富士フイルムBI「脱・複合機」へ基幹システム海外展開を加速
はじめに
かつて「富士ゼロックス」として日本のオフィスに複合機を届けてきた富士フイルムビジネスイノベーション(BI)が、大きな事業転換を進めています。2026年2月、同社はトルコの基幹システム企業「ETG Global」を買収し、ERP(統合基幹業務システム)事業のグローバル展開を本格化させました。
複合機市場がペーパーレス化の波を受けて縮小傾向にある中、60年以上の歴史を持つ「複合機の古豪」は、ITソリューション企業への変貌を急いでいます。その戦略の背景には、コマツの坂根正弘氏が提唱した「ダントツ経営」に通じる、強みを磨き弱みを改革するという経営哲学があります。
本記事では、富士フイルムBIの事業構造改革の全貌と、その先に見据える2030年の成長戦略を解説します。
複合機市場の構造変化と迫られる転換
ペーパーレス化で縮む「ドル箱」事業
複合機は長年、オフィス機器メーカーにとっての「ドル箱」でした。本体の販売だけでなく、トナーやメンテナンスといった継続的な収益をもたらすビジネスモデルが大きな魅力です。しかし、ペーパーレス化の進行により、その前提が揺らいでいます。
2024年の複合機(複写機含む)国内出荷台数は約45万台にとどまりました。ピーク時には65万台を超え、コロナ前でも55万台の水準にあったことを考えると、市場の縮小は明らかです。テレワークの定着やクラウドサービスの普及により、紙の印刷需要は構造的に減少しています。
業界再編の動きが加速
市場縮小を受けて、複合機業界では再編の動きが活発化しています。富士フイルムBIとコニカミノルタは2025年1月、複合機・プリンター向けの原材料および部材調達を共同で行う合弁会社「グローバルプロキュアメントパートナーズ」を設立しました。出資比率は富士フイルムBIが75%、コニカミノルタが25%です。
この合弁会社には両社から合計192人が出向し、調達コストの削減を図ります。かつてのライバル同士が手を組む背景には、単独では複合機事業の収益性を維持しきれないという危機感があります。
基幹システム事業への本格参入
Microsoft Dynamics 365を軸に展開
富士フイルムBIが新たな成長の柱として位置づけているのが、ERP(基幹システム)の販売・導入支援事業です。2021年に自社の基幹システムをMicrosoft Dynamics 365に刷新することを決定し、その経験とノウハウを武器に、2022年から外部向けの基幹システムビジネスに新規参入しました。
参入にあたっては、HOYAのIT子会社を買収して「富士フイルムデジタルソリューションズ」として再編し、Dynamics 365の導入コンサルティング体制を整備しました。さらに2025年には、同じくDynamics 365の導入支援を手がける「パシフィックビジネスコンサルティング(PBC)」の買収を完了しています。
中堅・中小企業に特化した戦略
富士フイルムBIの基幹システム事業は、中堅・中小企業をメインターゲットとしています。大企業向けのERP市場ではSAPやOracleが圧倒的なシェアを持ちますが、中堅・中小企業向けではまだ開拓余地が大きいのが現状です。
複合機ビジネスで長年培ってきた中堅・中小企業との取引関係が、この領域で大きな武器になります。全国に広がる販売・サポート網を活用し、基幹システムの導入から運用まで一貫してサポートできる体制は、IT専任者が少ない中小企業にとって大きな安心材料です。
トルコ企業買収でグローバル化を加速
ETG Global社の買収
2026年2月26日、富士フイルムBIはトルコ最大の都市イスタンブールに本社を置くETG Global Information Technology Services社の全株式取得に関する契約を締結しました。3月2日には社名を「FUJIFILM ETG Global」に変更し、事業を開始しています。
ETG Globalは、Microsoft Dynamics 365 FinanceおよびDynamics 365 Supply Chain Managementを中心に、基幹システムの販売・導入支援を展開する企業です。トルコのほか、米国やカナダでも事業を行っています。
Microsoftパートナー上位1%の実力
