箸墓古墳で渡り土堤を新発見、卑弥呼の墓の実態に迫る
はじめに
奈良県桜井市教育委員会は2026年2月19日、「卑弥呼の墓」説でも知られる箸墓(はしはか)古墳の発掘調査で、築造時のものとみられる「渡り土堤」が新たに発見されたと発表しました。箸墓古墳の前方部の内濠(うちぼり)で見つかったもので、墳丘と外周堤をつなぐ構造物です。
箸墓古墳は全長約280メートルの最古級の巨大前方後円墳であり、古墳時代の始まりを象徴する存在です。今回の発見は、古墳の築造方法や当時の権力構造を理解する上で重要な手がかりとなります。2月21日には現地説明会が予定されており、考古学ファンの注目を集めています。
渡り土堤の発見とその詳細
発掘調査の概要
今回の調査は、箸墓古墳の前方部南側で実施されました。発見された渡り土堤は、堀の底からの高さが1.6メートル以上、通路となる上面の幅は2メートル以上あり、南北方向に約6.4メートルにわたって検出されています。
この土堤からは3世紀半ばから後期のものとみられる土師器(はじき)の破片が出土しました。土師器の年代から、渡り土堤は箸墓古墳の築造とほぼ同時期に造られたと考えられています。
渡り土堤の役割
桜井市教育委員会は、渡り土堤には2つの役割があったと説明しています。1つ目は、墳丘と外周の堤をつなぐ「通路」としての機能です。古墳の築造作業や祭祀(さいし)の際に、人が墳丘と外部を行き来するために使われたと推測されます。
2つ目は、内濠に水をためるための「堰(せき)」としての機能です。渡り土堤が水の流れをコントロールし、堀全体に均等に水を行き渡らせる役割を果たしていたと考えられています。
2例目の発見が持つ意味
箸墓古墳で渡り土堤が発見されたのは今回が2例目です。市教育委員会では、複数の渡り土堤を墳丘の周囲に築くことで、堀全体に水をめぐらせ、水位を調整していたのではないかとみています。計画的な水利管理が行われていたことを示す重要な証拠です。
古代中国の神仙思想との関連
水で囲む意味
桜井市纒向(まきむく)学研究センターは、渡り土堤の発見について、古代中国の神仙思想との関連を指摘しています。神仙思想では、不老不死の仙人が住む蓬莱山(ほうらいさん)は海に囲まれた島にあるとされていました。
古墳の周りを水で囲むことで、墳丘を「海に浮かぶ島」に見立てていた可能性があります。被葬者を神仙の世界に住まわせるという宗教的な意味合いと、周囲から隔絶させることで権威を示す政治的な意味合いの両方が込められていたと考えられます。
前方後円墳の権威表現
古墳時代の権力者は、巨大な墳丘を築くだけでなく、その周囲の景観全体をデザインすることで自らの権威を表現していました。水を満々とたたえた濠に囲まれた巨大な墳丘は、当時の人々に強烈な印象を与えたことでしょう。渡り土堤の存在は、こうした演出が築造時から計画的に行われていたことを裏付けています。
箸墓古墳と卑弥呼の墓説
古墳の概要
箸墓古墳は、奈良盆地東南部の三輪山北西山麓に広がる纒向古墳群の中心的な存在です。全長約280メートル、後円部の直径約150メートル、高さ約30メートルという巨大な規模を誇ります。後円部は4段築成、前方部は3段ないし4段築成で、出現期の前方後円墳としては群を抜く大きさです。
宮内庁は、この古墳を第7代孝霊天皇の皇女・倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)の墓として管理しています。しかし、考古学的には邪馬台国の女王・卑弥呼の墓ではないかとする有力な学説が存在します。
年代論争と最新の見解
箸墓古墳の築造年代については研究者間で議論が続いています。2009年に国立歴史民俗博物館が発表した放射性炭素年代測定の結果では、築造年代は西暦240年から260年とされました。これは『魏志倭人伝』に記された卑弥呼の没年(247年ないし248年)とほぼ一致します。
纒向学研究センターの寺沢薫氏は、従来260年から280年ごろの築造を想定していましたが、2025年8月に刊行された著書『論争邪馬台国』で「箸墓が247、8年であってもおかしくない」と述べ、箸墓古墳=卑弥呼の墓説に傾いていることを示唆しました。
纒向遺跡との関係
箸墓古墳が位置する纒向遺跡は、古墳時代の初めに最も繁栄した巨大集落で、日本最初の「都市」とも評されます。畿内説における邪馬台国の有力な比定地でもあり、大型建物跡や各地の土器が出土するなど、広域的な政治拠点としての性格を示しています。
今後の研究への期待
非破壊調査の進展
近年、箸墓古墳の内部構造を調べるためにミューオン透過法という最新技術が導入されています。宇宙線由来のミューオン(素粒子)を利用して、古墳内部を透視する手法です。後円部の内部に空洞のような構造が存在する可能性が示唆されており、今後の解析結果が注目されます。
宮内庁管理下での調査の限界
箸墓古墳は宮内庁が管理する陵墓参考地であり、墳丘内部の発掘調査は原則として認められていません。そのため、今回のように濠や外周部の調査から古墳の実態に迫るアプローチが重要になります。限られた調査範囲の中で、築造技術や古墳の構造について新たな知見が蓄積されています。
古墳時代の始まりの解明へ
箸墓古墳は、前方後円墳という日本独自の墓制がどのように成立したかを知る上で最も重要な遺跡の1つです。渡り土堤の発見は、巨大古墳の築造が高度な土木技術と計画性に基づいていたことを改めて証明しました。今後の調査の進展により、古墳時代の始まりと初期ヤマト王権の実態がさらに明らかになることが期待されます。
まとめ
箸墓古墳の前方部で新たに発見された渡り土堤は、古墳の築造時から計画的に水利管理が行われていたことを示す重要な証拠です。古代中国の神仙思想に基づき、水で囲まれた墳丘が「聖なる島」として演出されていた可能性も指摘されています。
卑弥呼の墓説をめぐる論争にも新たな材料を加えるこの発見は、日本の古代史研究にとって大きな一歩です。2月21日の現地説明会では、発掘の成果を直接確認できる貴重な機会となるでしょう。
参考資料:
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