ロシアとウクライナ、戦時下で加速する出生減の深刻度
はじめに
ロシアとウクライナの間で続く戦争が、両国の人口動態に深刻な影響を及ぼしています。ウクライナでは2025年の死亡数が出生数の3倍に達し、ロシアでも出生率が四半世紀ぶりの低水準を記録しました。
戦争による直接的な犠牲に加え、将来への不安が出産をためらわせる要因となっています。両国ともに戦前から少子化の課題を抱えていましたが、戦争の長期化がその傾向に拍車をかけている状況です。本記事では、最新の人口統計データをもとに、両国の出生減の実態と社会への影響を解説します。
ウクライナ——死亡数が出生数の3倍に
2025年の出生数は16万8778人
ウクライナ司法省のデータによると、2025年の出生数は前年比4.5%減の16万8778人にとどまりました。一方で死亡数は出生数の約3倍に達しており、自然減(死亡数から出生数を差し引いた数)が急速に拡大しています。
ウクライナの人口問題は、2022年のロシアによる全面侵攻以前から存在していました。しかし、戦争開始後は出生数の減少が顕著に加速しています。戦闘による直接的な犠牲に加え、数百万人規模の国外避難が生じたことで、出産適齢期の女性が国内から減少したことも大きな要因です。
2050年に人口2520万人の予測
国連やその他の人口推計機関の予測では、ウクライナの人口は2050年までに約2520万人にまで減少する可能性があります。戦前の2021年時点で約4100万人だった人口が、30年足らずで4割近く減少するという衝撃的な見通しです。
戦争が終結したとしても、人口の回復には長い時間がかかります。海外に避難した市民の帰国が不透明であること、インフラの破壊による生活環境の悪化、そして戦争のトラウマが次世代の出産意欲に与える影響など、複合的な要因が人口回復を困難にしています。
ロシア——200年ぶりの低水準に迫る出生率
2024年の出生数は122万人、1999年以来最少
ロシアの人口危機も深刻化しています。2024年の出生数は約122万2000人で、1999年以来の最低水準を記録しました。合計特殊出生率は1.41にまで低下し、人口置換水準の2.1を大きく下回っています。
2025年に入ってからも状況は改善せず、第1四半期の出生数は約28万8000人にとどまり、18世紀後半から19世紀初頭以来という記録的な低水準を記録しました。モスクワ・タイムズの報道によると、ロシアの出生率は「200年ぶりの低水準」に近づいています。
戦争が出生率低下を加速
プーチン大統領は出生率の低下に強い危機感を示し、合計特殊出生率が1.4に落ち込んだことに言及しています。ロシア政府は出産奨励策を推進していますが、戦争の影響がその効果を打ち消しています。
2025年8月末時点で、少なくとも21万9000人のロシア人が戦争で死亡したとされています。犠牲者の大半は労働年齢かつ生殖年齢の男性です。戦地から帰還した兵士の間ではPTSD(心的外傷後ストレス障害)やアルコール・薬物依存の割合が上昇しており、社会復帰の困難さが新たな課題となっています。
さらに、動員が特に出生率の高かった地域から重点的に行われた結果、人口動態の安定を支えていた地域の出産力が損なわれるという皮肉な事態も生じています。
両国に共通する構造的な問題
戦前からの少子化傾向
ロシアもウクライナも、戦争以前から少子化が進行していました。旧ソ連崩壊後の1990年代に両国の出生率は急落し、その後ロシアでは2000年代後半に一時的な回復が見られたものの、2015年頃から再び下降トレンドに入っていました。
ウクライナの合計特殊出生率は戦前の時点で1.2前後と、日本と同水準かそれ以下でした。ロシアも2024年末には1.374にまで低下し、2006年以来の最低を記録しています。
人口減少の経済的影響
人口減少は労働力の縮小に直結します。ロシアでは今後20年間で人口が約1億3200万人にまで減少するとの推計があり、経済成長の制約要因となります。軍需産業への労働力の偏りは、民間経済の人手不足をさらに悪化させています。
ウクライナにとっては、戦後復興の担い手となる若い世代の減少が最大の懸念です。インフラの再建には膨大な人材が必要ですが、人口の急減がその見通しを暗くしています。
注意点・展望
人口統計のデータには注意が必要です。ロシアは2025年に人口統計の月次公表を停止しており、データの正確性に疑問が呈されています。戦時下では出生・死亡の登録漏れも発生しやすく、実態はさらに深刻である可能性があります。
ロシアの専門家の予測では、出生数は毎年3〜5%ずつ減少を続け、回復基調に転じるのは2029〜2030年以降とされています。ただし、これは戦争が終結し、社会が安定した場合のシナリオです。
戦争の終結時期は見通せませんが、仮に停戦が実現したとしても、人口動態への影響は数十年にわたって続きます。両国が直面しているのは、軍事的な勝敗とは別次元の「社会の持続可能性」という根本的な課題です。
まとめ
ロシアとウクライナの人口危機は、戦争によって加速度的に深刻化しています。ウクライナでは死亡数が出生数の3倍に達し、ロシアでも出生率が四半世紀ぶりの低水準を記録しました。
両国に共通するのは、戦前からの少子化傾向に戦争が追い打ちをかけている構造です。直接的な犠牲だけでなく、将来不安による出産控え、国外避難、帰還兵の社会問題など、複合的な要因が絡み合っています。戦争の帰結がどうなるにせよ、両国が人口減少という長期的な課題と向き合い続けることは避けられません。
参考資料:
- ウクライナ 半年間の死者数が出生数の3倍に - NHKニュース
- Russia’s Birth Rate Plunges to 200-Year Low - The Moscow Times
- Russia’s Current Demographic Crisis Is Its Most Dangerous Yet - Carnegie Endowment
- ウクライナの人口 2022年以降の推移と課題 - ウクライナなび
- Putin warns Russia’s birth rate has fallen to 1.4 - bne IntelliNews
- ロシアが人口統計の月次公表停止 - 日本経済新聞
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