自動車部品関税、価格転嫁は4割止まり:交渉力格差の現実

by nicoxz

はじめに

トランプ政権が2025年に発動した25%の自動車部品関税は、日本の自動車サプライチェーン全体に大きな影響を及ぼしています。日本経済新聞が2025年12月に実施した調査によると、関税負担が増えた企業のうち値上げに成功したのはわずか4割にとどまりました。これは、8月時点の調査で8割の企業が価格転嫁を実施または検討していたのと比べ、大幅な減少です。完成車メーカーに対する交渉力が弱い部品会社の苦境が浮き彫りになっています。本記事では、自動車部品業界が直面する価格転嫁の困難さと、サプライチェーンにおける構造的な課題を詳しく解説します。

トランプ関税の実態と自動車産業への影響

25%関税の発動

トランプ大統領は2025年3月26日、米国への自動車と自動車部品の輸入に対して一律25%の関税を課すことを発表しました。完成車への関税は4月3日に発効し、自動車部品への関税は5月3日までに実施されました。

日本、韓国、ドイツからの輸入には完成車、部品、鉄鋼に25%の追加関税が適用される一方、中国には45%という倍近い税率が設定されました。この関税政策は、米国内での自動車生産を促進し、貿易赤字を削減する目的で導入されたとされています。

業界全体への深刻な打撃

ムーディーズの分析によれば、米国の関税は2025年に世界の自動車メーカーの営業利益を300億ドル以上(約4.5兆円)減少させる見込みです。これは2024年の利益の20%以上に相当します。

具体的には、フォードが2025年の営業利益に対する関税の影響を10億ドルと予測し、GMは第2四半期だけで営業利益が11億ドル減少し、年間では40〜50億ドルの損失に達する可能性があると警告しました。日本の主要自動車メーカー6社も、2025年度業績に及ぼす関税影響の見通しを公表しており、業界全体が深刻な影響を受けています。

部分的な軽減措置

米国政府は部分的な軽減措置も導入しました。米国で最終組立を行う車両については、2年間の部分的な払い戻しを受けられるようになりました。具体的には、2026年4月30日以前に米国で組み立てられた自動車の価値の3.75%まで、2027年4月30日までは2.5%までの払い戻しが可能です。

しかし、この軽減措置は部品メーカーには直接的な恩恵をもたらさず、完成車メーカーが関税負担をどの程度部品メーカーに転嫁するかという問題は残ったままです。

価格転嫁の困難:4割という低い成功率

8月から12月で半減

日本経済新聞が2025年8月に実施した調査では、関税負担が増えた自動車部品メーカーの80%以上が価格転嫁を実施済み、または検討中と回答していました。ところが、12月下旬の調査では、実際に値上げを実現したのは40%にとどまりました。

この急激な減少は、部品メーカーが完成車メーカーとの価格交渉で苦戦していることを如実に示しています。多くの企業が交渉を進めているにもかかわらず、実現に至っていないのです。

完成車メーカーとの交渉力格差

国内自動車部品16社のうち15社が完成車メーカーとの交渉に乗り出したか、検討していることが判明しています。しかし、交渉が成功するかどうかは企業の規模と交渉力に大きく左右されます。

ニッパツのような規模が大きい自動車部品メーカーは対応が可能ですが、Tier2(二次サプライヤー)、Tier3(三次サプライヤー)以下の中小規模の自動車部品メーカーは米国に工場を持たず、自動車メーカーの生産移管に追随できないケースが多くあります。

完成車メーカーの慎重姿勢

完成車メーカー側も価格転嫁の機会を探っていますが、タイミングが難しい問題となっています。販売減少を懸念して、最初に大幅な値上げを行う企業になりたくないという心理が働いています。

クボタの次期社長は、2026年度に「もう一段の値上げ」を計画していると明かし、推定で800〜900億円の関税影響を、価格上昇と固定費削減の組み合わせで相殺することを目指しています。しかし、こうした対応ができるのは体力のある大手企業に限られます。

サプライチェーンの構造的格差:Tier別の収益性

売上規模の圧倒的格差

2024年12月時点の国内自動車メーカー10社のサプライチェーン企業数は6万8338社に達します。売上規模別に見ると「10億円未満」が全体の76.4%を占めており、大半が中小企業です。

Tier別に見ると、Tier1(一次サプライヤー)は「10億円未満」の企業が49.8%であるのに対し、Tier2は76.6%、Tier3以降は88.1%とTier階層が下位になるほど小規模企業が多くなります。

営業利益率の深刻な格差

収益性の格差はさらに深刻です。2024年の自動車サプライチェーン製造業の売上高営業利益率の平均は1.4%と、製造業全体の平均1.8%より0.4ポイント低い水準です。

Tier別では、Tier1が2.8%、Tier2は1.3%、Tier3は0.6%でした。Tier3企業の営業利益率0.6%という数字は、ほとんど利益が出ていないに等しい状況です。わずかなコスト増でも赤字に転落するリスクが高いのです。

コロナ禍で拡大した格差

この格差はコロナ禍を経てさらに拡大しました。コロナ禍前の2018年は全体が3.7%、Tier1が4.3%、Tier2は3.7%、Tier3は3.4%でした。Tier1とTier3の差は2018年の1.3倍(4.3% vs 3.4%)から2024年は4.7倍(2.8% vs 0.6%)となりました。

