イラン攻撃後に金が急落、「現金が王様」の相場到来
はじめに
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランに対する軍事攻撃を開始しました。通常、地政学リスクが高まると「有事の金」として金(ゴールド)に資金が流入するのが定石です。実際、攻撃直後の3月2日には金のロンドン現物価格が1トロイオンス5,400ドル台まで急騰しました。
しかし、その後の展開は教科書通りにはなりませんでした。3日には4,995ドルまで下落し、わずか1日で3%超の急落を記録したのです。代わりに上昇したのが米ドルです。投資家は流動性を最優先する「キャッシュ・イズ・キング(現金は王様)」の行動に移り、基軸通貨である米ドルへの資金集中が起きています。
イラン攻撃と市場の初動
攻撃の概要
米国とイスラエルによるイラン攻撃は「オペレーション・エピック・フューリー(叙事詩の怒り)」と呼ばれる軍事作戦です。テヘランの軍事施設を中心に攻撃が行われ、イランの最高指導者ハメネイ師が殺害されたと報じられています。
この攻撃は中東情勢を根本から変える可能性のある出来事であり、金融市場は即座に反応しました。
金の急騰と急落
攻撃直後、金価格は「有事の買い」で急騰しました。スポット金は一時5,300ドルを超え、史上初めてこの水準に到達しました。しかし、この上昇は長続きしませんでした。
3月3日にはスポット金が3.6%下落し5,137ドル、米国金先物も3.5%下落して5,123.70ドルで取引を終えました。地政学リスクが「可能性」から「現実」に変わった瞬間、市場の反応は予想外の方向に転じたのです。
なぜ「有事の金」が下落したのか
流動性への逃避
金の下落を引き起こした最大の要因は、投資家が流動性を最優先したことです。戦争が現実となった場合、投資家はポートフォリオの流動性を高めるために保有資産を売却して現金化します。金もその売却対象となりました。
「有事の金」という格言は、不確実性が高まる局面では有効です。しかし、実際に軍事衝突が発生し、今後の展開が極めて不透明になると、金さえも売って現金を確保するという行動が優先されます。これが「キャッシュ・イズ・キング」の本質です。
ドル高と金利要因
米ドルの急上昇も金の下落を加速させました。金はドル建てで取引されるため、ドルが上昇すると金の購入コストが上がり、需要が減退する関係にあります。
さらに、イラン攻撃によるエネルギーインフラへの影響で原油価格が急騰し、インフレ懸念が強まりました。これにより米連邦準備制度理事会(FRB)の利下げ期待が後退し、金利が高止まりする見通しが強まったことも、金の押し下げ要因となっています。金は利息を生まない資産であるため、金利上昇局面では相対的な魅力が低下します。
米ドルへのマネー集中
基軸通貨の強み
有事の際に米ドルに資金が集中するのは、世界の基軸通貨としての地位によるものです。国際取引の決済通貨として最も広く使われており、流動性の高さは他の通貨の追随を許しません。
ウォール街では「ヘイブン・ファースト(安全資産優先)」戦略が採用され始めており、米国債と米ドルへの配分を増やす動きが報じられています。
原油高と円安の連動
イラン攻撃を受けて原油価格はWTI先物で一時1バレル90ドルを超えました。ホルムズ海峡での石油タンカーの航行リスクが高まれば、さらなる原油高も想定されます。
日本にとっては、ドル高と原油高の二重苦が円安圧力として作用します。エネルギー輸入国である日本の貿易収支は悪化し、円の需給バランスが歪む可能性があります。
過去の有事との比較
リーマンショックとの共通点
2008年のリーマンショック時も、危機の初期段階では金を含むあらゆる資産が売られ、現金(米ドル)に資金が集中しました。今回のイラン攻撃後の市場反応も、この「流動性危機」のパターンと共通しています。
ただし、リーマンショック後は金価格が長期的な上昇トレンドに入り、2011年に当時の史上最高値を更新しました。今回も初期の下落後に金が再上昇する可能性は十分にあります。
ウクライナ侵攻時との違い
2022年のロシアによるウクライナ侵攻時は、金価格が上昇基調を維持しました。今回との違いは、イラン情勢がエネルギー供給に直接影響し、インフレ・金利見通しを大きく変える点です。エネルギー価格の動向が、金の中期的な方向性を左右する重要な変数となっています。
注意点・展望
