沖縄知事が台湾有事めぐり対中関係の現実を問う発言
はじめに
2026年2月23日、沖縄県の玉城デニー知事は那覇市内で開催されたイベントにおいて、台湾有事をめぐる日本の外交姿勢について注目すべき発言を行いました。中国を念頭に「他の国ともめ事を起こして本当に国としてやっていけるのか」と問いかけたのです。
知事は日本の食料自給率の低さや、中国との貿易額の大きさを理由に挙げました。この発言は、高市早苗首相の台湾有事をめぐる国会答弁以降、緊張が続く日中関係の中で飛び出したものです。安全保障と経済的相互依存の間で揺れる日本の現状を、沖縄の視点から鋭く突いた形となりました。
発言の背景にある日中関係の緊迫化
高市首相の「存立危機事態」答弁が引き金に
玉城知事の発言を理解するには、2025年11月以降の日中関係の急速な悪化を振り返る必要があります。高市早苗首相は2025年11月7日の衆議院予算委員会で、中国が台湾に武力行使した場合について「存立危機事態になり得る」と答弁しました。これは、歴代政権が特定の地域を名指しすることを避けてきた従来の方針から大きく踏み込んだ発言でした。
中国はこの答弁に強く反発しました。王毅外相は「日本の現職指導者が公然と中国の領土主権に挑戦した」と批判し、国営メディアを通じて激しい非難キャンペーンを展開しました。日中関係は「2025-2026年日中外交危機」とも呼ばれる深刻な状態に陥っています。
沖縄が直面する安全保障の最前線
こうした緊張の高まりの中で、沖縄は地理的に最も影響を受ける地域です。台湾から約110キロメートルに位置する与那国島をはじめ、南西諸島は有事の際に最前線となる可能性があります。政府は南西諸島への自衛隊配備を加速させており、石垣島や宮古島には地対艦・地対空ミサイル部隊が配備されました。
2025年には防衛大臣が与那国島を視察し、中距離地対空誘導弾の配備計画を説明しています。さらに、射程1,000キロメートル超の12式地対艦誘導弾の2026年度からの配備も決定されています。玉城知事はこの長距離ミサイルの沖縄配備に反対の意向を示しており、軍事的緊張の高まりに対する懸念を繰り返し表明してきました。
玉城知事のこれまでの姿勢
玉城知事は以前から台湾有事に関する独自の立場を示してきました。2025年11月には高市首相の答弁について「戦争を引き起こすきっかけを与えてはいけない」と述べ、日中共同声明に基づく冷静な対応と平和的外交を求めました。2023年には訪中も実施しており、地域間交流を通じた対話の重要性を訴えてきた経緯があります。
経済的相互依存が突きつける現実
カロリーベース38%の食料自給率
玉城知事が指摘した食料自給率の問題は、日本の構造的な課題です。農林水産省が公表した2024年度(令和6年度)の食料自給率は、カロリーベースで38%にとどまっています。これは4年連続で同水準であり、主要先進国の中で最も低い水準です。
政府は2030年度までにカロリーベースの食料自給率を45%に引き上げる目標を掲げていますが、達成への道筋は不透明です。主食用米の消費量増加などプラス要因がある一方で、小麦の生産量減少や大豆・野菜・魚介類の生産量減少というマイナス要因が重なっています。有事の際に食料輸入が滞れば、国民生活に直結する深刻な影響が想定されます。
年間44兆円を超える日中貿易
日中間の経済的結びつきの深さも、知事の発言を裏付けるデータとして重要です。日本貿易振興機構(ジェトロ)の統計によると、2024年の日中貿易総額は約44兆1,680億円に達しました。中国は日本にとって最大の貿易相手国であり続けています。
特に注目すべきは、半導体製造装置などハイテク分野での相互依存です。日本の対中輸出において、半導体関連機器は2024年に前年比28.1%増と大幅に伸びています。一方で日本は中国からレアアースをはじめとする重要資源を輸入しており、経済関係の断絶は双方に甚大な損害をもたらすことになります。
沖縄経済への影響
沖縄にとって、中国との関係悪化は観光業をはじめとする地域経済に直接的な打撃となります。コロナ禍からの回復途上にある沖縄観光にとって、アジアからのインバウンド需要は不可欠な要素です。安全保障上の緊張が高まれば、観光客の減少だけでなく、物流の混乱や投資の冷え込みといった波及効果も懸念されます。
注意点・今後の展望
玉城知事の発言に対しては、さまざまな評価があることも押さえておく必要があります。経済的合理性を重視する立場からは一定の理解が示される一方で、安全保障の観点からは「経済的依存を理由に主権や安全を妥協すべきではない」という批判もあります。台湾メディアからは知事の姿勢に対して「親中的」との指摘も出ています。
今後の焦点は、2026年に予定される沖縄県知事選挙にも向かいます。基地問題や安全保障政策をめぐる県民の意思が改めて問われることになるでしょう。また、政府が公表した先島諸島の住民約12万人の避難計画についても、輸送手段の確保や要支援者への対応など、実効性に疑問が呈されています。6日間で完了するとされる計画は、必要な航空機数が日本の航空会社の総保有数を超えるなど、現実的な課題が山積しています。
安全保障と経済の両立は、沖縄だけでなく日本全体が直面する難問です。軍事的抑止力の強化と外交的対話の推進を、どうバランスよく進めていくかが問われています。
まとめ
玉城デニー知事の「他国ともめてやっていけるのか」という問いかけは、食料自給率38%、日中貿易額44兆円超という数字に裏打ちされた、経済的現実からの警鐘です。高市首相の台湾有事発言以降、日中関係が緊迫する中で、有事の最前線となりうる沖縄からの発信として重みがあります。
安全保障と経済的相互依存の間でどのような道を選ぶのか。住民避難計画の実効性確保や南西諸島の防衛体制強化と合わせて、日本社会全体で冷静かつ多角的な議論が求められています。
参考資料
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