経産省が育てる「次の次の飯の種」6つの技術分野とは
はじめに
人工知能(AI)や核融合といった先端技術が世界的な注目を集める中、経済産業省は「その次」を見据えた動きを本格化させています。2040年以降の日本の基幹産業を担う「フロンティア領域」として、6つの事業分野の実用化を後押しする計画が動き始めました。
これらは「次の次の飯の種」と表現される技術群です。将来性は高いものの、巨額の設備投資が必要で民間企業単独では投資が進みにくい分野に対し、国が旗振り役となって社会実装につなげようとしています。この記事では、経産省が選定したフロンティア技術の全貌と、日本の産業戦略における位置づけを解説します。
フロンティア領域とは何か
定義と選定基準
「フロンティア領域」とは、日本の将来を担う先端技術領域として経済産業省が定義した概念です。以下の5つの観点から選定されています。
- 将来性:市場拡大や社会課題解決への貢献が期待できる
- 技術・アイディアの革新性:従来技術では実現できない価値を生み出す
- 日本の優位性:国内に技術的基盤や人材が存在する
- 民間のみで取り組む困難性:巨額投資や長期開発が必要
- 重要経済安保技術:経済安全保障上の重要性が高い
なぜ国が主導するのか
フロンティア領域の技術は、将来的にビジネス拡大につながる期待がある一方で、実用化までに長い時間と莫大な資金を要します。民間企業単独では投資判断が難しく、他国との競争に後れを取るリスクがあります。
経産省の有識者会議は、「国が旗振り役となって社会実装につなげ、新たな価値を生み出し、国富を拡大していく必要がある」と指摘しています。
6つのフロンティア技術
フロンティア育成事業の開始
2025年5月、NEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)は「フロンティア育成事業」を開始しました。2040年以降の新産業創出を目指し、以下の領域で研究開発を推進しています。
1. 高温超電導
高温超電導は、従来の超電導技術よりも高い温度で電気抵抗ゼロの状態を実現する技術です。電力損失のない送電や、強力な電磁石への応用が期待されています。
フロンティア育成事業では「産業用高温超電導電磁石開発に資する集合導体化技術の開発」が研究課題として設定され、3件のテーマが採択されました。核融合炉や医療用MRI、リニアモーターカーなど、幅広い産業への応用が見込まれています。
2. パワーレーザー
パワーレーザーは、高出力のレーザー光を産業用途に活用する技術です。加工、通信、計測など多様な分野での応用が期待されています。
「産業用パワーレーザー開発に資する光学材料およびデバイスの開発」が研究課題として設定され、3件のテーマが採択されました。日本は光学技術で世界的な競争力を持っており、この強みを活かした産業創出が狙いです。
3. 天然水素
天然水素は、地下で自然に生成される水素資源です。米国エネルギー高等研究計画局(ARPA-E)や国際エネルギー機関(IEA)でも世界的に注目されています。
「天然水素の生成増進・回収実現に向けた研究開発」が研究課題として設定され、5件のテーマが採択されました。九州大学と九州電力は、九州地域の天然水素資源の実用化に向けた研究開発を開始しています。
地下深部での生成・移動・集積メカニズムの詳細はまだ解明されていませんが、将来的な低炭素水素の供給源としての可能性が期待されています。
4. 核融合(フュージョンエネルギー)
核融合は、太陽のエネルギー源と同じ原理を利用した発電技術です。燃料となる重水素は海水から得られ、二酸化炭素を排出しないクリーンエネルギーとして期待されています。
「国家戦略技術」の一つとして位置づけられ、ブランケット技術やトリチウム回収・再利用技術の開発が進められています。発電への活用が実現すれば、国内のエネルギー自給率の大幅な向上につながります。
5. 量子技術
量子コンピューターや量子通信など、量子力学の原理を活用した技術群です。生成AIの普及で急拡大が見込まれる電力需要の削減にも貢献すると期待されています。
経産省は2026年度税制改正で、量子分野の研究開発をする企業への税優遇拡充を要望しています。
6. Web3.0(次世代インターネット)
ブロックチェーン技術を基盤とした次世代インターネットの概念です。分散型のデジタル経済圏の構築に向けた技術開発が進められています。
「国家戦略技術」としての位置づけ
6分野の重点支援
政府は経済安全保障上の重要性が高い技術を「国家戦略技術」として新たに指定する方針です。AI、バイオ、核融合など6分野を指定し、研究予算の配分や税制上の優遇措置を重点的に講じます。
具体的な6分野は以下の通りです。
- AI・デジタル関連技術
- バイオ・ヘルスケア関連技術
- フュージョンエネルギー(核融合)関連技術
- 宇宙関連技術
- 農業・食料関連技術
- 資源・エネルギー安全保障関連技術
予算規模の拡大
経済産業省の2026年度予算総額は、前年度当初比約5割増の3兆693億円となりました。最先端半導体やAI関連に計1兆2,390億円を計上し、前年度当初の3.7倍と大幅に増加しています。
「AI・半導体産業基盤強化フレーム」に基づき、2030年度までの7年間に10兆円以上の公的支援を行い、10年間で50兆円を超える官民投資を促す計画です。約160兆円の経済波及効果を見込んでいます。
研究開発の現状
採択テーマの状況
フロンティア育成事業では、2025年度の公募で合計11件のテーマが採択されました。内訳は高温超電導3件、パワーレーザー3件、天然水素5件です。
大学や研究機関、民間企業が連携して研究開発を進めており、基礎研究から社会実装までの一貫した支援体制が構築されています。
先端材料への注目
化学工業日報によると、経産省はフロンティア領域に先端材料など6技術を特定しているとの報道もあります。素材産業は日本が国際競争力を持つ分野であり、今後の展開が注目されます。
今後の展望
第7期科学技術・イノベーション基本計画
2026年度から始まる第7期科学技術・イノベーション基本計画(〜2030年度)では、これらのフロンティア技術が重点分野として位置づけられる見込みです。2026年3月に総合科学技術・イノベーション会議からの答申が予定されています。
技術革新のスピード加速
生成AIや機械学習の進歩により、基礎研究の成果から社会実装までの時間軸が急速に早まっています。フロンティア領域の技術も、従来の想定より早く実用化される可能性があります。
国際競争への対応
米国、中国、欧州各国も同様の分野に巨額投資を行っており、国際競争は激化しています。日本が技術的優位性を確保・維持するためには、継続的な投資と産学官連携の強化が不可欠です。
まとめ
経済産業省が推進する「フロンティア領域」は、AIや核融合の先にある「次の次の飯の種」として位置づけられています。高温超電導、パワーレーザー、天然水素など6つの技術分野は、2040年以降の日本の基幹産業を担う可能性を秘めています。
民間企業単独では取り組みにくいこれらの分野に対し、国が旗振り役となって研究開発と社会実装を後押しする体制が整いつつあります。世界的な技術競争が激化する中、日本の産業競争力を維持・向上させるための重要な戦略として、今後の展開が注目されます。
参考資料:
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