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by nicoxz

衛星通信の妨害対策技術、日本が開発支援を本格化

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はじめに

世界各地で衛星通信システムへの妨害攻撃が深刻化しています。ウクライナ紛争ではロシアによる組織的な電波妨害が確認され、イランでは反政府デモの鎮圧にスターリンクへのジャミングが使われました。欧州でも航空機のGPS信号が妨害される事態が頻発しています。

こうした状況を受け、日本の総務省は衛星通信の妨害を防ぐ技術の開発支援に本格的に乗り出す方針です。2026年度から企業の部品開発費用などを補助し、2033年ごろの商用展開を目指します。本記事では、世界で何が起きているのか、そして日本がどのような対策を講じようとしているのかを詳しく解説します。

世界で急増する衛星通信への攻撃

ジャミングとスプーフィングの脅威

衛星通信への攻撃手法は、大きく2種類に分けられます。1つは「ジャミング」で、衛星が使用する周波数帯に強力なノイズ電波を発射し、正常な受信を妨げる方法です。もう1つは「スプーフィング」で、偽の信号を送りつけて受信側に誤った情報を与えるなりすまし攻撃です。

いずれの手法も近年急速に高度化しています。かつては軍事用の大型装備が必要でしたが、現在では比較的小型の移動式機器でも効果的な妨害が可能になりました。米国国立標準技術研究所(NIST)の試算によると、GPS・GNSSの通信障害による経済損失は米国だけで1日あたり約1,150億円に上るとされています。

ウクライナでの衛星通信攻撃

ロシアのウクライナ侵攻以降、衛星通信への妨害は戦争の重要な側面となりました。ロシアは「Tobol」と呼ばれる電子妨害システムを保有しており、スターリンクの信号を電子的に妨害する能力を持っています。

さらに注目されているのが、新型の妨害システム「Kalinka(カリンカ)」です。これはスターリンクの衛星からの全信号を検出・妨害するために特別に設計されたシステムで、現在開発が進められています。米国防総省もロシアがスターリンクの妨害を継続的に試みていると結論づけています。

一方、2026年2月にはスターリンクの利用をめぐる大きな動きがありました。ウクライナとSpaceXが協力し、承認済み端末の「ホワイトリスト」方式を導入したのです。これにより、ロシア軍が不正に使用していたスターリンク端末が遮断されました。ウクライナ国防省は、ロシアが偵察・攻撃用ドローンにスターリンク端末を搭載して運用していた実態を明らかにしています。

イランでのスターリンク妨害

2025年末から2026年初頭にかけて、イランでは経済問題を背景に大規模な反政府デモが発生しました。イラン当局はデモの拡散を防ぐため、インターネットの大規模な遮断を実施しました。

この際、ロシアの「Kalinka」システムの試作型が使用された可能性が指摘されています。イランのインターネット権利団体「Filter.Watch」によると、テヘラン市内の複数の地区で衛星信号の妨害が確認されました。移動式のジャミングユニットが地区ごとに展開され、スターリンクの信号を遮断するという手法が取られたとされています。

軍事グレードのGPSジャマーが配備された結果、イラン国内の一部地域ではスターリンクの通信性能が最大80%低下したと報告されています。この手法はウクライナでロシアが使用した移動式ジャミングの戦術と酷似しています。

欧州で相次ぐGPS妨害と国際的な対応

航空機への影響が深刻化

欧州ではロシアのウクライナ侵攻以降、GNSS(全球測位衛星システム)への妨害が大幅に増加しています。被害は民間航空にも及んでおり、深刻な安全上の懸念が生じています。

2024年には英国のグラント・シャップス国防相の搭乗機がロシアの飛び地カリーニングラード付近でGPS妨害を受けました。また、欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長の搭乗機もブルガリアのプロヴディフ付近でGPS信号の妨害を受けています。

具体的な数字を見ると、リトアニアでは2024年6月に1,000件以上のGPS妨害が記録され、前年同月の22倍に達しました。エストニアでは全フライトの85%がGPS妨害の影響を受け、ポーランドでは2025年1月だけで2,732件のジャミング・スプーフィング事案が報告されています。ラトビアの電子通信局が記録した衛星信号への干渉は、2022年の26件から2024年には820件に急増しました。