短期と長期で異なる見通し
ゴールドマン・サックスなど大手金融機関は、短期的にはドル高・金安の展開を予想しつつも、中長期的には金価格がさらに上昇する可能性を指摘しています。紛争の長期化はインフレを加速させ、実質金利の低下を通じて金にとって追い風となるためです。
投資家が取るべき姿勢
現在の市場環境では、ポートフォリオの流動性を確保しつつ、過度なパニック売りを避けることが重要です。金を含む資産の急激な価格変動は、一時的なものに終わる可能性があります。長期的な資産配分の観点から冷静に判断することが求められます。
まとめ
米・イスラエルのイラン攻撃後、「有事の金」は急騰から急落に転じ、代わりに米ドルへの資金集中が起きています。これは投資家が流動性を最優先する「キャッシュ・イズ・キング」の典型的な反応です。
ドル高・金安の流れがどこまで続くかは、中東の軍事情勢とエネルギー供給への影響次第です。過去の有事では、初期のパニック的な動きの後に金が再上昇したケースも多く、今後の展開を慎重に見極める必要があります。
参考資料:
- Gold retreats on strong dollar, tempered rate-cut bets - CNBC
- Wall Street Turns to ‘Haven-First’ Strategies Amid Iran Attacks - Bloomberg
- 米・イスラエルのイラン攻撃が金融市場に与える影響 - 三井住友DSアセットマネジメント
- Dollar surge pressures crypto and gold after escalation in Iran conflict - CoinDesk
- Gold Price Reaction to Iran War 2026 - Canadian Mining Report
関連記事
イラン攻撃後に金が下落、「有事の金」が輝かない3つの理由
米国・イスラエルのイラン攻撃後、安全資産とされる金価格が約1%下落しました。ドル高、金利上昇期待の後退、損失補塡の売りという3つの逆風が重なった背景と、金の安全資産としての役割の変化を解説します。
有事なのに金が下落、「現金が王様」の異常事態を読む
米・イスラエルのイラン攻撃後、「有事の金」が3%以上下落する異例の展開に。流動性を最優先する「キャッシュ・イズ・キング」の背景と、米ドル急騰の構造を解説します。
米イラン緊迫で市場急変、原油・金が急騰の背景
米軍のイラン攻撃準備報道を受けてNYダウが反落し、原油や金価格が急騰しました。中東地政学リスクが金融市場に与える影響と今後の見通しを解説します。
金が国内初の1グラム3万円台、歴史的高騰の背景を解説
金の国内小売価格が初めて1グラム3万円を突破。ドル離れ、中央銀行の大量購入、地政学リスクなど、歴史的な金価格高騰の構造的要因と今後の見通しを解説します。
安全資産の金・米国債が軒並み売られる異例事態
イラン攻撃から3週間、金価格は1983年以来の週間下落率を記録し米国債も売られる展開に。原油高とインフレ懸念が安全資産の常識を覆す構図を解説します。
最新ニュース
アクティビストの標的が変化、還元から再編へ
割安株の減少でPBR1倍超え企業も標的に。アクティビストの投資戦略が株主還元から事業再編へとシフトする背景と今後の展望を解説します。
アームが初の自社製チップ発表、AI半導体市場に本格参入
ソフトバンクグループ傘下の英アームが35年の歴史で初めて自社製チップ「AGI CPU」を発表。メタやOpenAIを顧客に迎え、5年で年間150億ドルの売上を目指す戦略転換の全容を解説します。
Armが半導体自前開発に参入、AI向けCPUで事業転換
ソフトバンク傘下の英Armが35年間のIPライセンスモデルを転換し、自社開発チップ「AGI CPU」でメタやオープンAIにAI半導体を直接供給する戦略の背景と影響を解説します。
イビデン大幅続伸の背景と半導体銘柄上昇の全貌
2026年3月25日、イビデンが特別利益491億円の計上発表で大幅続伸。半導体関連銘柄が軒並み上昇した背景には、米イラン停戦期待による原油下落と投資家心理の改善がありました。
イラン強硬派「3人組」の実権と米15項目和平案の行方
ハメネイ師亡き後のイランで実権を握る革命防衛隊出身の強硬派3人組と、トランプ政権が提示した15項目の和平案の内容・交渉の行方を詳しく解説します。