UACJ、H3ロケット部品を国内製造へ 宇宙供給網を強化
はじめに
アルミニウム圧延大手の株式会社UACJが、日本の基幹ロケット「H3」向けの大型アルミ部品を国内で製造する方針を打ち出しました。栃木県の工場に約120億円を投じて専用の鍛造設備を新設し、2029年の稼働開始を目指します。
日本政府は2030年代前半までにロケットの年間打ち上げ回数を約30回に増やす目標を掲げています。UACJの動きは、この目標達成に不可欠な国内サプライチェーンの拡充と、迅速な打ち上げ体制の構築に直結するものです。宇宙産業の国産化がなぜ重要なのか、その背景と意義を詳しく解説します。
UACJとは何か
国内最大のアルミニウム総合メーカー
UACJは、東京都港区に本社を置く東証プライム上場企業です。2013年に古河スカイと住友軽金属工業の経営統合によって誕生しました。アルミニウム圧延品(板材)の生産能力は年間約120万トンで国内最大手、世界でも米国ノベリス社、アーコニック社に次ぐ第3位の規模を誇ります。
事業領域は板事業、自動車部品事業、押出・加工品事業、鋳鍛事業と多岐にわたります。アルミニウム素材の研究開発から鋳塊の製造、鍛造、熱処理、仕上げ加工までの一貫製造体制を構築している点が強みです。
航空宇宙分野での実績
UACJの航空宇宙・防衛材事業は、航空機やロケット向けの鋳物・鍛造品を主に製造しています。栃木県小山市にあるUACJ鋳鍛製作所は、国内でいち早くアルミ鍛造品の製造に取り組んできた歴史があります。
同製作所は国内最大級となる15,000トンの鍛造プレスを保有しており、最大6トンの鍛造品を製造する能力を持ちます。航空機の胴体フレームや、歪みを極限まで除去したロケット用の大型リングなどを手がけてきた実績があります。
H3ロケットと国内部品調達の課題
H3ロケットの概要と目標
H3ロケットは、JAXAと三菱重工業が開発した日本の次世代基幹ロケットです。前世代のH-IIA/Bロケットと比較して、打ち上げ費用の削減、打ち上げ能力の向上、安全性の向上、年間打ち上げ回数の増加を同時に達成することを目指して開発されました。
2024年以降、H3ロケットは連続して打ち上げに成功しており、信頼性を着実に積み上げています。2026年度には5回の打ち上げが計画されており、準天頂衛星や国際宇宙ステーション向け補給機「HTV-X」の打ち上げ、さらには固体ロケットブースターを搭載しない最小形態での初打ち上げも予定されています。
部品の海外依存という課題
H3ロケットの開発では、コスト削減と国産化の両立が重要なテーマとなっています。従来のH-IIAロケットでは、第1段推進剤タンクのドーム部分(両端の半球形状の部品)を海外から輸入していました。H3ロケットではこれを国産化することで、費用削減と供給の安定化を図っています。
固体補助ロケットブースター(SRB-3)においても、モーターケースの成形に使用していた米国オービタルATK社のライセンスと外国製製造装置を国産技術に切り替えました。この結果、ライセンス料が不要となり、設計や使用材料の自由度が大幅に向上しています。
UACJによる大型アルミ部品の国内製造は、こうした国産化の流れをさらに加速させるものです。
投資の具体的な内容と意義
約120億円の大型設備投資
UACJは、栃木県小山市のUACJ鋳鍛製作所に国内最大規模となる専用の鍛造設備を新設します。投資額は約120億円で、2029年からの稼働を計画しています。
この設備では、H3ロケットに使用される大型のアルミ鍛造部品を製造します。ロケットの構造材には、軽量でありながら高い強度と耐熱性を持つアルミニウム合金が不可欠です。特に推進剤タンクのドーム部分や接合リングなどの大型部品は、極めて高い精度と品質が要求されます。
国内製造のメリット
部品を国内で製造することには、複数の重要なメリットがあります。第一に、海外からの輸送にかかる時間とコストを削減できます。大型部品の国際輸送には数週間から数カ月かかることがあり、打ち上げスケジュールに影響を与えるリスクがありました。
第二に、品質管理を一元化できます。国内の製造拠点であれば、発注元のJAXAや三菱重工業との緊密な連携が可能です。仕様変更への迅速な対応や、品質に問題が生じた際の改善スピードが格段に向上します。
第三に、地政学的なリスクへの対応です。国際情勢の不安定化によって海外からの部品調達が滞るリスクは常に存在します。安全保障上も重要な基幹ロケットの部品を国内で自給できる体制を整えることは、国家的な意義を持ちます。
日本の宇宙産業の将来展望
年間30回の打ち上げ目標
日本政府は、宇宙基本計画において、2030年代前半までに基幹ロケットと商業ロケットを合わせて年間約30回の打ち上げを実現するという目標を掲げています。宇宙戦略基金として1兆円規模の予算が確保されており、官民連携で打ち上げ能力の強化が進められています。
現在の年間打ち上げ回数は数回程度であり、30回という目標を達成するためには、打ち上げコストの削減とサプライチェーンの整備が不可欠です。UACJの設備投資は、この目標達成に向けた重要な一歩といえます。
宇宙産業市場の拡大
政府は宇宙産業の市場規模を2020年の約4兆円から、2030年代前半には約8兆円に倍増させる目標も設定しています。衛星データの活用拡大や宇宙ベンチャーの成長支援、民間衛星システムの構築支援など、多角的な施策が進行中です。
こうした市場拡大の中で、ロケット部品メーカーとしてのUACJの存在感は一段と高まる可能性があります。航空宇宙分野での長年の実績と、国内最大級の鍛造能力を持つUACJは、日本の宇宙産業を支える基盤企業としての役割を今後さらに強めていくことが見込まれます。
まとめ
UACJによるH3ロケット向けアルミ部品の国内製造は、単なる一企業の設備投資にとどまりません。日本の宇宙産業における国内サプライチェーンの強化、打ち上げ回数の大幅増加、そして安全保障の確保という、国家戦略に直結する取り組みです。
約120億円の投資と2029年の稼働開始に向けて、日本の宇宙開発は新たなステージに入ろうとしています。政府が掲げる年間30回の打ち上げ目標と宇宙産業市場の倍増計画を実現するためには、UACJのような素材メーカーの貢献が欠かせません。今後の動向に注目していきましょう。
参考資料:
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