国際機関の対応

国際民間航空機関(ICAO)は2025年10月、ロシアと北朝鮮による衛星測位システムへの繰り返しの妨害行為を強く非難する決議を採択しました。また、EU加盟13カ国がGNSS妨害への対策を求める共同声明を発表し、EUはGPSシステムのアップグレードに着手しています。

欧州議会もこの問題を取り上げ、衛星干渉が航空・海上輸送にもたらす脅威について議論を行いました。ロシアのジャミング基地はカリーニングラードやバルト三国との国境沿い、ウクライナとの国境沿いに設置されていることが研究者の調査で特定されています。

日本の対策と今後の展望

総務省の技術開発支援

総務省は2026年度から、衛星通信の妨害を防ぐ技術の開発を民間企業に対して支援します。具体的には、耐妨害性を持つ部品の製造費用などを補助する方針です。目標として2033年ごろからの商用展開を掲げており、中長期的な取り組みとして位置づけられています。

この動きは、日本政府が進める「日本版スターリンク」構想とも連動しています。政府は国産の低軌道衛星通信網の構築に向け、補正予算から約1,500億円の支援を行う方針で、2026年3月にも事業者の公募を開始する予定です。海外企業に依存しない通信インフラの確保が、安全保障上の重要課題として認識されています。

防衛分野での衛星通信強化

防衛省も衛星通信の耐妨害性強化を進めています。2026年2月6日、三菱電機が防衛省から「次期防衛衛星通信の整備」を約1,235億円で受注しました。これは現行の「きらめき2号」の後継となる次期防衛通信衛星の開発・製造で、2030年3月の納入を目指します。

次期衛星は静止軌道上に配備され、耐妨害性を現行機から大幅に強化します。運用中でもビーム照射地域や通信容量を柔軟に変更できる「デジタル通信ペイロード」を搭載し、増大する自衛隊の通信ニーズに対応する計画です。

耐妨害技術の方向性

衛星通信の耐妨害技術には複数のアプローチがあります。「適応ビームステアリング」は妨害電波の方向を検知してアンテナの指向性を動的に調整する技術です。「ヌリング」は妨害源の方向の感度を選択的に低下させます。「周波数ホッピング」は使用周波数を高速で切り替えることで、特定の周波数への妨害を無効化します。

GPS耐妨害(アンチジャム)市場は2024年に約42億〜52億ドル規模とされ、2033年には約77億〜128億ドルに成長するとの予測があります。年平均成長率は7〜11%と見込まれており、防衛・航空宇宙分野を中心に需要が急拡大しています。

注意点・展望

衛星通信の妨害対策には、技術的な課題とともに制度面の整備も必要です。日本の耐妨害技術の商用展開目標は2033年ごろとされており、実用化までにはまだ時間がかかります。その間にも妨害技術は進化を続けるため、開発のスピードが問われます。

また、民間の衛星通信サービスが安全保障上の重要インフラとなっている現状は、平時と有事の境界を曖昧にしています。スターリンクのようなサービスが軍事目的でも使用される一方で、民間の通信手段としても不可欠であるというジレンマがあります。

国際的な枠組みでの対応も課題です。ICAOの非難決議には法的拘束力がなく、ジャミングを行う国に対する実効的な制裁手段は限られています。技術開発と並行して、国際的なルール作りの議論も進めていく必要があります。

まとめ

世界各地で衛星通信への妨害攻撃が急増しており、安全保障・経済の両面で深刻なリスクとなっています。日本は総務省による民間技術開発の支援と、防衛省による次期防衛通信衛星の整備という二本柱で対策を進めています。

耐妨害技術の開発は一国だけでは完結しません。同盟国との連携や国際的なルール整備も含めた総合的な取り組みが求められます。衛星通信は現代社会のインフラであり、その安全性の確保は今後ますます重要性を増していくでしょう。

参考資料:

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