マンション「2つの老い」法改正で建て替えは進むか
はじめに
日本全国で老朽化マンションの増加が深刻な社会問題となっています。国土交通省の調査によると、2024年末時点で築40年以上の「高経年マンション」は約148万戸に達しました。この数は2034年末には約293万戸、2044年末には約483万戸にまで膨らむと推計されています。
建物の老朽化だけではありません。住民の高齢化も同時に進行しており、この「2つの老い」がマンション管理や建て替えの大きな障壁となっています。こうした課題に対応するため、2026年4月1日から「改正マンション管理・再生円滑化法」および改正区分所有法が施行されます。
本記事では、法改正で何が変わるのか、そして法改正だけでは解決できない課題について詳しく解説します。
「2つの老い」が生むマンション危機
建物の老朽化がもたらすリスク
マンションは適切なメンテナンスを行えば長期にわたって使用できる建築物です。しかし、築40年を超えると外壁のひび割れや剥落、給排水管の劣化、エレベーターの老朽化など、さまざまな問題が顕在化します。
特に深刻なのが耐震性の問題です。1981年以前の「旧耐震基準」で建てられたマンションは、現行の耐震基準を満たしていないケースが多く、大規模地震に対する安全性に懸念があります。バリアフリー対応も不十分で、エレベーターのない中層マンションでは高齢の住民が日常生活に支障をきたすことも少なくありません。
住民の高齢化が合意形成を困難に
もう一つの「老い」は住民の高齢化です。築年数が長いマンションほど居住者の年齢層が高くなる傾向があります。高齢化に伴い、認知症などにより意思表示が困難になるケースや、施設入居・死亡により所在不明となるケースが増加しています。
相続が発生した場合、相続人が複数いて意見が分かれたり、相続登記が行われないまま放置されたりすることもあります。こうした「所在不明・意思不明」の区分所有者の存在が、建て替えに必要な合意形成を一層困難にしています。
法改正で何が変わるのか
建て替え決議要件の緩和
現行法では、マンションの建て替えには区分所有者および議決権の「5分の4以上」(80%)の賛成が必要です。2026年4月からは、一定の客観的事由がある場合に限り、この要件が「4分の3以上」(75%)に引き下げられます。
客観的事由として認められるのは、以下のようなケースです。
- 耐震性が不足し建築基準法に不適合
- 外壁等の剥落・落下の危険性がある
- 給排水管設備が著しく劣化している
- バリアフリー基準に不適合
これらのいずれかに該当するマンションでは、従来よりも少ない賛成で建て替え決議が可能となります。
新たな再生手法の導入
法改正では、建て替え以外の再生手法も拡充されます。従来は「建て替え」か「一括売却」が主な選択肢でしたが、改正後は「建物・敷地の一括売却」「建物の取壊し」「棟単位での建て替え」など、多様な手法が利用可能になります。
特に注目されるのが、棟単位での建て替えを可能にする仕組みです。複数棟で構成される団地型マンションでは、すべての棟の所有者の合意を得ることが極めて困難でした。棟単位での建て替えが認められれば、老朽化が深刻な棟から段階的に再生を進めることができます。
所在不明区分所有者への対応
高齢化に伴う大きな課題であった「所在不明の区分所有者」への対応も整備されます。改正法では、裁判所の許可を得ることで、所在不明の区分所有者を決議の母数から除外できる仕組みが導入されます。
これにより、連絡がつかない所有者が「反対票」として扱われてしまう従来の問題が解消されます。合意形成の実質的なハードルが下がることが期待されています。
法改正でも残る「建て替えの壁」
建築費高騰という現実
法改正は建て替えの合意形成を容易にする効果がありますが、最大の課題は費用面です。近年の建築資材や人件費の高騰により、マンション建て替えにかかる区分所有者の平均負担額は約2,000万円を超えるとされています。
建て替えに際しては、既存の建物の解体費用に加え、新たな建物の建築費が必要です。容積率に余裕がある場合は、新たに増えた住戸の売却益で費用を賄う「等価交換方式」が可能ですが、すでに容積率を使い切っているマンションでは、住民が全額を負担しなければなりません。
2025年時点の試算では、1戸あたり2,000万円の負担で建て替えが実現可能なマンションは、関東で約0.7%、関西で約0.3%にとどまるという調査結果もあります。地方ではさらに厳しい状況です。
合意形成の実態
これまでの建て替え実績を見ると、2025年3月末時点で建て替えが完了したマンションは全国でわずか323件、約2万6,000戸にすぎません。全国のマンションストック約713万戸に対し、わずか0.4%程度です。
決議要件が80%から75%に下がっても、数千万円の負担に同意できない所有者が一定数いる限り、合意形成は容易ではありません。特に年金生活の高齢者にとって、2,000万円を超える追加負担は現実的に不可能なケースが多いのが実情です。
注意点・展望
「長寿命化」という現実的な選択肢
建て替えが困難なマンションにとって、より現実的な対策は適切な管理による建物の長寿命化です。国土交通省は「管理計画認定制度」を設けており、適切な長期修繕計画と修繕積立金の確保を促しています。
2024年6月には「マンションの修繕積立金に関するガイドライン」が改定され、段階増額方式の場合でも当初の積立額が均等方式の0.6倍以上であることが求められるようになりました。計画的な修繕を行えば、築60年以上の使用も十分に可能とされています。
今後の見通し
法改正は万能の解決策ではありませんが、多様な選択肢を提供する点で大きな前進です。建て替え以外にも「敷地売却」や「建物取壊し」という出口が用意されたことで、老朽化マンションの所有者が取り得る戦略の幅は確実に広がります。
今後は、各自治体での具体的な運用や支援策の整備が鍵となります。建築費の助成制度や、高齢者向けの住み替え支援と組み合わせることで、法改正の実効性を高めることが求められます。
まとめ
2026年4月施行の改正法により、マンション建て替えの決議要件が一定条件下で「5分の4」から「4分の3」に緩和されます。所在不明区分所有者の除外制度や、建て替え以外の再生手法の拡充も重要な改善点です。
しかし、建築費の高騰や高齢住民の費用負担能力という根本的な課題は残ります。法改正を生かすためには、適切な管理による長寿命化を進めつつ、将来の選択肢を確保する準備が不可欠です。マンション管理組合は、今回の法改正を契機に、長期修繕計画の見直しや修繕積立金の適正化に取り組むことが重要です。
参考資料:
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