RIZAP湘南ベルマーレ売却が示すスポーツM&Aの教訓
はじめに
2026年2月20日、フィットネス大手のRIZAPグループは、サッカーJ2・湘南ベルマーレの全保有株式(発行済株式総数の50.002%)を、建設大手フジタを代表とする6社の共同出資者に譲渡すると発表しました。2018年の経営参画から約8年、「結果にコミットする」をスローガンに掲げたRIZAPは、スポーツクラブ経営においてはそのコミットを貫くことができませんでした。
この撤退劇の背景には、市民クラブとしてのアイデンティティと企業論理の衝突、6億円の資金貸付問題、そして9年ぶりのJ2降格という複合的な要因があります。本記事では、RIZAPの湘南ベルマーレ売却が浮き彫りにした「曖昧なM&A戦略」の限界と、企業によるスポーツチーム経営の本質的な課題について解説します。
RIZAPと湘南ベルマーレ:8年間の経営の軌跡
2018年の経営参画とその背景
RIZAPグループは2016年秋から湘南ベルマーレとの接触を開始し、2018年4月に三栄建築設計(現メルディア)と共同で経営権を取得しました。新会社「メルディアRIZAP湘南スポーツパートナー」を設立し、出資比率では三栄建築が50.05%を占めたものの、議決権ベースではRIZAPが100%を保有する形で連結子会社としました。
当時のRIZAPグループは「スポーツ分野」と「フード分野」を2大成長分野と位置づけ、3年間で10億円以上の戦略的投資を表明していました。選手育成・獲得、クラブハウスの充実、先端技術の導入など、RIZAPならではのコミットメントが期待されていたのです。
多角化M&Aの一環としての位置づけ
しかし、湘南ベルマーレへの投資は、RIZAPグループが推し進めていた大規模な多角化M&A戦略の一環に過ぎませんでした。同社はジーンズメイト、ワンダーコーポレーション、ぱど、堀田丸正など、業態の異なる企業を次々と買収。割安で買収した企業の「負ののれん」を利益として計上する手法で業績を膨らませていました。
この戦略は2019年に破綻し、最終赤字193億円という巨額の損失を計上する事態に陥ります。本業以外の企業を経営改善できないまま抱え込んだことで、RIZAPの経営資源は分散し、各事業に対する「コミット」の質が問われる状況になっていきました。湘南ベルマーレの経営もまた、こうした多角化の渦中に置かれていたのです。
J1での8年間とJ2降格
RIZAPの経営下で、湘南ベルマーレはJ1リーグに8シーズン在籍しました。しかし2025シーズン、クラブ史上初の開幕3連勝で一時首位に立ったものの、その後急速に失速。5月11日の東京ヴェルディ戦を最後に7連敗を含む19戦勝ちなしの泥沼にはまり、10月26日のアビスパ福岡戦で9年ぶりのJ2降格が確定しました。最終成績は8勝8分22敗の19位という厳しい結果に終わりました。
市民クラブと企業論理の深刻な衝突
眞壁前会長の電撃解任と経営対立
J2降格が決まった直後の2025年12月、湘南ベルマーレの運営に25年間携わってきた眞壁潔会長が電撃的に解任されました。元ベルマーレ選手でもあった坂本紘司社長も辞任に追い込まれ、新会長にはRIZAPグループの取締役である塩田徹氏が就任しました。
この人事は、地域密着型の市民クラブとしてのベルマーレの伝統と、親会社RIZAPの企業論理が真正面から衝突した結果でした。眞壁氏は週刊文春のインタビューで経営陣との対立の実態を赤裸々に語り、大きな波紋を呼びました。
6億円貸付問題の衝撃
対立の中で最も注目を集めたのが「6億円貸付問題」です。眞壁前会長の告発によれば、2025年に湘南ベルマーレからRIZAPグループに対して複数回にわたる短期貸付が行われていました。具体的には、3月に2.5億円(1か月、金利3%)、4月に1億円(2週間、金利3%)、7月に1億円(6日間、金利10%)、9月に1.5億円(1週間、金利10%)が貸し付けられており、合計で約6億円に上ります。
眞壁氏は「市民の皆さまからお預かりした大切な資金がRIZAPに使われていた」と強い問題意識を示しました。一方、RIZAP側は「グループ全体の資金効率を高める運用」であり、「クラブの安定運営に影響しない範囲の余剰資金」を一般的な金利(1〜3%)より有利な条件で運用したものと説明しています。しかし、市民クラブの資金が親会社の資金繰りに充てられていたという構図は、ファンや地域社会から強い批判を招きました。
「市民クラブ」と「連結子会社」の矛盾
この問題の根底にあるのは、湘南ベルマーレが持つ「市民クラブ」としての公共性と、RIZAPの「連結子会社」としての位置づけの根本的な矛盾です。企業グループ内の資金融通は一般的なビジネス慣行ですが、地域のファンやスポンサー、自治体から支援を受ける市民クラブにおいて同様の論理が通用するかは別問題です。
RIZAPは湘南ベルマーレを財務的には自社グループの一部として扱いましたが、クラブの本質的な価値はコミュニティとの結びつきにありました。この乖離が経営対立を深刻化させ、最終的な売却の引き金となったと考えられます。
新体制への移行とフジタの「帰還」
譲渡先6社の構成
