観光DMOが地方を変える 伊勢志摩・下呂の成功に学ぶ稼ぐ力
はじめに
日本の地方観光が大きな転換期を迎えています。その立役者が「観光地域づくり法人(DMO)」です。DMOとは、観光を軸に地域経営の司令塔となる法人のことで、官民が連携しながらデータに基づくマーケティングや集客戦略を展開し、地域の「稼ぐ力」を高める役割を担います。
2015年に国が制度を設けて以来、全国で約320法人以上が登録され、各地で成果を上げ始めています。伊勢志摩エリアでは訪日客の消費額が大幅に増加し、下呂温泉では女性客の取り込みに成功するなど、具体的な成果が見え始めました。
2025年の訪日客数は4,114万人、消費総額は9兆4,550億円と過去最高を更新する中、DMOは地方へのインバウンド誘致の鍵となっています。この記事では、DMOの仕組みと成功事例から、地方観光が稼ぐ力を身につけるヒントを探ります。
DMOとは何か 従来の観光協会との違い
観光協会からDMOへの進化
従来の観光協会は、パンフレット作成やイベント開催といったプロモーション活動が中心でした。一方、DMOは観光による地域経済の活性化を目的とした「経営組織」としての性格を持ちます。
DMOの最大の特徴は、データに基づく科学的なマーケティングです。宿泊者数、消費額、交通手段、予約方法、国籍・地域別の動向など、多角的なデータを継続的に収集・分析し、それをもとに明確なコンセプトと戦略を立てます。「なんとなく良さそう」ではなく、数字に裏付けられた施策を実行するのがDMOの強みです。
DMOには3つの類型があります。複数の都道府県にまたがる「広域連携DMO」、複数の市町村が連携する「地域連携DMO」、そして単一の市町村を対象とする「地域DMO」です。2025年6月時点で、広域連携DMOが10法人、地域連携DMOが117法人、地域DMOが195法人、合計322法人が登録されています。
2025年のガイドライン改正
観光庁は2025年3月にDMO登録制度のガイドラインを改正しました。インバウンド増加に伴うオーバーツーリズムへの対応や、登録要件の見直し、審査基準の向上などが盛り込まれています。新ガイドラインは2025年10月から適用が始まり、DMOの質の向上が図られています。
伊勢志摩エリアの高付加価値インバウンド戦略
モデル観光地に選定された伊勢志摩
伊勢志摩エリアは、2023年3月に観光庁が選定した「地方における高付加価値なインバウンド観光地づくり」の全国11モデル観光地の一つです。地域連携DMOである伊勢志摩観光コンベンション機構が司令塔となり、伊勢市・鳥羽市・志摩市・南伊勢町の3市1町が連携して取り組みを進めています。
この地域のコアバリューは「格別のお宮である伊勢神宮に代表される承継の精神」です。伊勢神宮を巡るプログラム、伊勢志摩国立公園の自然体験、海女小屋体験や海女との交流、そして豊かな食文化という4つの柱を掲げ、単なる観光地巡りではなく「日本の心のよりどころ」を体験できる旅を提案しています。
訪日客消費を押し上げた取り組み
伊勢志摩エリアで訪日客の消費額が大幅に増加した背景には、いくつかの戦略的な取り組みがあります。
まず、2016年のG7伊勢志摩サミット以降、富裕層を含めたインバウンド誘致を本格化させました。サミット開催で国際的な知名度が高まったことを追い風に、高付加価値な旅行コンテンツの開発に注力しています。
さらに、JNTO(日本政府観光局)の賛助団体に加入し、海外セールスを強化しました。海外の旅行博覧会への出展やトラベルエージェントへの直接営業を通じて、伊勢志摩の魅力を世界に発信しています。
2025年度には「iseshima connect プロジェクト」を立ち上げ、付加価値の高い体験コンテンツや観光プランの開発、地域連携や人材交流の促進に取り組んでいます。地元タクシー会社3社と連携した交通サービスの構築など、旅行者の利便性向上にも力を入れています。
下呂温泉に女性客が続々 データ活用のマーケティング
美人の湯を軸としたブランディング
下呂温泉は「日本三名泉」の一つとして知られ、「美人の湯」としても広く親しまれています。下呂市のDMOは、この強みを最大限に活かしたマーケティングを展開しています。
毎月実施している宿泊調査では、国・地域別、性別、年齢層、交通手段、予約方法などの項目ごとに詳細な統計を取得しています。このデータをもとに、ターゲット層に合わせた集客戦略を立てています。
特に注目すべきは、女性客の取り込みに成功している点です。自家栽培のバラを使った女性専用のバラ風呂や、ランチ・温泉・エステを組み合わせた1日コースなど、女性が「行きたい」と思えるコンテンツを次々と開発しています。温泉博物館での体験型プログラムも、女子旅や家族旅行の需要を取り込んでいます。
インバウンドでも存在感を発揮
下呂温泉は「外国人が選ぶ日本の温泉地TOP10」にもランクインしており、インバウンド市場でも着実に存在感を高めています。特に香港や台湾からの訪日客が多く訪れており、アジア圏の旅行者から高い評価を得ています。
インバウンド対応では、多言語の情報発信やオンライン予約の整備に加え、温泉の入浴マナーを丁寧に案内するなど、外国人旅行者がストレスなく滞在できる環境づくりを進めています。
注意点・展望
DMOが直面する課題
DMOの活動が広がる一方で、いくつかの課題も指摘されています。まず、DMOの財源問題です。多くのDMOは行政からの補助金に依存しており、自主財源の確保が課題となっています。宿泊税の導入や体験プログラムの収益化など、安定した財源確保の仕組みづくりが求められています。
また、専門人材の不足も深刻です。データ分析やデジタルマーケティング、海外セールスなど、高度な専門知識を持つ人材の確保・育成が各地域共通の課題です。
さらに、オーバーツーリズムへの対応も重要になっています。2025年のガイドライン改正でも、観光客の過度な集中を防ぎ、地域住民の生活との調和を図ることが求められるようになりました。
2026年以降の展望
2025年に訪日客数・消費額が過去最高を記録したことで、インバウンド観光は地方経済にとってますます重要な存在になっています。観光庁は「世界に誇る観光地を形成するためのDMO体制整備事業」を2025年度も継続し、DMOの組織力強化を支援しています。
今後は、富裕層向けの高付加価値コンテンツの開発や、地域間連携による広域周遊ルートの整備、DXを活用したデータ駆動型マーケティングの高度化が進むと見込まれます。地方の観光地がDMOを通じて「稼ぐ力」を身につけ、持続可能な地域経営を実現できるかが問われています。
まとめ
DMOは、データに基づく科学的なマーケティングと官民連携により、地方観光の「稼ぐ力」を引き出す仕組みです。伊勢志摩の高付加価値インバウンド戦略、下呂温泉の女性客取り込み成功事例が示すように、地域の強みを明確にし、ターゲットを絞った戦略を展開することで、具体的な成果につながっています。
全国320法人以上のDMOが活動する中、自分の地域がどのような戦略で観光振興に取り組んでいるか、関心を持ってみてはいかがでしょうか。地方観光の未来は、DMOの取り組みにかかっています。
参考資料:
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