セル・アメリカで変わる投資の流れ、日本株と金の明暗
はじめに
2026年に入り、「セル・アメリカ(Sell America)」と呼ばれる投資トレンドが世界の金融市場を揺さぶっています。米国株・米国債・米ドルといった米国連動資産から資金が流出し、欧州や日本をはじめとする他の市場へ移動する動きが顕著になっています。
年初8週間で米国株ファンドから520億ドル(約8兆円)が引き出され、2010年以降で最大規模の資金流出となりました。この動きは日本株にとって追い風となる一方、金相場には調整圧力をもたらしています。本記事では、セル・アメリカの背景と日本株・金への影響を分析します。
セル・アメリカとは何か
「トランプ・ショック2.0」から始まった資金移動
セル・アメリカの起点は、2025年4月2日のトランプ大統領による「Liberation Day」関税発動です。この大規模関税措置により、S&P 500は7週間で約20%下落し、2020年のコロナショック以来最大の世界的株式市場の下落を記録しました。
4月9日に関税の一時停止が発表されると市場は急反発し、6月にはS&P 500とNASDAQが史上最高値を更新しました。しかし、この間に生じた「米国の政策リスク」に対する投資家の警戒感は消えていません。
2024年11月のトランプ大統領当選直後から、実はすでに米国資産からの資金流出は始まっていました。関税発動はこの流れを加速させたにすぎません。
資金はどこへ向かっているのか
セル・アメリカの資金の行き先として注目されているのが、欧州株と日本株です。欧州株への資金流入が加速する一方、日本株への海外投資家の関心も高まっています。
2026年1月末時点の週間ベースで、外国人投資家の日本株投資は4,946億円の買い越しとなりました。直近では591億円から1,424億円へと倍増しており、資金流入のペースが加速しています。
ただし、全体像を見ると、海外投資家は2025年に総額1.55兆ドルの米国長期資産を純購入しています。セル・アメリカは一方的な資金流出ではなく、ポートフォリオの分散化と捉える方が正確です。
日本株に吹く追い風
複数の好材料が重なる
日本株が注目される背景には、複数の構造的な要因があります。
第一に、企業のガバナンス改革です。東京証券取引所が主導する「資本コストを意識した経営」の要請を受け、日本企業の自社株買いやROE改善が進んでいます。第二に、ウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハサウェイが日本の大手商社株を大幅に増やしたことが、海外投資家の関心を喚起しました。
ゴールドマン・サックスは、日銀の利上げと米国の再工業化が日本株を押し上げると予想しています。ブラックロックの2025年末調査では、回答者の約40%がアジア太平洋地域の株式エクスポージャーを増やす意向を示しました。
日経平均の見通し
日経平均株価は2025年に初めて50,000円を突破し、4月から12月にかけて61.9%の上昇を記録しました。2026年末の主要アナリスト予測は以下の通りです。
UBSは54,000円(約8%上昇)、バンク・オブ・アメリカは55,500円、インベスコは52,000円をベースケースとしています。ロイターが調査したストラテジストの中央値では約13%の上昇が見込まれています。
企業利益の成長率も2025年の4%から2026年は8%への加速が見込まれ、AI・半導体主導の物色から幅広いセクターへの拡大が予想されています。
リスク要因も忘れずに
ただし、楽観一辺倒というわけではありません。Japan Times紙は「AIバブルが超バブリーにならない限り、2026年に日経平均60,000円は難しい」と指摘しています。為替の影響も見逃せません。円安による株式への追い風効果は、すでにかなりの部分が織り込まれているとの分析もあります。
日銀が2026年中に政策金利を0.75%からさらに引き上げれば、円高方向に振れる可能性があり、輸出企業の業績見通しに影響を与えます。
金相場に訪れた調整局面
史上最高値後の急落
金は2025年に50回以上の史上最高値を更新し、年間リターンは60%を超える驚異的なパフォーマンスを記録しました。2026年1月29日には1オンス5,595ドルの最高値をつけています。
しかし、その直後に急落が始まりました。5,500ドル超から4,800ドル以下へと大幅な調整局面に入っています。次期FRB議長の指名と金融政策への期待変化が引き金となりました。
金にとっての「逆風」要因
金相場の調整には複数の要因が重なっています。米ドル高と実質金利の上昇は、金保有の機会コストを高めます。金は利息を生まない資産であるため、金利が高い環境では相対的な魅力が低下します。
また、リスクオン環境下では投資家の資金が株式市場に回帰しやすくなります。セル・アメリカの流れの中でも、資金は金ではなく欧州株や日本株へ向かう傾向が見られます。
さらに、各国中央銀行の金購入ペースが鈍化する可能性も指摘されています。2024年から2025年にかけて中央銀行は記録的なペースで金を購入してきましたが、価格の高騰により買い入れコストが上昇し、ペースが減速する懸念があります。
調整幅の予測
モルガン・スタンレーやワールド・ゴールド・カウンシルの分析では、金の調整幅は5%から20%と見込まれています。リスクオンシナリオが強まれば4,200ドル台前半まで下落する可能性があり、最悪のケースでは3,000ドル台後半まで下落するリスクも指摘されています。
ただし、中長期的には地政学リスクやインフレ懸念が金の下値を支えるとの見方が主流です。
注意点・展望
米国株は本当に「売り」なのか
セル・アメリカが注目される一方で、米国株が完全に魅力を失ったわけではありません。2026年末のS&P 500予測では、バンク・オブ・アメリカが7,100、ドイツ銀行が8,000、オッペンハイマーが8,100と、引き続き上昇を見込むアナリストが多くいます。
ただし、歴史的に見ると任意の年にS&P 500が10%以上下落する確率は50%あります。AIバブルのリスク、信用市場の懸念、トランプ政権の政策不確実性など、ボラティリティが高止まりする要因は残っています。
為替動向が鍵を握る
日本株への投資を検討する上で、為替動向は重要な変数です。JPモルガンの田中氏は2026年末のドル円を164円と予想(ウォール街で最も弱気な見通し)する一方、MUFGは146円を予想しています。
日銀は数少ない利上げ方向の中央銀行であり、FRBの利下げと合わせて日米金利差の縮小が進めば、円高方向への圧力が強まります。円高は日本株にとってマイナス要因となるため、為替の動向を注視する必要があります。
まとめ
「セル・アメリカ」トレードは、トランプ政権の政策リスクを背景に米国資産からの分散投資が加速する動きです。日本株は企業ガバナンス改革、利益成長の加速、海外投資家の関心向上を追い風に、2026年も堅調な推移が見込まれています。
一方、金相場は2025年の急騰からの調整局面にあり、金利環境やリスクオン心理が逆風となっています。投資家にとっては、米国一極集中からの分散がテーマとなる年になりそうです。ただし、為替変動やトランプ政権の政策リスクには引き続き警戒が必要です。
参考資料:
- EBC Financial Group - What is Sell America and Why Did It Happen
- Reuters/Investing.com - From ‘buy America’ to ‘bye America’
- Goldman Sachs - Will Japanese Stocks Rally to Fresh Record Highs?
- World Gold Council - Gold Outlook 2026
- BlackRock - The 2026 Outlook for Japan’s Share Market
- Janus Henderson - Will strong earnings growth drive Japanese stocks higher in 2026?
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