株式の譲渡先は以下の6社で構成されています。
- 株式会社フジタ(14.720%):建設大手。1994年のJリーグ参入時の親会社
- 株式会社アマダ(14.720%):金属加工機械メーカー。地元企業
- 産業能率大学(5.520%):地域に根ざした教育機関
- 日本端子株式会社(4.000%):電子部品メーカー。地元企業
- 株式会社マッケンジーハウス(5.520%):地域企業
- Authense Holdings合同会社(5.520%):法律・税務・コンサルティング
特筆すべきは、フジタの復帰です。フジタは1994年のJリーグ参入時にベルマーレ(当時はベルマーレ平塚)の親会社であり、1999年に撤退して以来、実に27年ぶりの経営復帰となります。河野太郎衆議院議員も「今までライザップにJ1で8年間支えてもらいましたが、J2に降格したということもあり、体制を一新して。フジタがまた戻って来てくれた」と言及しています。
特定の親会社を持たない新体制
新体制では、特定の1社が過半数を握ることはなく、6社の共同出資による「独立した市民クラブ」としての再出発を目指しています。3月に開催予定の臨時株主総会で正式に新経営体制が決定される見通しです。
RIZAPグループは声明で「何が本当にベルマーレにとって最善の体制なのかを考え抜きました。歴史的背景を持ちベルマーレの理念を深く理解するフジタ様が、志をともにするパートナーの皆さまと手を取り合い、責任を持って経営を支えることこそが、クラブ再生への最短距離である」と説明しています。
注意点と今後の展望
RIZAP側の事情:chocoZAPへの経営資源集中
RIZAPグループにとって、湘南ベルマーレの売却は「選択と集中」の一環です。同社は低価格フィットネスジム「chocoZAP」を成長の柱と位置づけ、2026年3月末までに2,000店舗の出店を目指しています。中期経営計画では2026年3月期に連結営業利益300億円、翌期に400億円の達成を掲げており、スポーツクラブ経営という「非中核事業」に経営資源を割く余裕はなくなっていました。
かつて多角化の失敗で大きな痛手を負ったRIZAPが、今度は事業の絞り込みによって再成長を図ろうとしている姿は、同社のM&A戦略の転換点を象徴しています。
湘南ベルマーレの課題
一方、ベルマーレ側にも課題は山積しています。J2での再スタートにあたり、選手の流出防止、スポンサーの維持・拡大、新スタジアム構想の推進など、取り組むべきテーマは多岐にわたります。特定の親会社を持たない体制は経営の独立性を確保できる反面、大規模な投資判断を迅速に行うことが難しくなるリスクもあります。
企業スポーツ経営への示唆
今回のケースは、企業がスポーツチームを経営する際の本質的な課題を改めて浮き彫りにしました。Jリーグでは過去にも、日本テレビの東京ヴェルディからの撤退(2009年)やダイエーのヴィッセル神戸からの撤退(2003年)など、企業の経営判断によってクラブが翻弄される事例が繰り返されています。スポーツクラブは地域コミュニティの公共財としての側面を持つため、一般的なM&Aの論理だけでは経営が成り立たないという教訓が、今回も示されたといえるでしょう。
まとめ
RIZAPグループによる湘南ベルマーレの売却は、単なる一企業の撤退にとどまらず、日本のスポーツビジネスにおける企業とクラブの関係性を問い直す出来事です。「結果にコミットする」を掲げたRIZAPが、スポーツクラブという長期的なコミュニティ資産に対して十分にコミットしきれなかった背景には、多角化M&Aの限界、市民クラブの公共性への理解不足、そして本業への回帰という経営判断がありました。
フジタを中心とする新体制のもと、湘南ベルマーレが「独立した市民クラブ」として再生できるかどうかは、今後のJリーグ経営のモデルケースとなるでしょう。企業の論理とスポーツの公共性をいかに両立させるか。この問いに対する答えは、まだ見つかっていません。
参考資料
- RIZAPが湘南の経営から撤退…”元親会社”らへの株式譲渡を決断 - サッカーキング
- RIZAPがJ2湘南ベルマーレの経営から撤退!元親会社フジタら地元企業連合へ株式譲渡の全貌 - coki
- ライザップが湘南ベルマーレから撤退…売却発表前に起きていた「会長の電撃解任」「経営陣の対立」 - 文春オンライン
- 湘南ベルマーレから語られたこと。ライザップとの関係、眞壁潔氏辞任の理由、移籍金6億円の顛末 - フットボールチャンネル
- 湘南の新スタジアム建設へ動き!河野太郎議員「落合平塚市長に…」ライザップ撤退にも言及 - Football Tribe Japan
- RIZAPはなぜ多角化に失敗し、chocoZAPで復活できたのか? - note
- 湘南が9年ぶりに降格決定 19戦勝利なし - FOOTBALL ZONE
- 株式会社湘南ベルマーレの株式譲渡に関するお知らせ - 湘南ベルマーレ公式サイト
- 株式会社湘南ベルマーレの株式の取得について - 株式会社フジタ
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