電子図書館が全国に急拡大、自治体導入5年で4倍の背景
はじめに
全国の自治体で電子図書館の導入が加速しています。2019年時点では約90自治体にとどまっていた導入数は、2024年には550を超え、2026年1月時点では611自治体、全体の34.2%に達しました。わずか5年で約4倍という急速な普及です。
背景には、コロナ禍で高まった非来館型サービスへのニーズに加え、全国で書店が消えていく深刻な現実があります。書店が1店舗もない自治体は全国の27.7%にのぼり、住民が本にアクセスする手段そのものが失われつつあります。電子図書館は、こうした地域間の情報格差を埋める重要なインフラとして注目されています。
この記事では、電子図書館の普及状況と、先進事例として注目される長野県の取り組み、そして今後の課題について解説します。
電子図書館の普及が加速した理由
コロナ禍が転機に
電子図書館の導入が一気に進んだ最大の契機は、2020年以降の新型コロナウイルス感染症の拡大です。全国の図書館が臨時休館を余儀なくされる中、来館しなくても本を借りられる電子図書館の価値が再認識されました。
2019年に約90自治体だった導入数は、コロナ禍を経て2023年4月に501自治体、2024年4月に550自治体と急増しました。スマートフォンやタブレットから24時間365日、いつでも電子書籍を借りて読めるという利便性が、多くの自治体に導入を決断させました。
書店ゼロ自治体の増加
もう一つの大きな要因が、書店の減少です。出版文化産業振興財団の調査によると、2024年3月時点で書店が1店舗もない自治体は全国1,741市区町村のうち482にのぼります。沖縄県では56.1%、長野県では53.2%、奈良県では51.3%の市町村が書店ゼロとなっています。
物理的な書店も図書館もない地域では、住民が新しい本に出会う機会そのものが失われます。電子図書館は、こうした「本のない街」に住む人々にとって、唯一の読書インフラとなるケースも増えています。
制度面の後押し
読書バリアフリー法の制定やGIGAスクール構想による教育のICT化も、電子図書館の普及を後押ししています。文字の拡大や音声読み上げ機能を備えた電子書籍は、視覚障害のある方や高齢者にとっても利用しやすいサービスです。
さらに、政府の「デジタル田園都市国家構想総合戦略」においても、デジタルを活用した図書館などの社会教育施設の活用促進がうたわれており、各自治体で導入の機運が高まっています。
長野県「デジとしょ信州」の先進モデル
全国唯一、県内全域をカバー
長野県は2022年8月、県と県内全77市町村の協働による電子図書館「デジとしょ信州」のサービスを開始しました。自治体が協働で電子図書館を運営する取り組みは全国初であり、県内全域をカバーする電子図書館も全国で唯一です。
この仕組みが生まれた背景には、長野県特有の事情があります。県内には財政規模の小さい市町村が多く、単独での電子図書館導入は予算面だけでなく運用上の負担が大きいという課題がありました。アンケートでは、回答した図書館の9割以上が「予算の確保」を課題に挙げていたといいます。
費用を分担する協働モデル
「デジとしょ信州」の特徴は、費用と運営の両面で協働する仕組みにあります。市町村はそれぞれの住民数に応じて電子書籍の購入費を分担し、県はサービス提供の基盤的経費を負担します。
運営面では、運営委員会に「利用登録」「選書」「利用者支援・広報」「システム」の4つの部会を設け、各自治体の図書館職員が分担して運営にあたっています。2021年8月にワーキンググループを設置し、8か月間に50回以上のミーティングを重ねて実現にこぎつけました。
小規模自治体での活用
人口400人規模の生坂村のように、リアルの図書館を持たない小規模自治体にとって、電子図書館の意義は特に大きいものがあります。こうした自治体では、郷土資料のデジタル化を進め、地域の歴史や文化を電子書籍として保存・公開することで、観光振興にもつなげる取り組みが始まっています。
「デジとしょ信州」では、参加自治体が著作権を持つ資料や地域資料を電子書籍化し、共通の本棚に並べることも可能です。地域資料のアーカイブ化が進むことで、その地域の文化や歴史を広く発信できるようになります。
電子図書館サービスを支える企業
印刷会社が主導するプラットフォーム
電子図書館の普及を技術面で支えているのが、大日本印刷(DNP)グループを中心とした「LibrariE & TRC-DL」です。このサービスは、DNP、図書館流通センター(TRC)、KADOKAWA、講談社、紀伊國屋書店などが出資する日本電子図書館サービス(JDLS)が提供しています。
導入自治体数は350件を突破し、日本の総人口の約54%が利用可能な規模に成長しました。クラウド型のサービスで、電子書籍の選書・購入から貸出管理、ライセンス管理、予算管理まで一貫してサポートする点が、自治体にとって導入のハードルを下げています。
コンテンツの充実
DNPグループのモバイルブック・ジェーピーが、文芸・ビジネス・語学・専門書を中心に約25,000タイトルを用意しています。文字拡大や反転表示、自動ページ送り、音声読み上げなどのアクセシビリティ機能も充実しており、バリアフリーへの対応も進んでいます。
注意点・展望
コンテンツ不足という課題
電子図書館の普及が進む一方で、課題も残されています。最大の問題はコンテンツの不足です。横浜市でも電子書籍は全蔵書の約0.4%にとどまっており、紙の書籍と比較すると圧倒的に少ないのが現状です。
図書館側からは「新刊コンテンツが提供されにくい」「コンテンツの価格が高い」「ベストセラーが提供されない」といった声が上がっています。出版社側の権利処理や価格設定の問題もあり、紙の図書館と同等の蔵書を揃えるにはまだ時間がかかる見通しです。
今後の見通し
2026年1月時点で全自治体の34.2%が導入済みですが、裏を返せばまだ約3分の2の自治体が未導入です。特に財政基盤の弱い小規模自治体では、長野県のような広域連携モデルが有効な選択肢になります。
学校教育との連携も今後の重要なテーマです。公立図書館の電子書籍サービスのIDを児童生徒に一括発行する取り組みが大阪府東大阪市や北海道帯広市などで始まっており、GIGAスクール構想で1人1台の端末が行き渡った環境を生かした活用が期待されています。
まとめ
電子図書館の導入自治体数は5年間で約4倍に急増し、611自治体が導入するまでに広がりました。コロナ禍を契機とした非来館型サービスへのニーズ、書店ゼロ自治体の増加による情報格差への危機感、そして制度面の後押しが重なった結果です。
長野県の「デジとしょ信州」は、77市町村と県が費用と運営を分担する協働モデルとして、特に小規模自治体にとって参考になる事例です。コンテンツの充実という課題は残るものの、電子図書館は「本のない街」に住む人々と情報をつなぐ、重要な社会インフラとしての役割を担いつつあります。
参考資料:
- 電子図書館(電子書籍サービス)実施図書館(2025年10月01日) - 電子出版制作・流通協議会
- デジとしょ信州(市町村と県による協働電子図書館) - 県立長野図書館
- 市町村と県による協働電子図書館「デジとしょ信州」基本資料 - 県立長野図書館
- 長野県内全77市町村が主体となった協働事業「デジとしょ信州」 - デジタル田園都市国家構想
- 「書店ゼロ」自治体は27% 沖縄・長野・奈良は過半に - 日本経済新聞
- 電子図書館サービスを導入する”メリット”とは? - 図書館流通センター
- 2024年度 公立図書館における電子図書館サービスに関する実態調査報告書 - 全国公共図書館協議会
- 図書館・学校図書館におけるデジタル活用の概況と今後の運営充実に向けて - 文部科学省
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