ETG Globalの最大の強みは、その技術力の高さです。同社はMicrosoftパートナーの上位1%にのみ与えられる「INNER CIRCLE」を2018年と2019年に受賞しています。Microsoft認定トレーナーも擁しており、製品導入からトレーニング、運用支援まで一気通貫のサービスを提供できます。
さらに特筆すべきは、独自のIT人材育成体制です。基幹システム導入に精通したIT技術者を自社で採用・育成するノウハウを持ち、層の厚い人材基盤を確立しています。この育成ノウハウは、富士フイルムBIが今後グローバルにERP事業を拡大する上で、極めて重要な資産となります。
日本・オーストラリア・トルコ・北米の4拠点体制
今回の買収により、富士フイルムBIの基幹システム事業は日本とオーストラリアに加え、トルコと北米をカバーする体制が整いました。日本・オーストラリアで培った導入実績と、ETG Globalの技術力・人材育成力を組み合わせることで、グローバルなリソース配分が可能になります。
コマツ「ダントツ経営」に学ぶ事業構造改革
坂根正弘氏の経営哲学
富士フイルムBIの事業転換には、コマツの元社長・会長である坂根正弘氏が提唱した「ダントツ経営」の思想と共通する要素が見られます。坂根氏は2001年にコマツの社長に就任した際、800億円の赤字を抱えた同社を立て直し、収益性世界一の建機メーカーに変革しました。
「ダントツ経営」の核心は、「強みを磨き、弱みを改革する」という選択と集中の考え方です。すべての分野で競争相手を上回ろうとするのではなく、重点分野で突出した強みを発揮する「ダントツ商品」を開発し、それ以外はコスト削減や提携で補うという戦略です。
富士フイルムBIへの応用
富士フイルムBIの現在の戦略は、まさにこの「ダントツ経営」の応用といえます。複合機のハードウェアについてはコニカミノルタとの合弁会社で調達コストを最適化しつつ、成長分野である基幹システム事業にリソースを集中投下しています。
コマツがGPS搭載の「KOMTRAX」で建機のIoT化を実現し、ハードウェアとソフトウェアを融合させたように、富士フイルムBIも複合機をクラウドと接続する「入出力デバイス」として再定義し、基幹システムとの連携を強化しています。スキャン機能やOCR技術を活用して紙の情報をデジタルデータ化し、ERPに取り込むソリューションは、複合機メーカーならではの強みです。
注意点・展望
VISION2030の高い目標
富士フイルムホールディングスは中期経営計画「VISION2030」で、ビジネスイノベーションセグメントの2030年度売上高を1兆3,000億円、営業利益率10%以上という目標を掲げています。このうちソリューション・サービス関連で7,000億円を達成する計画です。
この目標の実現には、国内だけでなくグローバル市場での基幹システム事業の成長が不可欠です。ETG Globalの買収はその重要な一手ですが、ERP市場にはSAP、Oracle、さらにはMicrosoft自身も含めた強力な競合が存在します。
今後の課題
最大の課題は、複合機事業で培った顧客基盤を基幹システム事業にどれだけスムーズに移行できるかです。複合機の営業担当がERPの提案もできるようになるには、相当なスキルアップが必要です。また、グローバル展開においては、各国の商習慣や会計基準への対応も求められます。
一方で、中堅・中小企業のDX需要は今後も拡大が見込まれます。特にクラウドERPの導入は、大企業から中小企業へと裾野が広がっており、このタイミングでの積極投資は理にかなっています。
まとめ
富士フイルムBIは、複合機一辺倒の事業構造から、ITソリューション企業への大転換を着実に進めています。ETG Global買収によるグローバル展開の加速、コニカミノルタとの調達連携によるコスト最適化、そしてMicrosoft Dynamics 365を軸とした基幹システム事業の拡大と、その戦略は多面的です。
コマツの坂根氏が実証した「ダントツ経営」のように、強みを磨き弱みを改革する姿勢が、複合機の古豪を新たなステージに導けるかが注目されます。2030年に向けた売上1.3兆円という目標の達成に向けて、今後の買収戦略やサービス展開から目が離せません。
参考資料:
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