労働者が不足しており、2030年までにその数は300万人を超える見通しです。さらに広い推計では、2030年末までに1,100万人の追加労働力が必要だとする試算もあります。
ロシア軍は国の労働力の約3%を占めるまでに膨張し、2020年以降ほぼ倍増しました。戦死者や負傷者に加え、徴兵を避けるために国外へ脱出した若年層も少なくありません。企業の73%が人手不足を訴えており、建設・製造・物流の現場では人材確保が喫緊の課題となっています。
中央アジアから南アジアへのシフト
従来、ロシアの外国人労働力の主な供給源はウズベキスタンやタジキスタン、キルギスなど中央アジア諸国でした。しかし2024年には中央アジアからの労働移民が前年比で18%減少し、過去10年で最低水準に落ち込みました。背景には複数の要因があります。ルーブルの下落で米ドル換算の賃金が約3分の1も目減りしたこと、2024年3月のモスクワ・クロッカスシティホール襲撃事件を受けた排外的な取り締まり強化、そして中央アジア諸国自体の経済成長により、ロシア以外の就労先が魅力を増していることが挙げられます。
こうした状況を受け、ロシア政府はインドやバングラデシュ、中国、アフリカ諸国など新たな労働力供給源の開拓に注力しています。ロシア内務省が2025年にビザ必要国の外国人に発給した就労許可は約24万件に達し、ウクライナ全面侵攻前の水準と比較して約2.5倍に増加しました。2026年の外国人労働者受け入れ枠は27万9,000人に設定される見通しで、前年からさらに約20%の拡大となります。
インド人労働者の受け入れ拡大
とりわけ注目されるのがインドからの労働者受け入れです。2025年12月、プーチン大統領とモディ首相はインド人のロシアでの就労を容易にする協定に署名しました。ロシアの第一副首相マントゥロフ氏は、製造業で少なくとも80万人、サービス・建設分野で150万人の労働者が必要だと述べ、インド人労働者を「無制限に」受け入れる用意があると表明しています。インド人労働者向けの受け入れ枠は7万1,800人に設定され、過去1年でインドからの労働者数は約25%増加しました。
ウクライナも南アジアに照準:復興と生存をかけた人材確保
戦争がもたらした労働力の空白
ウクライナの労働力不足はロシア以上に深刻です。政府管理地域の民間労働力は2021年比で推定22%縮小しました。難民として国外に流出した約280万人の労働者に加え、50万から60万人が軍に動員されたことが主因です。教育、運輸、農業など、従来男性が担ってきた分野で特に人手が足りず、企業の約4分の3が人材不足に直面しています。
若年層の減少も著しく、24歳以下の人口は戦前から24%も減少したとの推計があります。この傾向は戦後の復興期にも長期にわたって影を落とす可能性が高く、ウクライナ経済にとって構造的な課題となっています。
南アジアからの外国人労働者受け入れ
こうした状況を受け、ウクライナの企業はインド、バングラデシュ、パキスタン、ネパールなど南アジア諸国からの労働者採用に動き始めています。2022年頃から外国人労働力の活用が議論されてきましたが、実際に企業が人材紹介会社を通じた本格的な採用活動に乗り出したのは2024年以降です。主に建設、物流、農業、製造業の現場で季節労働者や未経験者向けのポジションが募集されています。
ウクライナの雇用主は年間40万から45万人の外国人労働者を受け入れる用意があるとされています。しかし実際の受け入れ数は数千人規模にとどまっているのが現状です。統一的な移民労働者登録制度がないため正確な把握は困難ですが、法整備の遅れが大きな障壁となっています。
法整備の遅れという壁
ウクライナ議会には2024年7月、外国人の雇用を容易にするための法案が提出されました。就労と在留を一本化した許可制度の導入や、外国人留学生に最大9カ月間の就職活動期間を認める内容が盛り込まれています。しかし、企業側の広範な支持にもかかわらず、この法案はいまだ採決に至っていません。法案の内容が不明確で多くの立法上の空白があるとの批判もあり、戦時下における外国人受け入れの法的枠組みの整備は道半ばです。スイスの国際組織ヘルベタスとウクライナ雇用主連盟が共同で2025〜2026年の労働市場調査を開始しており、外国人労働者の受け入れ枠や仕組みの策定が進められています。
注意点・展望:人権リスクと持続可能性への懸念
移民労働者の急速な受け入れ拡大には、深刻な人権上のリスクが伴います。特にロシアでは、就労目的で渡航したインド人が詐欺的な手口でロシア軍に編入される事件が相次いでいます。インド外務省は少なくとも44人のインド国民がロシア軍で勤務していることを確認しており、実際にはさらに多くの被害者がいるとみられます。確認された契約者は146人以上に上り、少なくとも22人がウクライナでの戦闘で死亡しました。仲介業者が高給の民間職を約束しながら、実際にはロシア語で書かれた軍の契約書に署名させるという手口が報告されています。
一方、ウクライナで働く外国人労働者も戦時下のリスクにさらされます。ミサイル攻撃や空襲の危険がある環境で、十分な保護や補償が確保されるかは未知数です。両国とも、労働者の権利保護と安全確保の体制が整わないまま受け入れを急いでいる側面があり、国際的な監視と透明性の確保が求められます。
まとめ
ウクライナ戦争の長期化は、戦場だけでなく労働市場にも大きな地殻変動をもたらしています。ロシアとウクライナという敵対する両国が、ともにグローバルサウスの労働力に活路を見出そうとしている構図は、この戦争が世界経済の人的資源の流れにまで影響を及ぼしていることを象徴しています。ロシアの就労許可が侵攻前の2.5倍に増加したという事実は、戦時経済の維持がいかに移民労働者に依存しつつあるかを端的に示しています。しかし、搾取や詐欺のリスク、法整備の不備など課題は山積しており、労働者の安全と権利が犠牲にされないための国際的な取り組みが不可欠です。
参考資料
- Russia Boosts Work Permits for Indian and Bangladeshi Workers in 2025 - The Moscow Times
- Indian Manpower Is No Silver Bullet for Russia’s Labor Shortage - The Moscow Times
- Russia sets 72,000 quota for Indian workers as Ukraine war toll mounts - bne IntelliNews
- War-hit Ukrainian employers expand recruitment in South Asia - Kyiv Independent
- Ukraine Faces Labor Shortage As Russia’s War Empties Factories And Farms - RFE/RL
- Why Central Asian Migrant Workers Are Spurning Russia - Carnegie Endowment
- Russia’s Wartime Economy Under Pressure - Modern Diplomacy
- The Russian economy in 2025: Between stagnation and militarization - Atlantic Council
- Commentary: Need and loathing in Russia: unpacking the labor migration paradox - Eurasianet
- Russia: Xenophobic Crackdown on Central Asian Migrants - Human Rights Watch
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