欧州の中国詣でが加速、日本外交に問われる戦略
はじめに
2025年末から2026年にかけて、欧州首脳の中国訪問が相次いでいます。フランスのマクロン大統領は2025年12月に訪中し、英国のスターマー首相は2026年1月に8年ぶりの訪中を果たしました。ドイツのメルツ首相も2月末の訪中を予定しています。
この「中国詣で」の背景には、トランプ米大統領の復権による国際秩序の不透明化があります。欧州各国は米国との関係に不安を抱えつつも、中国との経済的つながりを断ち切れない板挟みの状態にあります。本記事では、欧州の対中接近の実態と、衆院選で大勝した高市政権が打つべき外交戦略を分析します。
相次ぐ欧州首脳の訪中とその背景
マクロン大統領とスターマー首相の訪中成果
フランスのマクロン大統領は2025年12月3日から5日まで国賓待遇で中国を訪問し、習近平国家主席と会談しました。マクロン氏は中国企業の対仏投資拡大を歓迎し、原子力やエネルギー、農業など幅広い分野で協力文書に署名しました。
英国のスターマー首相は2026年1月28日から31日にかけて訪中し、8年ぶりの英首相訪中となりました。約22億ポンド(約4,700億円)の対中輸出契約や、約23億ポンド(約4,900億円)規模の中国市場アクセス拡大などの経済的成果が発表されています。英製薬大手アストラゼネカも2030年までに150億ドルの中国投資を表明しました。
一方で英国内では、野党から「実質的成果が乏しい」との批判が上がりました。スターマー首相は訪中直後に日本を訪問しており、米中の間でバランスを取る姿勢が窺えます。
メルツ独首相の訪中予定とドイツの事情
ドイツのメルツ首相は2月24日から27日の日程で訪中を予定しており、経済界の代表団も同行します。ドイツにとって中国は最大の貿易相手国の一つであり、自動車産業を中心に深い経済的相互依存関係にあります。
ドイツのワーデフール外相も先立って訪中し、「一つの中国」政策の堅持を表明するとともに、経済・貿易分野の協力拡大に意欲を示しました。フィンランドのオルポ首相も17年ぶりに訪中するなど、欧州全体で中国との対話チャネルを維持・強化する動きが広がっています。
欧州が抱えるジレンマと「二枚舌外交」
トランプ政権の影響と経済的圧力
欧州の中国接近を後押ししているのは、トランプ米大統領の復権による不確実性です。トランプ政権の保護主義的な通商政策への警戒感から、欧州各国は中国との経済関係を保険として維持しようとしています。
しかし、欧州と中国の間にも深刻な対立点が存在します。EUの対中貿易赤字は年間約4,000億ユーロ規模に膨らんでおり、2024年10月にはEUが中国製EVに最大45.3%の追加関税を発動しました。2026年1月には、追加関税の代替措置として最低価格の設定を中国の輸出業者に求める指針も公表されています。
「デリスキング」路線の現実
EUは中国との完全な切り離し(デカップリング)ではなく、過度な依存を減らす「デリスキング」を基本方針としています。しかし実際には、各国が個別に中国との関係強化に走る「二枚舌外交」の様相を呈しています。
中国にとって、こうした欧州の分断は絶好の機会です。各国に個別の経済的メリットを提示することで、EUとしての結束を崩す戦略を取っています。中国は30カ国以上の欧州諸国に対するビザ免除措置を2026年末まで延長するなど、人的交流の面でも欧州取り込みを進めています。
一方、欧州側は「米国よりも中国のほうが信頼できるパートナーだ」という中国のナラティブ(物語)に乗せられるリスクを認識しつつも、景気後退の懸念から中国市場への依存を断ち切れない状況です。
日本に求められる「攻めの外交」
高市政権の外交基盤が強化
2026年2月8日の衆院選で自民党は戦後最多の316議席を獲得し、高市早苗首相の政権基盤は大幅に強化されました。選挙での圧勝は、より積極的な外交政策を推進するための民意の裏付けとなります。
高市首相は「世界の真ん中で存在感を示す日本外交を取り戻す」という方針を掲げており、2025年10月のASEAN首脳会議では積極的な首脳外交が高く評価されました。英紙は高市首相を「鉄の女」と評するなど、国際的な注目も集まっています。
欧州との連携が鍵に
欧州が中国に個別接近する現状は、日本にとってリスクであると同時にチャンスでもあります。日本が欧州各国と安全保障・経済の両面で関係を深めることで、中国の分断戦略に対抗する枠組みを構築できる可能性があります。
スターマー英首相が訪中直後に来日して高市首相と会談したことは象徴的です。英国は中国との経済関係を維持しつつも、安全保障面では日本との協力を重視する姿勢を示しました。日英間ではサイバー防衛の戦略的推進や2プラス2の年内開催も合意されています。
高市政権には、欧州各国を積極的に訪問し、中国に対する共通の立場を形成する「攻めの外交」が求められています。受け身で中国の動きを見守るのではなく、日本から欧州に働きかけることで、価値観を共有するパートナーとの連携を強化する好機です。
注意点・今後の展望
欧州の中国詣では、必ずしも欧州が中国側に傾いたことを意味するわけではありません。EUのデリスキング方針は維持されており、各国首脳は経済的実利と安全保障上のリスクを天秤にかけながら慎重な外交を展開しています。
ただし、欧州各国が個別に中国と取引を進める状況が続けば、EUとしての対中交渉力は低下します。日本を含む民主主義国が連携して中国との対話チャネルを確保しつつ、過度な依存を回避する多国間の枠組みづくりが重要になります。
メルツ独首相の訪中結果や、高市首相の今後の外交日程が、この構図にどのような変化をもたらすか注視が必要です。
まとめ
欧州首脳の相次ぐ中国訪問は、トランプ政権下の国際秩序の不確実性と、欧州経済の中国依存という構造的要因が重なった結果です。各国は経済的実利を追求しつつも、安全保障上のリスクとの間で揺れる「二枚舌外交」を展開しています。
衆院選で大勝した高市政権は、この状況を傍観するのではなく、欧州各国との積極的な関係構築に乗り出すべき局面にあります。欧州を訪れ、価値観を共有するパートナーとしての存在感を示す「攻めの外交」への転換が、日本の国際的地位を高める鍵となります。
参考資料:
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