この拡大の背景には、原材料価格の高騰、エネルギーコストの上昇、人件費の増加など、コスト上昇分を価格に転嫁できない下位Tier企業の弱い立場があります。

営業赤字企業の増加

2024年の営業赤字企業の出現率平均は31%に達しました。Tier別ではTier1が24%、Tier2は32%、Tier3以降は35%となっており、Tierの階層が下がるほど受け身の価格設定を強いられ、コスト上昇分の価格転嫁が進まない企業が多いことがわかります。

業種別に見ると、「受託開発ソフトウェア業」は4%超、「電気機械器具卸売業」は3%弱であった一方、「自動車部分品・付属品製造業」や「金属プレス製品製造業」は1%台、「金型・同部分品・付属品製造業」に至っては利益を確保できていない企業が散見されました。

生産移管という選択肢とその限界

完成車メーカーの米国生産拡大

関税を回避する最も直接的な方法は、生産を米国に移管することです。主要な日本メーカーはこの方向で動き始めています。

ホンダは埼玉製作所で手がける米国向けセダン「シビック」のハイブリッド車モデルの生産を2025年6〜7月にも米インディアナ州の工場に移しました。さらに、主力車種の生産をカナダとメキシコから米国に移管する検討に入り、2〜3年かけて米国で最大3割増産し、米国の販売台数の9割を現地生産でまかなえるようにする計画です。

マツダも米アラバマ州の工場で米国向けの生産を増やし、カナダ向けの生産を一時停止するのに伴い、カナダ向けに生産していた台数を米国向けに切り替えました。

中小部品メーカーには困難

しかし、生産移管は資金力と技術力のある大手企業にしかできません。中小の部品メーカーにとって、米国に新たな生産拠点を設立するのは極めて困難です。

米国での経営上の課題として「従業員の賃金上昇」が挙げられるほか、インフレによる調達コストの増加などを指摘する声が多く、米国内での製造業の拡大には大きなハードルがあります。日本と比べて人件費は2〜3倍、資材費も高騰しており、事業環境は決して良好ではありません。

サプライチェーン移管には数年単位の時間

サプライチェーン全体の移管には数年かかるとされています。任期が残り約4年と決まっているトランプ政権下で、大規模な生産拠点の変更は難しいとの見方が多いのです。

部品メーカーが米国に工場を新設する場合、土地の確保、建設、設備導入、人材採用、品質管理体制の構築など、少なくとも2〜3年は必要です。その間、関税負担を誰が負うのかという問題は解決されません。

今後の展望:構造改革の必要性

価格交渉力の強化

Tier2・Tier3企業が生き残るためには、価格交渉力の強化が不可欠です。そのためには、複数の完成車メーカーへの納入実績を持つことや、独自技術による差別化が重要となります。

単純な加工や組立だけでなく、設計開発能力を持つことで、完成車メーカーとの関係を対等に近づけることができます。研究開発への投資を怠れば、ますます価格競争に巻き込まれることになります。

サプライチェーンの再編

自動車業界のサプライチェーンは再編の波にさらされています。体力のない企業は淘汰され、M&A(合併・買収)を通じた統合が進むでしょう。規模の拡大により、調達コストの削減や交渉力の向上が期待できます。

一方で、過度な淘汰は技術の多様性を失わせ、イノベーションを阻害するリスクもあります。官民連携による中小部品メーカーの支援策も検討されるべきでしょう。

政府の支援策

経済産業省は2025年4月、米国の自動車追加関税措置の発効を受けて「米国関税対策本部」を設置し、特別相談窓口の設置や資金繰り支援などの短期的対応を実施しました。

しかし、根本的な解決には、日米間の貿易交渉を通じた関税の見直しや、部品メーカーの競争力強化のための長期的な産業政策が必要です。補助金や税制優遇措置により、米国への生産移管を支援することも一つの選択肢となるでしょう。

電動化への対応とのダブルパンチ

自動車部品メーカーは、関税問題だけでなく電動化への対応という構造的な転換期にも直面しています。電気自動車(EV)への移行により、エンジンや変速機など従来の部品需要が減少し、バッテリーやモーターなど新しい部品への転換が求められています。

この二重の課題に同時に対応するのは容易ではなく、特に中小企業にとっては存続をかけた戦いとなっています。

まとめ

トランプ政権の25%自動車部品関税は、日本の自動車サプライチェーンに深刻な影響を与えています。価格転嫁に成功したのはわずか4割という現実は、完成車メーカーと部品メーカーの間の構造的な交渉力格差を浮き彫りにしました。

特にTier2・Tier3企業は営業利益率が1%前後という極めて厳しい経営環境にあり、わずかなコスト増でも赤字に転落するリスクを抱えています。コロナ禍を経て、Tier間の収益性格差は4.7倍にまで拡大しており、構造的な問題となっています。

生産を米国に移管することが理論的には解決策ですが、資金力に乏しい中小企業には現実的ではありません。米国の高い人件費と資材コスト、そしてサプライチェーン移管に数年かかるという時間的制約が、この選択肢を困難にしています。

今後は、価格交渉力の強化、独自技術の開発、M&Aによる規模拡大、そして官民連携による支援策の組み合わせが必要です。関税問題と電動化への対応というダブルパンチに直面する自動車部品業界は、産業構造の根本的な見直しを迫られています。

この危機を乗り越えられるかどうかが、日本の自動車産業の国際競争力を左右することになるでしょう。

参考資料:

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