三井海洋開発、海上で「低炭素原油」生産へCO2回収技術を実用化
はじめに
三井海洋開発(MODEC)が海上での「低炭素原油」生産に向けた技術開発に乗り出します。ノルウェーのエネルギー企業と共同技術開発契約を結び、原油を採取する洋上の専用船にCO2回収装置を搭載する計画です。
世界的な脱炭素の潮流の中、原油は「悪者」とみなされがちです。しかし現実には、再生可能エネルギーへの完全移行には相当な時間を要します。その移行期において、少しでもCO2排出を抑えた原油を生産するという発想は、現実的かつ重要なアプローチといえます。本記事では、三井海洋開発の取り組みと、その技術的背景について解説します。
三井海洋開発の新技術
洋上でのCO2回収・貯留
三井海洋開発は、「浮体式生産貯蔵積出設備」(FPSO)と呼ばれる原油採取船に高効率な発電設備とCO2回収装置を搭載する技術開発を進めています。2026年1月26日、ノルウェーのエネルギー企業エルド・エナジーと共同技術開発契約を締結しました。
この技術の特徴は、原油生産の現場で排出されるCO2を大気中に放出する前に回収し、その場で貯留するという点です。従来、洋上での原油生産に伴うCO2は大気中に放出されていましたが、この技術により排出量を大幅に削減できます。
データセンター並みの電力消費を削減
FPSOの操業には膨大な電力が必要です。海底油田から原油を汲み上げ、水やガスを分離し、タンカーに積み込むまでの一連のプロセスは、データセンター並みの電力を消費するとされています。
三井海洋開発は、この電力消費に伴うCO2排出を削減するため、複数のアプローチで技術開発を進めています。コンバインドサイクル発電システムの導入、フレアガス(廃棄されていたガス)の回収と活用、そしてCO2回収装置の搭載がその柱です。
FPSOとは何か
洋上の原油生産工場
FPSOは「Floating Production Storage and Offloading」の略で、日本語では「浮体式生産貯蔵積出設備」と訳されます。簡単にいえば、船に原油生産設備と貯蔵タンクを搭載した「洋上の原油生産工場」です。
新規油田の開発が陸上から海へ、浅海から深海へと拡大する中で、FPSOの重要性は高まっています。海底のパイプラインを陸上まで引く必要がなく、必要な海域に移動して操業できる柔軟性が大きな利点です。
三井海洋開発の世界的地位
三井海洋開発は、FPSO分野で世界トップクラスの企業です。オランダのSBMオフショアとともに世界2強の地位を占め、日本国内では唯一のFPSO専業企業となっています。
同社の特徴は、売上げのほぼ100%が海外事業であること、そして従業員の94.1%が外国籍というグローバル企業であることです。主にブラジル、西アフリカ、東南アジアの海底油田開発プロジェクトに携わっています。
脱炭素化への技術的アプローチ
コンバインドサイクル発電の採用
三井海洋開発が進めるFPSO脱炭素化の柱の一つが、コンバインドサイクル発電システムの採用です。これはガスタービン発電と蒸気タービン発電を組み合わせた複合発電方式で、従来方式より大幅に高い熱効率を実現します。
従来型の火力発電の熱効率が40%強であるのに対し、最新のコンバインドサイクル発電は約59%の熱効率を達成しています。これにより化石燃料の使用量を減らし、CO2排出量を抑制できます。三井海洋開発のFPSO「Raia」は、このシステムを搭載したフル電動FPSOとして注目されています。
アミン吸収法によるCO2回収
CO2回収には「アミン吸収法」という技術が用いられます。これは化学吸収剤(アミン)を使ってCO2を選択的に吸収・分離する方法で、陸上の発電所などで実績のある技術です。
三井海洋開発は、自社のFPSOにおいて脱硫や随伴ガス処理でアミン吸収法の適用実績を持っています。この技術をCO2回収に応用し、ライセンサーと共同で実際の案件への先行採用を進めています。
エネルギー転換期の現実解
「低炭素原油」という発想
世界的な脱炭素の潮流の中で、原油産業は厳しい視線を向けられています。しかし現実には、石油製品は輸送燃料、化学製品原料、プラスチックなど、私たちの生活に深く根付いています。再生可能エネルギーへの完全移行には、技術開発、インフラ整備、コスト低減など、多くの課題を克服する必要があります。
三井海洋開発が目指す「低炭素原油」は、この移行期における現実的な解決策です。原油の使用そのものをゼロにすることは困難でも、生産過程でのCO2排出を最小限に抑えることは可能です。
天然ガスへのシフト
三井海洋開発の中期経営計画2024-2026では、Gas-FPSOへの注力も掲げられています。石炭と比較してCO2排出量が少ない天然ガスは、脱炭素への移行期において重要な役割を果たすと考えられています。
