加賀屋が宿泊棟解体へ、能登復興と旅館再生の行方
はじめに
「プロが選ぶ日本のホテル・旅館100選」で36年連続総合1位に輝いた和倉温泉の老舗旅館・加賀屋(石川県七尾市)が、2026年4月上旬から主力宿泊棟の解体工事に入ります。最大20階建て・全233室の巨大な建物は、団体旅行で栄えた日本の旅館産業の象徴でした。
2024年1月の能登半島地震で甚大な被害を受けた加賀屋は、建築家・隈研吾氏が設計する新館で再出発を図ります。客室数を4分の1に絞り、個人客中心の運営へ大胆に舵を切る決断の背景と、その先に待つ課題を探ります。
「36年連続日本一」の象徴が消える
被災した巨大宿泊棟の現状
加賀屋の本館は4棟構成で、最大20階建て・計233室を擁する巨大建築でした。2024年1月1日の能登半島地震では、建物のあちこちにひび割れが入り、構造的な損傷を受けました。温泉の配管破裂や護岸の崩壊も重なり、地震以降、加賀屋グループの全館が休業を余儀なくされています。
2026年4月上旬から始まる公費解体は2031年春までの約5年間を要する見込みです。和倉温泉全体では13旅館中10施設が公費解体に着手・完了する計画が進んでおり、加賀屋の解体はその中でも最大規模のプロジェクトとなります。
団体旅行時代の終焉を象徴
加賀屋の巨大な宿泊棟は、1970年代から90年代にかけて隆盛を極めた団体旅行ビジネスの産物でした。大型バスで乗り付ける社員旅行や慰安旅行を受け入れるため、客室数は拡大の一途をたどりました。しかし、旅行スタイルが個人・少人数へと移行する中、大規模施設の維持は経営上の重荷となっていました。震災は図らずも、事業モデル転換の契機となりました。
隈研吾設計の新館で再出発
客室50室、全室オーシャンビュー
加賀屋の新館は、世界的建築家・隈研吾氏が設計を手がけます。現在の加賀屋から西へ約550メートル離れたグループ所有地に建設される新館は、5階建て・延べ床面積約8,610平方メートル、客室数は約50室です。従来の233室から約4分の1への大幅な縮小となります。
全室がオーシャンビューで、各部屋に露天風呂または半露天風呂の温泉を備えます。輪島塗の沈金体験など、能登の伝統文化に触れられるスペースも設けられる予定です。隈氏は「負ける建築」「やわらかい建築」の設計思想に基づき、木材や和紙などの自然素材を活かして能登の景観に溶け込む空間を目指しています。
グループ再編と段階的な再開計画
加賀屋グループは再建にあたり、従来の4旅館体制から3旅館に集約するリブランディングを進めています。「松乃碧」は解体され、その敷地が新・加賀屋の建設に活用されます。
再開スケジュールは段階的に設定されています。グループ旅館の「虹と海」は2026年度下期、「あえの風」は2027年度上期の営業再開を目指しています。新・加賀屋本体は2027年度末の開業を計画しており、完全復活までには数年を要する見通しです。
和倉温泉全体の「減築」トレンド
小さく快適に、が新たな方向性
加賀屋だけでなく、和倉温泉全体で「減築」(建物規模の縮小)による再建が相次いでいます。背景にあるのは、団体客から個人客への需要シフト、建築費の高騰、そして深刻な人手不足です。
大規模な建物を維持・運営するには多くのスタッフが必要ですが、能登地域での人材確保は震災前から困難でした。客室数を減らすことで、より少ない人数で質の高いサービスを提供できる体制を構築する狙いがあります。ある旅館はコンドミニアム形式の4室のみで再開し、食事は提供せず宿泊客が温泉街で食事を楽しむスタイルを採用する予定です。
創造的復興ビジョンの策定
和倉温泉では「創造的復興まちづくり推進協議会」が発足し、2040年を目標とする復興ビジョンが策定されました。国土交通省と観光庁も「護岸復旧と一体となった地域観光再生支援プラン」を策定しており、単なる原状回復ではなく、温泉街全体の価値を高める「創造的復興」が目指されています。
浴衣で散策できるまちづくりや関係人口の創出など、宿泊だけでなく温泉街全体の魅力向上を図る8つのゾーン構想が打ち出されています。
注意点・展望
加賀屋の再建には複数のハードルが存在します。まず、建築費の高騰は計画の大きな制約要因です。資材価格と人件費の上昇は全国的な課題であり、能登のような遠隔地ではさらにコストが膨らむ可能性があります。
また、客室数を4分の1に減らすことで、客単価を大幅に引き上げなければ収益を維持できません。高級路線への転換が成功するかどうかは、インバウンド需要の取り込みや富裕層マーケティングの巧拙にかかっています。
さらに、和倉温泉へのアクセスインフラの復旧状況も重要です。能登半島の道路網は地震で大きな被害を受けており、観光客が安心して訪れられる交通環境の整備が不可欠です。
まとめ
36年連続日本一の旅館・加賀屋が巨大宿泊棟を解体し、隈研吾氏設計の新館で再出発を図ります。客室233室から約50室への大幅縮小は、団体旅行時代の終焉と個人客重視への転換を象徴する決断です。
和倉温泉全体でも「減築」による再建が進み、2040年を見据えた創造的復興ビジョンが動き出しています。高級化・個人客シフトという方向性は時代の流れに合致していますが、建築費高騰や人材確保、アクセス整備など課題も山積しています。加賀屋の挑戦は、被災地の旅館再生のモデルケースとして全国から注目されています。
参考資料:
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