ロシアとウクライナが移民争奪戦、戦時下の労働力確保に奔走
はじめに
ウクライナ戦争の長期化が、両国の労働市場に深刻な影響を及ぼしています。兵士の動員や国外避難によって生じた人手不足を補うため、ロシアとウクライナはともにグローバルサウス(新興・途上国)からの移民労働者の受け入れ拡大に乗り出しました。
特にインド、バングラデシュ、パキスタンといった南アジア諸国の労働者をめぐる争奪戦が激しさを増しています。ロシアは2025年にビザが必要な外国人に発給した就労許可が24万件に達し、侵攻前の約2.5倍に膨れ上がりました。一方のウクライナも法制度の整備を進め、外国人労働者の受け入れ体制を構築しつつあります。
ロシア:230万人の不足とインドへの急接近
中央アジア労働者の減少と新たな供給源
ロシア経済の労働力不足は推定230万人以上に及びます。高等経済学院の分析では2030年までに不足数は300万人を超える見通しです。製造業だけで80万人、建設およびサービス業では150万人の人材が早急に必要な状況です。
従来、ロシアの建設現場や工場を支えてきたのはウズベキスタンやタジキスタンなど中央アジア出身の労働者でした。しかし近年、この供給源が急速に細っています。西側の経済制裁によるルーブル安で母国への送金の魅力が低下したことが大きな要因です。
さらに2024年のモスクワ郊外のクロッカス・シティ・ホール襲撃事件以降、ロシア国内で反移民感情が強まりました。移民規制が厳格化され、中央アジア出身者の離脱が加速しています。こうした状況がロシアをインドという新たな労働力供給源へと向かわせました。
インド人就労ビザ14倍の急増
ロシアがインド人労働者に発給した就労ビザは、2021年のわずか5,000件から2025年には約7万2,000件へと14倍以上に急増しました。これはロシアが発給した外国人労働者ビザ全体の約3分の1に相当します。
2025年12月、プーチン大統領とインドのモディ首相はインド人のロシアでの就労手続きを簡素化する協定を締結しました。農業、建設、自動車修理など幅広い分野でインド人労働者の受け入れを進めています。一部報道では100万人規模の受け入れ計画も伝えられていますが、専門家はこの数字を「願望的」と評価しています。
ただし、深刻な問題も表面化しています。就職をうたう偽の人材紹介業者によってロシア軍に送り込まれるインド人やバングラデシュ人の事例が報告されています。少なくとも44人のインド人がウクライナの前線に配置されたとされ、外交問題にも発展しています。
ウクライナ:人口流出と南アジアへの期待
700万人流出がもたらす労働危機
ウクライナ側の労働力不足もまた深刻です。常勤従業員数は2021年の700万人から2025年9月には530万人へと大幅に減少しました。戦争開始以降、推定600万~700万人のウクライナ人が国外に避難しています。
経済調査政策コンサルティング研究所の調査によると、2025年の企業にとって最大の経営課題は人材不足であり、回答企業の60%がこれを挙げています。教育、物流、金属加工、エネルギー供給など幅広い産業で人材が不足しています。
元経済副大臣のテチアナ・ベレジュナ氏は、今後10年間でウクライナは約450万人の労働者を海外から招致する必要があると指摘しています。戦後復興を見据えた場合、国内の労働力だけでは到底まかなえない規模の需要が見込まれています。
法整備と南アジアからの採用
ウクライナ企業はインド、バングラデシュ、パキスタル、ネパールからの労働者の採用を拡大しています。主に製造業、建設、物流、農業の分野で季節労働や現場作業員として受け入れが進んでいます。
2024年7月にはウクライナ議会に外国人雇用を容易にする法案が提出されました。就労と居住の許可を一本化し、外国人留学生に卒業後最大9カ月の就職活動期間を与える内容です。ただし、統一的な移民労働者登録制度がないため、正確な受け入れ数の把握は困難です。現時点では数千人規模にとどまるとみられています。
戦争継続中の国に労働者を送り出すことへの懸念もあり、ウクライナの外国人労働者受け入れはロシアと比べて慎重に進んでいます。安全の確保と労働環境の整備が受け入れ拡大の前提条件です。
注意点・展望
グローバルサウスの労働力をめぐる争奪戦は、戦時下の一時的な現象にとどまらない構造的な問題を示しています。ロシアは戦前から人口減少に直面しており、労働力不足は戦争がなくても悪化する運命にありました。ウクライナも戦後復興には大量の労働力が不可欠です。
しかし、移民労働者の権利保護は両国とも不十分です。ロシアでは偽の求人で戦場に送り込まれる事例が発覚しており、移民労働者の安全が脅かされています。ウクライナでも外国人労働者を守る法的枠組みの整備は発展途上です。