同社は洋上のガス田開発に使われる「FLNG(浮体式LNG生産設備)」や、ガス処理能力の高いFPSOの受注にも力を入れています。原油からガスへのシフトも、エネルギー転換期の一つの方向性といえます。
注意点・展望
技術的・経済的課題
洋上でのCO2回収・貯留には、いくつかの課題もあります。まず、限られた船上スペースにCO2回収装置を搭載するための技術的工夫が必要です。また、回収したCO2を海底に貯留するためのインフラ整備も求められます。
経済的な観点では、設備投資コストの増加が原油生産コストに跳ね返る可能性があります。カーボンプライシング(炭素価格付け)制度が普及すれば、低炭素原油の競争力は高まりますが、制度の整備状況は国や地域によって異なります。
業界への波及効果
三井海洋開発の取り組みが成功すれば、FPSO業界全体に波及する可能性があります。石油メジャーや産油国は、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の観点から、CO2排出量の少ない原油生産に関心を高めています。
また、商船三井が三井海洋開発を持分法適用関連会社化したことで、両社の技術・ノウハウを組み合わせた新たな展開も期待されています。脱炭素時代のオフショア事業の発展に向けた連携が進む見込みです。
まとめ
三井海洋開発は、ノルウェーのエネルギー企業との共同技術開発により、海上での「低炭素原油」生産に挑戦します。FPSOにCO2回収装置を搭載し、原油生産の現場で排出されるCO2を回収・貯留するという画期的なアプローチです。
脱炭素への完全移行には時間がかかる中、移行期における現実的な解決策として注目されます。三井海洋開発の技術力と、世界のエネルギー企業との連携により、「低炭素原油」が新たな市場を形成する可能性があります。エネルギー転換期の現実解として、この取り組みの進展を見守りたいところです。
参考資料:
関連記事
Jパワー社長に加藤氏、脱炭素と経営若返りへ
Jパワーが加藤英彰常務の社長昇格を発表。菅野社長の健康上の理由による退任を受け、脱炭素計画の推進と大間原発の見通しなど、新体制の課題を解説します。
パナソニックがドイツで暖房販売倍増、tado提携の全貌
パナソニックがドイツでヒートポンプ式温水暖房機の販売を倍増させた背景を解説。独スタートアップtadoとの資本業務提携やスマート制御技術の活用戦略を詳しく紹介します。
パナソニック欧州ヒートポンプ戦略を率いる32歳の挑戦
パナソニックの欧州ヒートポンプ暖房事業で、32歳の若手社員がドイツtado°との提携を主導。日本の製造業における若手登用の新たなモデルケースを解説します。
東京電力の垂直提携戦略、通信・電機との資本提携で再建を目指す
東電小早川社長が通信・電機業界との垂直型資本提携を視野に入れた再建計画を表明。事業切り売りせず、需要家を含む異業種との提携で企業価値向上を図る新戦略とは。
東電、通信・電機など異業種との資本提携を視野に
東京電力が2026年1月26日に公表した第五次総合特別事業計画で、エネルギー業界に限らず通信や電機など異業種との資本提携を検討。小早川社長は「垂直提携」の可能性に言及し、外部資本の公募に近い形で提携先を募集する方針を明らかにした。
最新ニュース
ビットコイン7万ドル台急落、テック株売りが暗号資産に波及
ビットコインが約1年3カ月ぶりの安値となる7万2000ドル台に急落しました。米ハイテク株の売りが暗号資産市場に波及した背景と、MicroStrategyの含み損問題について解説します。
日銀の量的引き締め出遅れと円安の関係を解説
日銀のマネタリーベース縮小が米欧に比べ緩やかな理由と、それが円安に与える影響について解説します。FRB新議長候補ウォーシュ氏の金融政策姿勢にも注目が集まっています。
書店600店の在庫を一元化|返品率30ポイント削減の新システム
紀伊国屋書店、TSUTAYA、日販が出資するブックセラーズ&カンパニーが、56社603店の在庫を横断管理するデータベースを始動。返品率6割減を実現した事例と、出版業界の構造改革を解説します。
中国海警局の尖閣周辺活動が過去最多に、日中の緊張続く
2025年、中国海警局の船舶が尖閣諸島周辺の接続水域に357日出没し過去最多を更新。日本の対応策と偶発的衝突防止の課題を解説します。
中国の土地売却収入がピーク比半減、地方財政に深刻な打撃
中国の地方政府の土地売却収入が2025年も前年比14.7%減少し4年連続の減少を記録。ピークの2021年から52%減となり、不動産不況が地方財政を圧迫し続けています。