イラン指導者殺害でも習近平がトランプ訪中を拒めない理由
はじめに
2026年に入り、トランプ米大統領は2カ月連続で大規模な軍事行動を実行しました。1月にはベネズエラのマドゥロ大統領を武力で拘束し、2月末には米国・イスラエル共同作戦でイランの最高指導者ハメネイ師を殺害しました。一見すると無関係に見える2つの軍事行動ですが、いずれも中国にとって戦略的パートナーの排除であり、米中パワーゲームという共通の文脈で結ばれています。
そうした中で、トランプ氏は3月31日から4月2日にかけて北京を訪問し、習近平国家主席と首脳会談を行う予定です。友好国の指導者を次々と排除されながらも、習近平氏がこの訪中を拒めない深刻な事情があります。本記事では、2つの軍事行動の背景と米中関係の力学について解説します。
2カ月連続の軍事行動が持つ意味
ベネズエラ:マドゥロ大統領の拘束
2026年1月3日、米軍はベネズエラの首都カラカスを含む複数の地点を爆撃し、特殊部隊デルタフォースによってマドゥロ大統領夫妻を拘束しました。「オペレーション」と名付けられたこの作戦には、F-22やF-35を含む150機以上の航空機が投入されています。
表向きの理由はマドゥロ氏の麻薬取引への関与でしたが、トランプ大統領はベネズエラの石油資源への関心を隠していません。重要なのは、ベネズエラの原油輸出の半分以上が中国に流れていたという事実です。マドゥロ政権は中国にとって南米における最も重要な戦略的パートナーの一つでした。
イラン:ハメネイ師の殺害
続く2月28日、米国とイスラエルは「オペレーション・エピック・フューリー」と名付けた大規模共同軍事作戦を実行しました。イスラエル空軍史上最大の作戦として約200機の戦闘機が出撃し、イラン国内の約500カ所を攻撃。テヘランの自宅にいた最高指導者ハメネイ師(86歳)が死亡しました。
イランの国防軍需相や革命防衛隊トップら主要幹部7人も殺害され、イラン全土31州中24州が被害を受けています。攻撃の規模は甚大で、全土で200人以上が死亡したとされています。
イランもまた中国にとって極めて重要なパートナーです。2024年にはイラン原油の97%を中国が購入しており、中国の原油輸入量の相当部分をイラン産が占めていました。
2つの軍事行動の共通点
ベネズエラとイランの2つの軍事行動には明確な共通点があります。いずれも中国の友好国であり、中国のエネルギー安全保障を支える石油供給国です。両国の原油輸出を合計すると、中国の原油輸入量の約15%に相当します。トランプ政権による「力の外交」は、中国の経済的な生命線を直接脅かすものとなっています。
中国の王毅外相は3月1日、ハメネイ師の死について「主権国家の指導者を公然と殺害し、体制転換を図ることは容認できない」と強く非難しました。しかし、それでも中国はトランプ氏の訪中を受け入れざるを得ない状況にあります。
習近平氏がトランプ訪中を拒めない3つの理由
「G2」としての国際的地位の演出
2026年、中国はAPEC議長国を務めるなど、米国と並ぶ「大国」としての存在感を示す年に位置づけています。トランプ氏の訪中は、中国が米国と対等な関係にあることを国際社会に示す最大の機会です。これを拒否すれば、米中関係の破綻を自ら宣言するに等しく、中国の外交戦略全体に重大な打撃を与えることになります。
習近平政権にとって「G2」の演出は国内外に向けた重要なメッセージであり、トランプ氏との対面を通じて米国と並ぶ大国としての中国を印象付ける狙いがあります。
対米関係の安定化と国力消耗の回避
中国経済は不動産危機やデフレ圧力など構造的な課題を抱えており、米国との全面的な対立は国力の消耗を加速させます。習近平政権は対米関係を安定化させ、経済面での「体力消耗」を最小限に抑えたいという強い動機を持っています。
特に貿易面では、中国は米国に対して大豆の購入量を従来の年間1,200万トンから2,000万トンに増やす提案をしており、首脳会談での合意を目指しています。こうした経済ディールは、対米関係の安定を維持するための重要なカードです。
最高裁判決がもたらした交渉の好機
2月20日、米連邦最高裁はトランプ大統領がIEEPA(国際緊急経済権限法)に基づいて課した相互関税の大部分を違憲と判断しました。6対3の判決で、中国向けフェンタニル関税、70カ国以上を対象とした「解放の日」関税などが無効となりました。
この判決によりトランプ氏は対中交渉の最大の切り札を失い、習近平氏は従来よりも強い立場で首脳会談に臨めるようになっています。むしろ今こそ交渉に応じることが中国にとって有利だという計算が働いているのです。
今後の注意点と展望
台湾問題をめぐる駆け引き
トランプ氏の訪中をめぐる最大の焦点は台湾問題です。習近平政権は台湾を「核心的利益の中の核心」と位置づけており、経済的な譲歩と引き換えに台湾問題での米国の姿勢を軟化させたい考えです。トランプ氏が台湾についてどのような発言をするかが、今後の東アジア情勢を大きく左右します。
中東・南米の地政学的空白
ベネズエラとイランの指導者排除は、中東と南米に地政学的な空白を生み出しています。中国はこれまで両国を通じて構築してきた「反米経済圏」の再構築を迫られる一方、エネルギー調達先の多角化も急務となっています。中国が輸入する石油の約10%がイラン産で、ホルムズ海峡経由の原油は中国の輸入量の56%に達するとされ、中東情勢の不安定化は中国のエネルギー安全保障に直結します。
報復と拡大のリスク
イラン側は米国やイスラエルの拠点にミサイルで報復し、米兵3人が死亡、5人が重傷を負っています。イラン国内の体制転換がどのように進むかも不透明で、地域全体の不安定化が長期化する可能性があります。このような状況下での米中首脳会談は、地域の安定化に向けた対話の場となるのか、それとも新たな対立の火種となるのかが注目されます。
まとめ
トランプ政権による2カ月連続の軍事行動は、単なる個別の軍事作戦ではなく、中国の戦略的パートナーとエネルギー供給源を同時に断つという明確な米中パワーゲームの一環です。ベネズエラとイランの原油は合わせて中国の輸入量の約15%を占め、両国の指導者排除は中国にとって経済的にも外交的にも大きな打撃となっています。
それでも習近平氏がトランプ氏の訪中を受け入れるのは、「G2」としての国際的地位の確保、国力消耗の回避、そして最高裁判決による交渉優位という複合的な計算が働いているためです。3月31日からの首脳会談では、貿易・台湾・中東問題が交錯する極めて複雑な交渉が展開されることになります。
参考資料:
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