日韓がドンロー主義に警戒、米つなぎ留めで共闘へ
はじめに
高市早苗首相と韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領は1月13日、奈良市内で首脳会談を開きました。日韓両国は経済や安全保障面での協力を深める方針を確認し、高市首相は「日韓関係をさらなる高みに発展させる年としたい」と語りました。
この会談の背景には、トランプ米大統領が掲げる「ドンロー主義」への警戒感があります。米国が西半球(南北アメリカ大陸)への関与を優先し、アジアへのコミットメントを弱める可能性が指摘される中、日韓が連携して米国をつなぎ留める構図が鮮明になっています。
本記事では、日韓首脳会談の内容と、その背景にある国際情勢について解説します。
奈良での首脳会談
「シャトル外交」の継続で一致
両首脳は、首脳同士の相互往来「シャトル外交」を継続することで一致しました。日韓両国が地域の安定に連携して役割を果たすべきだとの認識を共有し、北朝鮮の核・ミサイル問題や中国の海洋進出など、共通の安全保障課題への対応で協力を強化します。
会談は少人数会合を含め約1時間半に及びました。高市首相は会談後の共同記者発表で「両国を取り巻く戦略環境が厳しさを増すなか、日韓関係、日韓米の戦略的重要性について認識を共有した」と述べました。
経済安全保障での協力
日韓両首脳は経済安全保障分野をめぐって関係部局間での議論を進めることも確認しました。重要物資のサプライチェーン(供給網)の構築で協力し、李大統領は具体的な分野としてAIや知的財産を挙げました。
また、国境を越えた組織的詐欺への対策に関しては、協力を加速するための文書を策定することで合意しました。
奈良開催の意義
首脳会談を奈良で開催したのは、李大統領からの提案によるものです。2025年10月に韓国・慶州で開かれたAPEC首脳会議の際、李大統領が奈良を訪れたいと話し、高市首相が快諾しました。
高市首相は「ナラという言葉はもともと韓国語で国を意味する言葉で、奈良県民はよく知っている」と述べています。奈良県内には「百済」という地名もあり、古代から日韓の交流が盛んだったことを象徴する場所での会談となりました。両首脳は14日に法隆寺も訪問する予定です。
「ドンロー主義」とは何か
トランプ流の西半球支配戦略
「ドンロー主義」(Donroe Doctrine)は、トランプ大統領が2025年の就任直後から掲げている外交・安全保障政策の指針です。この名称は「ドナルド」と19世紀の「モンロー主義」を組み合わせた造語であり、西半球における米国の絶対的な覇権と、域外勢力(特に中国・ロシア)の完全排除を掲げています。
元来のモンロー主義は、1823年に第5代大統領ジェームズ・モンローが発表した外交方針で、アメリカとヨーロッパの「相互不干渉」を提唱しました。これに対し、ドンロー主義は「積極的介入」と「経済的利活用」を公言している点が大きく異なります。
ベネズエラ軍事介入で世界に衝撃
2026年1月初旬、米国は「西半球の民主主義とエネルギー安全保障の回復」を名目に、特殊部隊を投入してベネズエラのマドゥロ大統領を拘束しました。この電撃的な軍事行動の際、トランプ大統領が「これがドンロー主義だ」と宣言したことで、この概念は世界的に知られるようになりました。
トランプ大統領は「米国は西半球の家主であり、不法侵入者を追い出し、家賃を適切に徴収する権利がある」と主張しています。この露骨な覇権主義的発言は、ラテンアメリカ諸国から強い反発を招いています。
日韓の警戒感
アジアへの「力の空白」を懸念
ドンロー主義の最大の問題は、米国が西半球に注力することで、アジアを含む他地域への関与が薄まる可能性があることです。トランプ政権の国家安全保障戦略は、西半球で米国の友好国を増やし、この地域外からの経済的・軍事的関与を排除することを目指しています。
「米国が西半球に引きこもることで、中東やアジアにおける『力の空白』が生じ、さらなる紛争を招く」との懸念が同盟国間で広がっています。特に、中国の台頭や北朝鮮の核・ミサイル開発に直面する日韓にとって、米国のアジア関与が後退することへの不安は切実です。
防衛費負担増への圧力
トランプ政権は、日本と韓国に対して防衛費の負担増加を強く求めています。同盟国に「応分の負担」を求めるという名目ですが、その背景には米国が自国の利益を優先し、同盟国への関与を縮小しようとする姿勢があります。
日韓としては、防衛費負担の議論に応じつつも、米国のアジアへのコミットメントを引き出すという難しいバランスを取る必要に迫られています。
日韓連携の戦略的意義
米国つなぎ留めで共闘
今回の首脳会談で確認された日韓の戦略的連携は、米国をアジアにつなぎ留めるための共同戦略という側面を持っています。日韓が緊密に協力することで、米国にとってアジアの同盟網の価値を高め、関与継続のインセンティブを与える狙いがあります。
高市首相が「日韓米の戦略的重要性について認識を共有した」と述べたのは、まさにこの文脈です。日韓だけでなく、日韓米の三カ国協力体制の重要性を強調することで、米国のアジア関与を確保しようとしています。
同志国連携の強化
日韓連携は、米国だけでなく他の「同志国」との協力強化にもつながります。オーストラリア、インド、フィリピンなど、自由で開かれたインド太平洋を志向する国々との連携を深め、地域全体の安定を図る枠組みの構築を目指しています。
中国の海洋進出やロシアとの関係強化に対抗するため、日韓が核となって多国間協力を推進することは、両国にとっても地域全体にとっても重要な意味を持ちます。
課題と展望
歴史問題という影
日韓関係には、徴用工問題や慰安婦問題といった歴史的な課題が依然として存在します。2023年以降、韓国政府の前向きな対応により関係改善が進んできましたが、これらの問題が再燃すれば、戦略的連携にも影響を与える可能性があります。
今回の首脳会談では歴史問題への直接的な言及は控えめでしたが、長期的な協力関係の構築には、両国民の相互理解の深化が不可欠です。
ドラム外交の象徴性
会談後、高市首相と李大統領はドラムでセッションする場面がありました。大学時代にヘビーメタルバンドでドラムを担当していた高市首相が、李大統領にたたき方をレクチャーし、演奏後は互いにスティックにサインして交換しました。
BTSの「Dynamite」と日韓共同制作アニメの楽曲を演奏したこの「ドラム外交」は、両首脳の個人的な信頼関係と、日韓の文化的なつながりを象徴するものとなりました。
まとめ
高市首相と李大統領の奈良での首脳会談は、日韓の戦略的連携を確認する重要な機会となりました。トランプ政権の「ドンロー主義」により米国のアジア関与が後退する懸念がある中、日韓が共同で米国をつなぎ留め、同志国との連携を強化する構図が鮮明になっています。
北朝鮮の脅威や中国の台頭という共通課題を抱える日韓にとって、緊密な協力は地域の安定に不可欠です。歴史問題という課題を乗り越えながら、両国がいかに戦略的パートナーシップを深化させていくか、今後の展開が注目されます。
参考資料:
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