エチレン減産で暮らしへの影響は?ナフサ不足の深刻度
はじめに
中東情勢の緊迫化が、私たちの暮らしに直結する化学産業に深刻な影響を及ぼし始めています。2026年2月末に米国がイランへの軍事攻撃を開始し、イランが報復としてホルムズ海峡を事実上封鎖したことで、日本の石油化学産業の根幹を支える原料「ナフサ」の調達に赤信号が灯りました。
三菱ケミカルグループは3月6日から茨城事業所でエチレンの減産を開始し、出光興産も顧客に対してエチレン生産設備の停止の可能性を通知しています。エチレンはプラスチックや合成繊維など、私たちが日常的に使う製品の多くに欠かせない基礎化学品です。この記事では、エチレン減産が暮らしにどう影響するのか、国内の備蓄状況、そして代替策について詳しく解説します。
エチレンとナフサの関係——なぜ減産に追い込まれたのか
ナフサからエチレンが生まれる仕組み
ナフサとは、原油を蒸留・分離して得られる石油製品の一つです。このナフサをナフサクラッカーと呼ばれる設備で約850℃の高温で熱分解すると、エチレンやプロピレン、ブタジエンといった基礎化学品が生まれます。日本の石油化学産業はこのナフサクラッキングを中心に成り立っており、国内には12基のエチレンプラントが稼働しています。
年間の生産能力は約650万トンに達しますが、中国企業の能力増強による競争激化もあり、2025年12月時点の稼働率は77.1%と低迷していました。好不況の目安となる90%を41カ月連続で下回る厳しい状況の中、今回のナフサ調達難が追い打ちをかけた形です。
ホルムズ海峡封鎖の衝撃
日本は原油輸入の9割以上をサウジアラビアやUAEなど中東諸国に依存しており、タンカーの93%がホルムズ海峡を通過しています。ホルムズ海峡は世界の原油生産量の約2割にあたる日量2,000万バレル、さらにLNGの世界貿易量の約2割にあたる年間約8,000万トンが通過する、世界屈指のエネルギー輸送の要衝です。
この海峡が封鎖されたことで、ナフサの安定調達が一気に困難になりました。三菱ケミカルグループが茨城事業所(茨城県神栖市)でエチレン設備の稼働率を引き下げたのは、ナフサの調達量減少を見越した措置です。出光興産も山口と千葉の2工場(年間生産能力計99万トン、国内全体の約16%)について、生産停止の可能性を顧客に伝えています。
暮らしへの影響——身近な製品が値上がりする可能性
プラスチック製品の広がり
エチレンから作られるポリエチレンやポリプロピレンは、私たちの日常生活のあらゆる場面で使われています。具体的には以下のような製品が該当します。
- 食品包装: レジ袋、ラップフィルム、食品トレー、ペットボトル
- 日用品: シャンプーや洗剤の容器、歯ブラシ、衣装ケース
- 衣料品: ポリエステル繊維を使ったワイシャツ、スポーツウェア
- 家電・電子機器: パソコンやスマートフォンの筐体、テレビの部品
- 自動車: バンパー、内装材、シート素材
- 建材: 塩ビパイプ、断熱材、塗料
エチレンの減産が長期化すれば、これらの製品の原材料コストが上昇し、最終的に消費者価格に転嫁される可能性があります。
食品価格への波及
プラスチック包装は食品流通に不可欠です。包装資材のコストが上がれば、食品メーカーや小売業者のコスト増につながり、食品価格全体の押し上げ要因となります。また、農業用ビニールハウスの資材や肥料の包装にもプラスチックが使われており、農産物の生産コストにも影響が及ぶ可能性があります。
ナフサ備蓄の現実——わずか20日分の脆弱性
国家備蓄制度の不在
日本の石油備蓄量は約254日分と世界的にも高い水準にありますが、実はナフサには国家備蓄制度がありません。原油には石油備蓄法に基づく国家備蓄と民間備蓄の二重体制が整備されていますが、ナフサは民間企業の商業在庫だけで運用されています。
その在庫量はわずか約20日分にすぎません。原油備蓄の12分の1以下という心もとない数字です。ホルムズ海峡の封鎖が長期化すれば、わずか数週間で国内のナフサ在庫が底をつく恐れがあります。
代替調達ルートの模索
ホルムズ海峡を通らない調達ルートとしては、米国産やアフリカ産の原油・ナフサへの切り替えが考えられます。しかし、輸送距離が長くなることでコストが増大するうえ、短期間で十分な量を確保するのは容易ではありません。
また、中国や韓国など近隣国もナフサの輸入国であり、各国が代替調達先の確保に動けば、争奪戦が激化する恐れがあります。
注意点・展望
短期的な影響と長期的なリスク
現時点では、エチレン減産の影響が店頭の製品価格に直接反映されるまでには数カ月程度のタイムラグがあります。しかし、ホルムズ海峡の封鎖が解除されない場合、影響は段階的に拡大していくと見られます。
原油価格はWTI先物で一時119ドル台に達しており、ナフサ価格も連動して上昇しています。ガソリン価格がリッター200円を超えるレベルまで上昇する可能性も指摘されており、物流コストの増大を通じてあらゆる製品の価格に波及することが懸念されます。
構造的な課題
今回の事態は、日本のエネルギー安全保障における構造的な脆弱性を浮き彫りにしました。ナフサの国家備蓄制度の整備や、石油化学原料の多様化(バイオマスナフサやケミカルリサイクルの活用など)が今後の政策課題として重要性を増すことは確実です。
三菱ケミカル、旭化成、三井化学の3社は2030年度をめどに水島コンビナート(岡山県)のエチレン設備を停止し、大阪の設備に集約する計画を進めていましたが、今回の事態を受けてエネルギー安全保障の観点から計画の見直しが議論される可能性もあります。
まとめ
ホルムズ海峡封鎖によるナフサ調達難は、エチレン減産を通じて日本の暮らしに幅広い影響をもたらす恐れがあります。レジ袋から自動車部品まで、私たちの生活を支えるプラスチック製品の多くがエチレンを原料としており、供給不安は物価上昇につながりかねません。
ナフサの国内在庫がわずか20日分しかないという脆弱性も明らかになりました。消費者としては、今後の価格動向を注視しつつ、過度なまとめ買いに走らず冷静に対応することが重要です。中東情勢の推移と合わせて、政府や産業界によるエネルギー安全保障の強化策にも注目していく必要があります。
参考資料:
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