レアアース最高値更新、中国対日輸出規制が直撃
はじめに
先端製品に不可欠なレアアース(希土類)の価格高騰が止まりません。英調査会社アーガス・メディアによると、欧州市場でジスプロシウムは1キログラムあたり960ドルと過去最高値を更新し続けています。医療機器などに使われるイットリウムの価格は約1か月で1.6倍に跳ね上がりました。
価格高騰の最大の要因は、中国による対日輸出規制の強化です。2025年4月に始まったレアアース関連品目の輸出規制に加え、2026年1月にはデュアルユース(軍民両用)品目の対日輸出禁止が発動されました。日本は重希土類のほぼ100%を中国に依存しており、経済安全保障上の深刻な課題が浮き彫りになっています。
レアアースとは何か:先端産業を支える希少元素
17種類の元素群
レアアースとは、スカンジウム、イットリウム、ランタンからルテチウムまでの17種類の元素の総称です。名前に「レア(希少)」とつきますが、地殻中の存在量自体は必ずしも少なくありません。問題は、採掘・精製の技術とコストが高く、生産が特定の国に集中していることです。
EV・防衛・医療を支える不可欠な素材
レアアースの用途は多岐にわたります。最も需要が大きいのがネオジム磁石です。ネオジムにジスプロシウムやテルビウムを加えた高性能永久磁石は、EVの駆動モーターや風力発電タービンに不可欠です。ジスプロシウムは高温でも磁力を維持する特性があり、EVモーターの過酷な環境では欠かせません。
防衛分野では、戦闘機のジェットエンジン、ミサイルの誘導システム、艦船のソナー装置などにレアアースが使われています。イットリウムはMRIなどの高性能医療機器のレーザー素材や蛍光体に利用されます。2030年から2040年にかけてEVの普及率が急上昇すると予測されており、レアアースの需要は年々拡大する見通しです。
中国の対日輸出規制の全体像
2025年4月:レアアース7品目の輸出規制
中国政府は2025年4月4日、中・重希土類に関連する7カテゴリの品目を輸出規制の対象としました。ジスプロシウム、テルビウム、サマリウムなどの重要元素が含まれています。この規制により、欧州市場でのジスプロシウム価格は一時3倍の850ドルに急騰し、テルビウムも3倍の3,000ドルを記録しました。
中国はレアアース磁石の世界シェア約80%を握っており、輸出許可制への移行は世界のサプライチェーンに大きな衝撃を与えました。2025年5月にはレアアース磁石の輸出が前年同月比70%減少しています。
2026年1月:デュアルユース品の対日輸出禁止
2026年1月6日、中国商務省はさらなる規制強化を発表しました。軍民両用品目について、日本の軍事ユーザーや軍事用途、日本の軍事力向上に資するすべての最終用途への輸出を禁止する措置です。即時発効とされ、レアアースも対象に含まれる可能性が指摘されています。
中国側はこの措置の理由として、日本の指導者が台湾問題に関して不適切な発言を行い、台湾海峡への武力介入の可能性を示唆したことを挙げています。
輸出許可の遅延と実質的な禁輸状態
現場レベルでの影響はさらに深刻です。2025年12月の中国から日本へのレアアース磁石輸出は前月比8%減少しました。ジスプロシウムなど重希土類を含む高性能製品を中心に、輸出許可申請の約半分しか承認されない状況が続いています。実質的な禁輸に近い状態です。
日本経済への影響と対応策
経済損失の試算
野村総合研究所(NRI)の試算によると、レアアース輸出規制が3か月続いた場合の生産減少額は約6,600億円に達し、名目・実質GDPを0.11%押し下げます。規制が1年間続く場合には損失額は約2.6兆円、GDP押し下げ効果は0.43%に及ぶと試算されています。
自動車産業、電子機器産業、医療機器産業を中心に、サプライチェーンの混乱が広がる懸念があります。
深海採掘プロジェクトの進展
日本は中国依存からの脱却を目指し、南鳥島(東京から南東約1,900キロメートル)周辺の深海底でレアアース泥の採掘実験を進めています。2026年1月11日から2月14日まで、水深6,000メートルの海底から1日350トンのレアアース泥を引き揚げる実証実験が行われています。
高市首相はこの実験を「世界初の取り組み」と評価しました。2012年に東京大学の研究チームが発見したレアアース泥は、日本の国内需要230年分に相当する680万トンの埋蔵量が確認されています。2018年の追加調査では、ジスプロシウムやイットリウムなど15種類のレアアースが合計1,600万トン存在することが判明しました。
成功すれば2027年に本格実証、2028年にはレアアース泥の処理・精製が開始される計画です。
レアアースフリー技術の開発
もう一つの重要な対策が、レアアースを使わない技術の開発です。旧日立金属(現プロテリアル)はレアアースフリーのフェライト磁石をEVモーター向けに開発しており、量産化を目指しています。ネオジムやジスプロシウムを使わない永久磁石の実用化は、中国依存からの構造的な脱却につながります。
注意点・展望
レアアース問題を考える上で重要なのは、短期と長期の視点を分けることです。短期的には中国からの供給途絶リスクが高まっており、在庫の確保と代替調達先の開拓が急務です。米国も2026年2月に戦略的重要鉱物の備蓄を約1.8兆円規模で開始すると発表しました。
長期的には、深海採掘技術の実用化とレアアースフリー技術の進展が、中国への依存構造を根本的に変える可能性があります。ただし、深海採掘は環境への影響評価も必要であり、商業化までには技術的・制度的なハードルが残っています。
中国のレアアース輸出規制が「警告射撃(ワーニング・ショット)」にとどまるのか、本格的な経済的威圧に発展するのかは、日中関係の今後の展開に左右されます。
まとめ
中国の対日輸出規制強化により、ジスプロシウムやテルビウムなどのレアアース価格が過去最高値を更新しています。EV、医療機器、防衛分野での需要拡大も価格を押し上げる要因です。日本経済への影響は年間最大2.6兆円に及ぶ可能性があります。
日本は南鳥島での深海採掘実験やレアアースフリー技術の開発を進めていますが、実用化には時間がかかります。経済安全保障の観点から、サプライチェーンの多様化と技術開発の両面での取り組みが一層重要になっています。
参考資料:
- China Plans to Reimpose Rare Earth Export Controls on Japan - Geopolitechs
- How Will China’s New Export Controls Impact Japan? - The Diplomat
- China-Japan Import Curbs Escalate Rare Earth Supply Crisis - Discovery Alert
- Japan Ocean-Mining Test Successfully Hauls Up Potentially Valuable Mud - NYT via DNYUZ
- 中国が対日軍民両用品の輸出規制を強化 - NRI
- Heavy Rare Earth Elements: Rising Supply Chain Risks - Global Policy Watch
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