中国「レアアース鋼」で川下まで特許寡占を狙う戦略
はじめに
中国がレアアース(希土類)の覇権を一段と強化する新たな戦略を打ち出しています。その中核が「レアアース鋼」の開発です。鋼材の原料にレアアースを添加して強靱性を高めるこの技術は、すでに自動車鋼板として実用化され、鉄道や風力発電にも用途を広げています。
中国のレアアース戦略で特に注目すべきは、鉱山開発・採掘という「川上」の支配にとどまらず、製品開発・加工という「川下」まで特許で寡占を図っている点です。5万件を超えるレアアース関連特許により築かれた「技術の鉄幕」は、国際産業の標準そのものを中国が握る時代の到来を予感させます。
中国のレアアース覇権の現状
圧倒的な生産・精製シェア
中国のレアアース産業における支配力は数字が物語っています。国際エネルギー機関(IEA)の推計によると、2024年時点で中国は世界のレアアース分離・精製生産の約91%、焼結型永久磁石生産の約94%を占めています。
レアアースは大きく「軽希土類」と「中・重希土類」に分類されます。EV用モーターに不可欠なネオジム磁石の補助材料であるジスプロシウムやテルビウムなどの重希土類は、ほぼ100%を中国に依存しているのが現状です。この圧倒的なシェアが、中国に地政学的な交渉力を与えています。
5万件超の特許が築く「技術の鉄幕」
中国のレアアース戦略の本質は、資源の量的支配だけではありません。欧州特許庁(EPO)のPATSTATデータに基づく分析によれば、2014年から2024年にかけて出願されたレアアース関連技術の特許ファミリーは全世界で約2万2,000件にのぼり、そのうち中国が81%を占めています。
米国が1件の特許を出願する間に、中国は約30件を出願するペースです。この特許の質も近年向上しており、鋼材圧延や脱硝触媒といった分野では、2010年以降に中国の発明者がより質の高い特許を保有するようになっています。
レアアース鋼が変える産業地図
自動車から風力発電まで広がる用途
レアアース鋼は、鋼材にレアアースを微量添加することで、強度・耐食性・耐熱性を大幅に向上させる新世代の材料です。中国はこの技術の実用化で世界をリードしています。
自動車鋼板としてはすでに商用化が進んでおり、車体の軽量化と安全性の両立に貢献しています。さらに鉄道のレール、風力発電のタービン部品、橋梁の構造材など、幅広い分野への応用が進行中です。2030年までに市場規模が大幅に拡大すると予測されています。
川下支配がもたらす戦略的優位
中国がレアアース鋼で狙うのは、原材料の供給だけでなく、最終製品の技術標準を握ることです。レアアースの用途を開発する「川下」の特許を積極的に取得することで、製品の仕様そのものに中国の技術が組み込まれる構造を作り上げています。
具体的には、レアアース鋼の配合比率、製造プロセス、品質規格に関する特許を網羅的に押さえることで、他国の企業がこの分野に参入する際には中国の特許をライセンスするか、中国の規格に準拠せざるを得ない状況が生まれます。これは単なる資源外交を超えた、技術標準による産業支配といえます。
輸出規制と地政学リスク
2025年の輸出規制強化
中国は2025年4月以降、レアアースの輸出管理規制を大幅に強化しました。輸出管理法に基づき、レアアース関連の貨物だけでなく技術の輸出も厳しく制限しています。特に注目すべきは、再輸出規制の発動です。
これは、中国から一度輸出されたレアアース関連品を第三国に再輸出する際にも中国政府の許可が必要になるという、フルスペックの再輸出規制です。米中貿易摩擦の激化を背景に、レアアースは経済安全保障の主要な戦場となっています。
EV・クリーンエネルギー分野への影響
レアアースの需要は今後さらに拡大する見通しです。EVや風力発電機に使用される超強力磁石の需要増加により、2040年までのクリーンエネルギー用途でのレアアース需要は2023年比で約4.4倍に達するとの予測があります。
この需要拡大局面で中国が川上から川下まで一貫した支配力を持つことは、各国の産業政策に深刻な影響を及ぼします。EVのモーター、風力発電のタービン、さらにはレアアース鋼を使用した自動車鋼板に至るまで、サプライチェーン全体が中国に依存する構造が強まるリスクがあります。
日本と各国の対抗策
日本の4つの戦略
日本は2010年の中国によるレアアース輸出規制の経験を踏まえ、多層的な対策を講じています。
第一に、調達先の多様化です。オーストラリアやカザフスタンとの連携を強化し、2025年にはオーストラリアからの重レアアース輸入が開始されました。中国への依存率は2009年の93%から2025年には66%にまで低下しています。
第二に、代替技術の開発です。プロテリアル(旧日立金属)などがレアアースを使用しないモーターや磁石の開発を進めています。巻線界磁モーターや誘導モーターなど、永久磁石を使用しない駆動方式の研究も加速しています。
第三に、リサイクル技術の高度化です。スマートフォンやEVからレアアースを回収する「都市鉱山」の活用技術で、日本は世界をリードしています。
第四に、海洋資源の開発です。海洋研究開発機構は2026年1月より、南鳥島近海の水深6,000メートルの海底に眠るレアアースの試験掘削を開始しています。
国際連携の動き
G7は「クリティカルミネラル行動計画」を策定し、代替材料の研究や製品設計の見直し、リサイクルへの国際的な技術協力を推進しています。また、米国も西側諸国におけるレアアース加工能力の再構築を急いでおり、脱中国依存に向けた国際的な連携が進んでいます。
注意点・展望
中国のレアアース覇権に対する過度な楽観も悲観も禁物です。日本のレアアース中国依存率は着実に低下していますが、加工・精製段階での依存度は依然として高い水準にあります。
特にレアアース鋼という新たな領域で中国が特許を寡占している事実は、単にレアアースの調達先を多様化するだけでは対処できない課題を突きつけています。技術標準の策定段階から関与し、独自の技術開発を加速させなければ、川下での競争力も失いかねません。
一方で、中国のレアアース輸出規制は「両刃の剣」でもあります。過度な規制は各国の脱中国依存を加速させ、中長期的には中国自身の市場を縮小させるリスクをはらんでいます。
まとめ
中国はレアアース鋼の開発と特許取得を通じて、鉱山開発の川上から製品加工の川下まで、レアアース産業の全バリューチェーンを掌握する戦略を推進しています。5万件超の特許が築く「技術の鉄幕」は、国際産業標準を中国が支配する新たな構造を生み出しつつあります。
日本をはじめとする各国には、調達先の多様化だけでなく、代替技術の開発、リサイクルの推進、そして川下技術での特許戦略の強化が求められます。レアアースを巡る攻防は、経済安全保障の最前線として今後さらに激化することが確実です。
参考資料:
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