行政手続きのネット申請が1年で6倍に急拡大した背景
はじめに
子育てや転居、介護といった人生の節目で必要になる行政手続きが、大きな転換期を迎えています。これまで「役所に行かなければできない」と思われていた各種申請が、スマートフォンやパソコンから手軽に行えるようになり、その利用率がわずか1年で約6倍に急増しました。
この背景には、マイナンバーカードの普及やデジタル庁・総務省が推進する自治体DX施策があります。全国の自治体が競うように利便性の向上に取り組んでおり、住民の生活に直結する変化が起きています。本記事では、行政手続きのオンライン化がなぜ急速に進んでいるのか、具体的な事例や今後の課題とあわせて解説します。
電子申請の利用が急拡大している現状
オンライン化の推進状況
総務省やデジタル庁は、地方自治体が優先的にオンライン化すべき手続きとして59の行政手続きを指定しています。これには転出届、要介護認定の申請、保育施設の利用申し込み、児童手当の申請などが含まれます。
汎用的な電子申請システムを導入済みの市区町村は1,079団体(全体の62%超)に達し、1年間で347団体が新たに導入しました。さらに170団体以上が導入を予定しており、システム整備の裾野は急速に広がっています。
全国65を超える市町村で住民のオンライン利用率が50%を超えるなど、「整備はしたが使われない」という従来の課題を克服しつつある自治体も増えています。
マイナポータル「ぴったりサービス」の拡充
オンライン申請の基盤となっているのが、マイナポータル内の「ぴったりサービス」です。これは住民がマイナンバーカードを使って、子育て・介護・引越しなどに関する行政手続きをインターネット上で検索・申請できるサービスです。
マイナンバーカードの保有率は国民の75%(約9,308万枚)に達しており、このインフラの普及が電子申請の利用拡大を下支えしています。特に2023年2月に開始された「引越しワンストップサービス」により、転出届のオンライン提出が全国すべての自治体で可能になったことは、利用率を大きく押し上げた要因の一つです。
先進自治体に学ぶ具体的な取り組み
介護認定のデジタル化―山口県宇部市の事例
山口県宇部市は、介護保険に関する手続きの電子申請を積極的に進めている自治体の一つです。同市では「logoフォーム」を活用した電子申請サービスを導入し、要介護認定の申請や進捗確認をスマートフォンやパソコンから行えるようにしました。
従来、要介護認定の申請には窓口での書類提出が必要で、高齢者やその家族にとって大きな負担でした。オンライン化により、時間や場所を選ばず申請が可能になり、さらにデジタル技術を活用した訪問調査業務の効率化により、申請から認定までの期間短縮も実現しています。
子育て手続きのスマホ対応―保育所申請のオンライン化
子育て関連の手続きでも、オンライン化が急速に進んでいます。横浜市では令和7年度からマイナポータル(ぴったりサービス)を利用した保育所等利用のオンライン申請を開始しました。従来は平日に窓口を訪れる必要があった保育施設の利用申し込みが、スマートフォンから24時間いつでも提出できるようになっています。
同様の取り組みは全国に広がっており、船橋市、吹田市、福岡市など多くの自治体が保育所等のオンライン手続きを導入しています。妊娠届の提出や児童手当の申請についても、オンラインで完結できる自治体が増えています。
「書かない窓口」とフロントヤード改革
オンライン申請と並んで注目されているのが、「書かないワンストップ窓口」の取り組みです。これは来庁者が申請書に記入することなく、職員が対話を通じて必要な情報を聞き取り、システムに直接入力することで手続きが完了する仕組みです。
2023年2月時点で全国304団体(17.5%)が「書かない窓口」を導入しており、総合窓口を設置した自治体も272団体(15.6%)に上ります。総務省は2026年度までにフロントヤード改革に取り組む自治体を300団体に拡大する目標を掲げており、オンラインと対面の双方で住民サービスの向上が図られています。
残された課題と今後の展望
デジタルデバイドへの対応
電子申請の利用が急拡大する一方で、デジタル機器の操作に不慣れな高齢者や、端末を持たない住民への対応は依然として大きな課題です。電子申請をしない理由の第1位は「オンラインで申請できること自体を知らなかった」という認知不足であり、システムの整備だけでなく周知活動の強化が求められます。
先進的な自治体では、デジタルサポーター制度の導入や、地域ボランティアによる個別支援、スマートフォン教室の開催など、デジタルデバイド解消に向けた取り組みが進んでいます。石川県加賀市では端末購入助成と使い方教室を組み合わせた支援を行い、東京都渋谷区では端末貸与と「なんでもスマホ相談」を開催するなど、各地でさまざまな工夫が見られます。
2026年度に向けた本格展開
デジタル庁は、出生届についてマイナポータルから戸籍情報連携システムを介したオンライン届出ができる環境を2026年度を目途に整備する方針を示しています。また、2025年度までに全地方公共団体で標準準拠システムへの移行が予定されており、自治体間のシステム統一が進むことで、引越し先でも同じ操作感で手続きが行えるようになると期待されます。
2025年4月から一部自治体でのパイロット運用が始まり、2026年9月からの本格運用に向けた準備が着々と進んでいます。行政手続きのデジタル化は、もはや一部の先進自治体だけの取り組みではなく、全国規模の変革へと発展しつつあります。
まとめ
行政手続きのオンライン申請がわずか1年で6倍に急拡大した背景には、マイナンバーカードの普及、マイナポータルの機能拡充、そして全国の自治体による利便性向上への取り組みがあります。転出届や要介護認定の申請、保育所の利用申し込みなど、生活に密着した手続きがスマートフォンから完結できる時代が到来しています。
今後は、デジタルデバイドの解消と利用率のさらなる向上が鍵となります。オンライン手続きが可能であることを知らない住民への周知や、高齢者への丁寧なサポート体制の整備が不可欠です。「役所に行かなくてもいい」という選択肢が、すべての住民にとって当たり前になる日は、すぐそこまで来ています。
参考資料:
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