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by nicoxz

イラン攻撃後に金が下落、「有事の金」が輝かない3つの理由

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はじめに

「有事の金」という言葉があります。戦争や紛争など地政学的リスクが高まると、投資家が安全資産としてゴールドを買い、価格が上昇するという経験則です。しかし2026年3月、この常識が覆される事態が起きています。

米国とイスラエルによるイラン攻撃後、金の国際価格は一時急騰したものの、その後反落に転じました。ニューヨーク先物(中心限月)は3月11日に1トロイオンス5,170ドルを下回り、攻撃前の水準から1%超の下落を記録しています。地政学リスクが極度に高まるなか、なぜ金は輝かなかったのでしょうか。本記事では3つの要因を分析します。

金価格の急騰と急反落の経緯

攻撃直後は2%超の急騰

2026年2月28日、米国とイスラエルはイランに対する大規模な共同攻撃「エピック・フューリー作戦」を実施しました。これを受けて金先物は即座に反応し、約5,100ドルから5,400ドル超まで2%以上の急騰を記録しました。

まさに「有事の金」の典型的な動きでした。投資家はリスク回避姿勢を強め、安全資産とされる金に資金が集中したのです。

わずか数日で急反落

しかし、この上昇は長くは続きませんでした。3月4日には金先物が攻撃後の高値から約200ドルの急落を見せ、国内金価格も前日比1,200円以上安の1グラム28,300円台まで下落しました。その後も軟調な推移が続き、5,170ドル前後でもみ合う展開となっています。

金が下落した3つの理由

理由1: ドル高の逆風

金価格下落の最大の要因はドル高です。イラン攻撃を受けて原油価格が急騰し、エネルギー輸出国である米国のドルが買われました。ドル指数は99.57ポイント付近まで上昇し、2025年12月以来の高水準に達しています。

金はドル建てで取引されるため、ドルが強くなると他通貨を持つ投資家にとって割高になり、需要が減退します。通常、地政学リスクの高まりは金とドルの両方を押し上げますが、今回はドル高の影響が金の安全資産としての買いを上回りました。

理由2: 金利上昇期待の後退

イランの産油施設への攻撃により、ホルムズ海峡のタンカー航行が滞り、原油供給への懸念が急速に高まりました。原油高はインフレ圧力を意味し、米連邦準備理事会(FRB)による利下げ期待が大幅に後退しています。

金は利息を生まない資産です。金利が高い環境では、利回りのある債券や預金に対する金の相対的な魅力が薄れます。利下げ期待の後退は、金にとって構造的な売り圧力となりました。

理由3: 損失補塡のための換金売り

3つ目の要因は、金融市場全体のボラティリティ急上昇に伴う「損失補塡売り」です。3月4日には韓国のKOSPI指数が12%暴落するなど、世界的な株式市場の混乱が発生しました。

この急落により、ヘッジファンドや機関投資家に大規模なマージンコール(追加証拠金の要求)が発生しました。損失を穴埋めするために、最も流動性が高く、含み益のある資産が真っ先に売却されます。金ETFがその対象となり、SPDRゴールド・トラスト(GLD)は3月4日に1日で29.1億ドルもの資金流出を記録しました。これは2016年以来最大の規模です。

変わりゆく金の「安全資産」としての役割

「売って守る」資産への変質

今回の事態は、金の安全資産としての役割が構造的に変化していることを示唆しています。かつて金は「他の全てが失敗したときに買う資産」でしたが、現在は「他の全てを守るために売る資産」に変質しつつあるとの指摘があります。

機関投資家にとって金は、ポートフォリオ全体のリスク管理ツールという側面が強まっています。株式市場が急落した際に、流動性の高い金を売却して現金化し、追加証拠金に充てたり、割安になった株式を買い増したりする行動が定着しつつあります。

地政学的プレミアムの短命化

地政学的イベントによる金価格の上昇(いわゆる「地政学的プレミアム」)は、近年ますます短命になっています。情報伝達の高速化により、市場は事態を瞬時に織り込むため、初期の急騰が数日で解消されるパターンが繰り返されています。

今回のイラン攻撃でも、攻撃直後の急騰は1週間持たずに解消されました。長期的な金価格の方向性を決めるのは、地政学リスクよりも金利動向やドルの強さといったマクロ経済要因であることが改めて確認された形です。

注意点・展望

金価格は依然として1トロイオンス5,000ドルを上回る歴史的な高水準にあります。イラン情勢の長期化や原油供給の混乱が続けば、インフレヘッジとしての金需要が再び高まる可能性もあります。

一方で、FRBの金融政策の見通しが金価格の方向性を大きく左右します。利下げ期待が復活すれば金にとって追い風ですが、インフレ圧力が持続する限り、利下げの可能性は遠のきます。

個人投資家にとっての注意点として、「有事だから金を買う」という単純な判断は通用しなくなっています。ドルの動向、金利見通し、他の金融市場の状況を総合的に判断することが重要です。

まとめ

イラン攻撃後の金価格下落は、「有事の金」という常識が必ずしも成立しない現代の金融市場の複雑さを浮き彫りにしました。ドル高、利下げ期待の後退、機関投資家による損失補塡売りという3つの逆風が重なり、安全資産としての買いを相殺した形です。

金は依然として重要な分散投資先ですが、地政学的イベントへの反応パターンは変化しています。「なぜ有事なのに金が下がるのか」という問いへの答えは、現代の金融市場がかつてないほど複雑に連動しているという構造的な変化にあります。今後の金価格の動向を見る際は、中東情勢だけでなく、ドル指数やFRBの政策スタンスにも注目が必要です。

参考資料:

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