群馬県「不登校」を「ユニパス」に、高校生提案で名称刷新
はじめに
群馬県が、「不登校」という言葉を「UniPath(ユニパス)」に言い換えることを決定しました。2026年1月15日、山本一太知事が定例記者会見で発表したこの取り組みは、全国で初めての試みとして注目を集めています。
「ユニパス」は「unique(一人ひとりの)」と「path(道)」を組み合わせた造語で、「それぞれ思い描く道を歩んでいいんだよ」というメッセージが込められています。この名称を提案したのは、山本知事に政策提言を行う「高校生リバースメンター」です。
この記事では、新名称採用の背景や「不登校」という言葉の歴史的変遷、そして多様な学びを支援する現在の取り組みについて詳しく解説します。
「ユニパス」誕生の経緯
高校生リバースメンターからの提案
「ユニパス」という名称は、群馬県の「高校生リバースメンター」制度から生まれました。この制度は2023年度に始まった全国初の取り組みで、高校生が知事の相談役となって直接アドバイスや政策提言を行うものです。
「リバースメンター」とは、立場を逆転させて若者から新たな刺激や価値観を得るという考え方に基づく制度で、台湾でも導入されています。群馬県では笑下村塾と連携し、毎年10名の高校生がメンターとして選出されています。
当事者の声から生まれた新名称
昨年度のメンターの1人が、自身の体験から「不登校」という表記への強い違和感を訴えました。これを受けて県教育委員会で検討が進められ、今年度のメンターが引き継ぐ形で「ユニパス」という名称を提案しました。
山本知事は会見で「言葉の変更で世間の印象や見方も変わる。群馬から全国に広める意義は深い」と強調しています。会見で使用されたスライドも高校生自身が作成したものでした。
「不登校」という言葉の歴史
名称の変遷
学校に通わない・通えない児童生徒を表す言葉は、時代とともに変化してきました。1950年代から60年代は「長欠」、1970年代から80年代は「登校拒否」、そして1990年代以降は「不登校」という表現が使われるようになりました。
文部科学省は1998年の学校基本調査から、長期欠席の理由分類のうち「学校ぎらい」を「不登校」に名称変更しました。この変更の背景には、「学校に行かないことは子供や家庭だけの問題ではない」と主張した専門家や当事者、保護者たちの運動がありました。
名称変更の転機
公的な分岐点となったのは、法務省の「不登校児人権実態把握のためのアンケート調査結果報告」(1989年)でした。この調査で法務省は、自らの意志や都合で学校に行かない「登校拒否」ではなく、体罰やいじめによって長期欠席が起きていることを認識しました。
「登校拒否」というネガティブなニュアンスに比べ、「不登校」は単に「学校に行っていない状態」を指すため、より公正な表現とみなされました。しかし「不」という否定の接頭辞が付くことで、依然として否定的なイメージが残っているという指摘もあります。
不登校の現状と支援体制
過去最多を更新し続ける不登校児童生徒
文部科学省の調査によると、2023年度の不登校児童生徒数は全国で約35万4千人に達し、12年連続で過去最多を更新しています。中学生では20人に1人、小学生でも33人に1人という割合です。
群馬県内では小学校で1,783人、中学校で2,948人の不登校児童生徒がいます。不登校傾向にある子供も含めると、全国で60万人以上とも言われています。
多様な学びの場の整備
こうした状況を受けて、国は「学びの多様化学校」(旧称:不登校特例校)の設置を進めています。2025年4月現在、全国に58校が設置されており、将来的には300校の設置が目指されています。
また、各学校内に教育支援センター機能を持たせた「校内教育支援センター」も増加しています。「スペシャルサポートルーム」や「校内フリースクール」などとも呼ばれ、2024年時点で全国の公立小・中学校の46.1%に設置されています。
フリースクールへの支援拡充
民間のフリースクールに対する支援も進んでいます。東京都では、フリースクールに通う不登校の義務教育段階の児童生徒の保護者を対象に、利用料に対して月額最大2万円の助成金を支給しています。2025年度も事業を継続しており、各自治体で同様の補助金制度が広がっています。
2016年に成立した「教育機会確保法」では、「多様で適切な学習活動の重要性」や「個々の不登校児童生徒の休養の必要性」が規定されており、子供の状況に応じた学習活動への支援が求められています。
群馬県の取り組み
「つなぐん」によるサポート
群馬県では、子どもや家族が安心して相談できる場所として「心と学びのサポートセンター『つなぐん』」を設けています。電話やメール、来所での相談に対応するほか、3Dメタバース空間で学びや交流ができる「つなぐんオンラインサポート(つなサポ)」も提供しています。
新名称の運用方針
群馬県は今後、県の事業では可能な限り「ユニパス」という新名称を使い、浸透を図ります。ただし、国の統計の群馬県版などでは混乱を防ぐため、従来通り「不登校」の表現を使う場合もあるとしています。
将来的には、この考え方を国にも伝え、「不登校」という言葉が持つマイナスなイメージを全国からなくしていきたい考えです。
注意点と今後の展望
名称変更だけでは解決しない課題
言葉を変えることは意識改革の第一歩として重要ですが、それだけで問題が解決するわけではありません。不登校傾向も含めると60万人以上と言われる子どもたちに対し、「学校に代わる居場所・学びの場」は依然として不足しています。
学習権を保障するためには、学びの多様化学校やフリースクール、オルタナティブスクール、ホームスクーリングなど、子どもに合った多様な選択肢を整備し、アクセスしやすくすることが求められます。
全国への波及に期待
群馬県の取り組みが全国に広がるかどうかは、今後の注目点です。山本知事は「群馬から全国に広める意義は深い」と述べており、他の自治体や国への働きかけを続ける方針です。
高校生リバースメンターという当事者に近い世代からの提案であることも、この取り組みの説得力を高めています。これまでにもHPVワクチン接種の普及やe-sportsイベントの開催など、高校生の提言が実際に事業化された例があります。
まとめ
群馬県が「不登校」を「ユニパス」に言い換えるという決定は、単なる言葉の変更以上の意味を持っています。「一人ひとりの道」を肯定するこの名称には、学校に通わない・通えない子どもたちへの社会の見方を変えたいという強い思いが込められています。
全日制の学校への復帰だけが正解ではなく、多様な学びの形を認めることが大切だという考え方が広がる中、群馬県の取り組みは新たな一歩です。当事者の声から生まれた「ユニパス」という言葉が、全国でどのように受け止められ、広がっていくのか注目されます。
参考資料:
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