米国レアアース戦略の全貌と日本への影響
はじめに
米国のトランプ政権が、レアアース(希土類)の国内供給網構築と戦略的備蓄に向けた大規模な取り組みを加速させています。2026年2月には約120億ドル(約1兆8,600億円)規模の備蓄プロジェクトを発表し、中国一極集中のサプライチェーンからの脱却を本格化させました。
レアアースは、スマートフォンや電気自動車(EV)、軍事装備品に欠かせない素材です。その供給を中国に大きく依存してきた構造が、経済安全保障上の重大なリスクとして浮き彫りになっています。本記事では、米国のレアアース戦略の全体像と、日本を含む各国への影響を解説します。
米国が描くレアアース供給網のグランドデザイン
1.8兆円規模の備蓄プロジェクト
トランプ大統領が発表した戦略的重要鉱物の備蓄計画は、民間資金約16億7,000万ドルと米輸出入銀行からの100億ドルの融資を組み合わせたものです。この「備蓄プロジェクト」は、かつての国家石油備蓄制度に類似した仕組みで、ガリウムやコバルトなど、ハイテク産業に不可欠な鉱物を調達・保管します。
対象はレアアースだけにとどまりません。iPhoneのバッテリーからジェットエンジンまで、幅広い製品に使用される戦略的鉱物を包括的にカバーする点が特徴です。
MP Materialsと国防総省の官民連携
米国のレアアース戦略の中核を担うのが、カリフォルニア州のマウンテンパス鉱山を運営するMP Materials社です。同社は世界のレアアース供給量の10%以上を生産しており、中国以外で唯一の大規模軽希土類生産拠点を北米に持っています。
米国防総省はMP Materials社と官民パートナーシップを締結し、4億ドルを投入しました。さらに1億5,000万ドルを追加して重希土類の精製施設の開発を支援しています。この契約には、ネオジム・プラセオジム(NdPr)製品に対する1キログラム当たり110ドルの価格保証が10年間にわたって設定されており、国防総省が15%の株式を保有するという踏み込んだ内容です。
「マイン・トゥ・マグネット」の垂直統合体制
米国が目指すのは、採掘から最終製品までを国内で完結させる「マイン・トゥ・マグネット(Mine to Magnet)」体制です。具体的には以下の段階を一貫して国内で行います。
- 採掘: マウンテンパス鉱山でのレアアース含有鉱物の採掘
- 精製: 重希土類分離施設(2026年半ばに稼働予定)
- 加工: 酸化物・金属への加工、ネオジム鉄ホウ素(NdFeB)永久磁石の製造
- 製品化: テキサス州の磁石製造工場(2026年に1,000メトリックトンの生産能力で稼働予定)
2000年代初頭にアジアに流出したレアアース産業能力を、国内に取り戻す構想です。
中国の輸出規制と「経済の武器化」
段階的に強化された中国の規制
米国がレアアース戦略を加速させる背景には、中国による輸出規制の段階的な強化があります。
2024年末には、中国が米国向けにガリウムやゲルマニウム、アンチモンなどの輸出を事実上禁止しました。2025年4月にはサマリウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウムなど7種の中・重希土類関連品目に対する輸出管理が実施されました。
2025年10月にはさらなる追加規制が公布されましたが、同月末の米中首脳会談を受けて2026年11月まで暫定停止されています。ただし、この停止措置はあくまで一時的なものであり、中国がレアアースを外交カードとして活用する姿勢は変わっていません。
日本への直接的影響
注目すべきは、2026年1月6日に日本向けの両用品目輸出管理が強化され、即日施行された点です。中国はレアアース磁石の日本への輸出に大きな影響を与えており、日本の製造業にとって調達リスクが高まっています。
多国間連携と「米国ファースト」の綱引き
55カ国・地域が参加した閣僚級会合
2026年2月4日、米国はワシントンで重要鉱物の安定供給を目指す初の閣僚級会合を開催しました。日本やEUなど55カ国・地域が参加し、レアアースを含む重要鉱物のサプライチェーン多様化に向けた協力を確認しました。
しかし、トランプ政権の基本姿勢は多国間の枠組み形成よりも二国間連携を重視する「米国ファースト」路線です。相互関税を武器にした交渉を各国に求めつつ、レアアース分野でも米国の利益を最優先する姿勢が鮮明になっています。
日本の立ち位置
日本はレアアースの脱中国依存を進める上で、米国との連携を強化する方針を示しています。高市政権は米国のレアアース構想に積極的に関与する姿勢を見せていますが、米国主導の枠組みがどこまで機能するかについては、専門家の間でも見方が分かれています。
注意点・展望
レアアース戦略は一朝一夕には成果が出ません。MP Materials社のマウンテンパス鉱山は現在、軽希土類の採掘と精製が中心で、重希土類の分離施設は2026年半ばにようやく稼働を開始する段階です。中国が数十年かけて構築した圧倒的なサプライチェーンに追いつくには、長期的かつ継続的な投資が必要です。
また、中国のレアアース輸出規制は暫定停止中とはいえ、米中関係の変化次第でいつでも再発動される可能性があります。日本の産業界としては、米国との連携だけでなく、代替技術の開発やリサイクル技術の確立など、多角的なリスクヘッジが不可欠です。
まとめ
トランプ政権のレアアース戦略は、1.8兆円規模の備蓄計画と国内供給網の垂直統合を柱とする包括的なものです。中国の輸出規制が強まる中、「マイン・トゥ・マグネット」体制の実現に向けた動きは着実に進んでいます。
日本にとっても、レアアースの安定調達は経済安全保障の最重要課題の一つです。米国との連携を深めつつ、自国の調達先多様化や技術開発を進める必要があります。今後の米中関係や各国の資源戦略の動向を注視していくことが重要です。
参考資料:
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