グローバルサウス諸国は2050年に世界人口の約3分の2を占めると予測されています。豊富な生産年齢人口を持つこれらの国々は、先進国だけでなく紛争当事国からも労働力として注目を集めています。労働者の安全と権利を確保した上での国際的な枠組みの構築が急務です。
まとめ
ウクライナ戦争の長期化は、ロシアとウクライナの双方に深刻な労働力不足をもたらしています。両国がグローバルサウス、特にインドや南アジア諸国の労働者をめぐって争奪戦を繰り広げている構図は、戦争の影響が軍事面にとどまらず経済の根幹に及んでいることを示しています。
ロシアの就労許可が侵攻前の2.5倍に達し、ウクライナが450万人の外国人労働者の必要性を認める現実は、両国の経済基盤の脆弱さを浮き彫りにしています。移民労働者の安全確保と権利保護を伴わない受け入れ拡大は、新たな人権問題を生むリスクがあり、国際社会の注視が求められます。
参考資料:
- いまロシアがインドに急接近する理由 就労ビザは4年で15倍に - Newsweek日本版
- 戦闘で労働力不足悪化のロシア、インドに照準 - ロイター
- 戦争長期化で230万人不足のロシア 頼みの綱はインド - 江南タイムズ
- War-hit Ukrainian employers expand recruitment in South Asia - Kyiv Independent
- Ukraine Faces Labor Shortage As Russia’s War Empties Factories And Farms - RFE/RL
- Russia Boosts Work Permits for Indian and Bangladeshi Workers - The Moscow Times
- Workers from Bangladesh sought jobs in Russia but got sent to combat - The Washington Post
- ロシアの労働人口減少問題は「お手上げ状態」 - Newsweek日本版
関連記事
ロシアとウクライナが移民労働者争奪、戦時下の人手不足解消へ
ウクライナ戦争の長期化で深刻な人手不足に陥ったロシアとウクライナが、グローバルサウスからの移民労働者獲得競争を繰り広げている。両国の戦略と課題を多角的に解説する。
ロシア地方の疲弊深刻「終戦どんな条件でも」モスクワと明暗
ウクライナ侵攻から4年、ロシアの地方は戦死者の集中と経済的困窮で疲弊しています。活況のモスクワとの格差が広がる中、国民の戦意にも差が生じている実態を解説します。
ウクライナ侵攻5年目、ドローン対策ネットが変える戦場
ロシアによるウクライナ侵攻が5年目に突入。FPVドローンの脅威に対し、道路を覆う防護ネットトンネルが4,000km規模で展開される戦場の現実と、極寒の中で暮らす市民の姿を解説します。
ウクライナ侵攻5年目|ドローン戦争と防衛ネットの現実
ロシアによるウクライナ侵攻が5年目に突入。前線では100キロに及ぶ防護ネットのトンネルが出現し、ドローン技術のイタチごっこが続く最新戦況を解説します。
ウクライナ侵攻4年、深刻化する兵力不足と人口流出の実態
ロシアによるウクライナ全面侵攻から4年が経過。両軍の死傷者は推計200万人に迫り、ウクライナでは若年層の人口減少と徴兵忌避による国外脱出が深刻化しています。消耗戦の現状と和平交渉の行方を解説します。
最新ニュース
中国全人代を前に習近平の軍粛清が止まらない理由
3月の全人代開催を控え、習近平政権による軍高官の粛清が加速しています。張又侠の失脚、100人超の将校排除の背景と、人民解放軍への深刻な影響を解説します。
「ECの死」到来か、AIショッピングエージェントの破壊力
「SaaSの死」に続き「ECの死」が叫ばれています。AIショッピングエージェントがECビジネスをどう変えるのか、AmazonとWalmartの異なる戦略から読み解きます。
ハイアット東京を1260億円で取得、REIT最大規模
ジャパン・ホテル・リートがハイアットリージェンシー東京を国内REIT史上最大の1260億円で取得。好調なインバウンド需要を背景に、ホテル投資市場が過去最高を更新する中での大型案件を解説します。
メキシコが週40時間労働へ憲法改正、残業超過で3倍賃金の衝撃
メキシコが週40時間労働への憲法改正を承認。残業超過で3倍賃金の義務化が日本企業の製造拠点に与える影響と対応策を、段階的スケジュールとともに解説します。
楽天グループが金融3社統合へ、10月めど再編の全容
楽天グループが楽天銀行・楽天カード・楽天証券の金融3社を2026年10月をめどに統合する再編計画を発表。金利上昇時代の競争激化を背景に、エコシステム強化とコスト削減を狙う大型再編の詳細と課題を解説します。