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by nicoxz

深刻化する薬不足の構造問題と低価値医療の関係

by nicoxz
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はじめに

日本の医薬品供給不足が深刻化しています。2025年2月時点で、通常出荷されていない医薬品は全体の約21.9%に達し、後発医薬品(ジェネリック)が約60%を占めています。歯科で使用する局所麻酔薬をはじめ、日常的に処方される薬の欠品が医療現場を圧迫し、薬剤師と医師の間で摩擦が生じる事態にまで発展しています。

この問題はなぜ「根治」しないのでしょうか。品質不正や薬価の引き下げといった直接的な原因に加え、「低価値医療」と呼ばれる不必要な処方の存在が、限られた医薬品資源を浪費しているという指摘が専門家から上がっています。本記事では、薬不足の構造的要因と、その根本的な解決に欠かせない低価値医療の削減について解説します。

長期化する医薬品供給不足の実態

3年以上続く異常事態

日本の医薬品供給不足は2020年頃から顕在化し、2026年3月現在も解消の見通しが立っていません。厚生労働省の供給状況報告によると、供給停止中の医薬品は714品目、限定出荷中は1,646品目に上ります。

問題の発端は後発薬メーカーの品質不正でした。小林化工や日医工など複数のメーカーで製造工程の不正が発覚し、行政処分を受けて生産が停止しました。その影響は当該メーカーの製品にとどまらず、代替品への需要集中を引き起こし、供給不足が連鎖的に拡大しました。

現場で起きている混乱

薬局では処方箋に記載された薬の在庫がない状況が日常化しています。その場合、薬剤師は患者に取り寄せまで待ってもらうか、処方医に連絡して代替薬への変更を依頼する「疑義照会」を行う必要があります。

この疑義照会の増加が医師側の業務負担となり、現場では薬剤師と医師の間で軋轢が生じています。厚労省は2026年度の調剤報酬改定で、一定の条件下での柔軟な変更調剤を認める方向に舵を切りましたが、根本的な解決には至っていません。

薬不足を引き起こす構造的要因

薬価制度の歪みと「少量多品目生産」

日本の医薬品供給問題の根底には、薬価制度の構造的な歪みがあります。国は医療費抑制のため薬価を段階的に引き下げてきましたが、これが後発薬メーカーの収益を圧迫しています。原材料費の高騰も重なり、製造を続けるほど赤字になる品目すら存在します。

さらに、日本の後発薬市場は「少量多品目生産」という非効率な構造を抱えています。同一成分の薬を多数のメーカーが少量ずつ製造するため、スケールメリットが働かず、1品目あたりの利益率が極めて低くなっています。この構造では、品質管理体制の維持や安定供給のための設備投資が困難です。

海外依存と地政学リスク

医薬品の原薬(有効成分)は中国やインドからの輸入に大きく依存しています。日本独自の品質基準を満たす原薬を安価に調達するには、これらの国に頼らざるを得ないのが現状です。しかし、地政学的リスクやサプライチェーンの脆弱性が供給不安定の一因となっています。

厚労省は2025年に「医療用医薬品の供給問題への対応に係る行動計画」を策定し、国内での原薬製造能力の拡大や輸入元の多元化を掲げていますが、実現には時間とコストがかかります。

見落とされがちな「低価値医療」という要因

低価値医療とは何か

低価値医療(Low-Value Care)とは、患者の健康改善にほとんど寄与しない、あるいは不利益をもたらす可能性のある医療行為を指します。2019年の調査では、1,000人の患者あたり115~219回の低価値医療が行われており、医療費にして年間570~1,290億円に相当するとの推計があります。

筑波大学の2025年の研究では、プライマリケア(一次医療)の患者254万人超を分析した結果、年間10.9%の患者が少なくとも1回の低価値医療を受けていることが明らかになりました。その95.7%が風邪に対する去痰薬・鎮咳薬の処方、抗菌薬の処方、腰痛への注射に集中していました。

風邪への抗菌薬処方が薬不足を悪化させる

低価値医療の代表例が、ウイルス性の風邪に対する抗菌薬(抗生物質)の処方です。風邪の大半はウイルスが原因であり、抗菌薬は効果がありません。にもかかわらず、1,000人あたり24回という高い頻度で処方されています。

こうした不必要な処方は、限られた医薬品の在庫を消費するだけでなく、耐性菌の発生リスクを高めます。供給が逼迫している状況で、本来不要な薬が大量に処方され続けていることは、薬不足の悪化要因の一つです。

ポリファーマシーの問題

高齢者に対する多剤併用(ポリファーマシー)も深刻です。5剤以上を服用する高齢者は少なくなく、不眠でない患者への睡眠導入剤など、処方の根拠が不明確なケースも報告されています。2025年7月には日本老年医学会が「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン」を10年ぶりに改訂し、処方の見直しプロセスを明確化しました。

多剤処方の削減は、患者の安全性向上と同時に、医薬品需要の適正化にもつながります。必要のない薬を減らすことで、本当に必要な患者に薬が届きやすくなるのです。

注意点・今後の展望

供給側だけの対策では不十分

政府はメーカーへの増産要請や新規参入の抑制、企業再編の促進といった供給側の対策を進めています。2026年度の薬価制度改革では、後発薬の最低薬価引き上げや不採算品目の再算定条件の緩和が実施されました。

しかし、供給側の対策だけでは限界があります。需要側、つまり処方の適正化に踏み込まなければ、構造的な問題は解決しません。低価値医療の削減は、Choosing Wisely(賢い選択)キャンペーンとして国際的にも推進されていますが、日本では医療現場への浸透が十分とは言えません。

低価値医療を提供する医師の偏り

筑波大学の研究では、低価値医療の半分がわずか10%の医師に集中しており、60歳以上で専門医資格を持たず、患者数の多い医師に偏る傾向が確認されました。この知見は、対策のターゲットを絞った効果的な介入が可能であることを示しています。

処方の見直しや診療ガイドラインの遵守を促す仕組みづくりが、今後の重要な課題です。

まとめ

日本の薬不足は、品質不正を発端として3年以上にわたり医療現場を苦しめています。薬価制度の歪み、少量多品目の産業構造、海外への原薬依存といった供給側の問題に加え、低価値医療やポリファーマシーによる不必要な需要が事態を複雑にしています。

根本的な解決には、供給体制の強化と需要の適正化の両輪が不可欠です。風邪への不要な抗菌薬処方や高齢者の多剤併用を見直すことで、限られた医薬品資源をより有効に活用できます。薬不足の「根治」に向けて、医療の質そのものを問い直す議論が求められています。

参考資料:

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