ソニーのAIの眼、自動運転とロボットで需要急拡大
はじめに
ソニーグループの半導体事業を支えるイメージセンサーは、長年スマートフォン向けが売上の大部分を占めてきました。しかし今、自動運転やヒト型ロボットといった新たな成長領域が急速に拡大しています。
ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)は、厚木テクノロジーセンターの「ガレージ」と呼ばれる開発拠点で、次世代の車載用イメージセンサーの研究を進めています。「AIの眼」として機能するこれらのセンサーは、自動運転車やロボットが周囲の環境を認識するための中核技術です。本記事では、ソニーのイメージセンサー事業の現状と成長戦略について解説します。
車載イメージセンサーの急成長
スマホ依存からの脱却が急務
ソニーのイメージセンサー事業は、売上高の約7割をApple向けが占めるとされており、特定顧客への依存度の高さが経営リスクとして指摘されてきました。スマートフォン市場の成熟化に伴い、新たな収益源の確保は急務です。
その中で最も有望な成長領域が車載向けです。SSSは2014年に車載向けイメージセンサーの商品化を発表して以降、この分野を注力領域として位置づけてきました。2017年にはADAS(先進運転支援システム)用途向けに業界最高解像度となる有効742万画素の「IMX324」を商品化するなど、技術的な優位性を築いています。
2026年度に世界大手9割が採用へ
SSSは2025年6月の事業説明会で、2026年度には世界の主要自動車メーカー20社のうち9割でSSSの車載イメージセンサーが採用される見通しであることを明らかにしました。同年度での車載事業の黒字化計画も維持しています。
市場の拡大を後押しするのが「多眼化」のトレンドです。1台あたりのカメラ搭載数は2024年度時点の平均3.5個から、2030年には6.5個にまで増加すると見込まれています。SSSの試算では、200万画素以上の車載用イメージセンサー市場は2019年度比で2030年度までに約720%の成長が見込まれます。
さらに、EUでは2026年から全ての新規登録車にドライバー監視システム(DMS)の搭載が義務づけられる規制も、市場拡大の追い風となっています。
AIの眼を支える先端技術
インテリジェントビジョンセンサーの革新
ソニーが開発したインテリジェントビジョンセンサーは、画像の取得だけでなく高速なエッジAI処理までを1チップで行える画期的なセンサーです。AIエンジンと専用データメモリーをロジックチップに搭載しており、クラウドに頼らずセンサー単体で物体認識や動体検出を実行できます。
この技術は自動運転における認識処理の高速化に直結します。ソニーセミコンダクタソリューションズは長年培ったセンシング技術と最新のAI技術を融合させ、自動運転における認識ソフトウェアの開発にも注力しています。
イベントベースビジョンセンサー(EVS)
もう一つの注目技術がイベントベースビジョンセンサー(EVS)です。従来のイメージセンサーがフレーム全体を一定間隔で撮影するのに対し、EVSは各画素の輝度変化を検出し、変化のあった部分のみを出力します。
この仕組みにより、データ量を大幅に削減しながら、マイクロ秒レベルの超高速応答を実現します。人間の視神経に近い動作原理を持つEVSは、高速で動く物体の検出や、明暗の激しい環境での認識に優れています。自動運転車が夜間の暗い道路から突然明るいトンネル出口に出るような状況でも、安定した認識が可能です。
ヒト型ロボットへの展開
ロボットの「眼」としてのセンサー技術
自動運転と並んで成長が期待されるのが、ヒューマノイドロボット向けのセンサー需要です。ソニーグループは力制御型アクチュエーター「VA」を開発し、ロボットの自律的な動作制御技術を進化させています。
ロボットが人間と協働する環境では、周囲の状況を正確かつ高速に把握する「眼」が不可欠です。EVSはジェスチャートラッキングやリアルタイムの障害物回避に最適であり、ヒューマノイドロボットの視覚システムとして大きな可能性を秘めています。
フィジカルAI時代の到来
AI技術の進展により、デジタル空間だけでなく物理的な世界で活動する「フィジカルAI」の実用化が近づいています。自動運転車、産業用ロボット、ヒューマノイドロボットなど、AIが実世界で機能するためには高性能なセンサーが必須です。
ソニーはスマートフォン向けで培ったイメージセンサー技術の蓄積を活かし、このフィジカルAI市場において「AIの眼」のポジションを確立しようとしています。イメージセンサーとAI処理の統合は、単なるハードウェア供給を超えた付加価値を生み出す戦略です。
注意点・今後の展望
ソニーの車載イメージセンサー事業は成長軌道にありますが、課題も存在します。車載向けは認証プロセスが長く、量産までに時間がかかるため、短期的な収益貢献には限界があります。また、onsemiなどの競合も車載向けで強い存在感を示しており、市場シェアの獲得は容易ではありません。
一方で、サムスンがモバイル向けイメージセンサーで急速にシェアを伸ばしていることは、スマホ依存脱却の戦略的重要性をさらに高めています。車載・ロボット向けの事業基盤を早期に確立できるかが、ソニー半導体事業の中長期的な成長を左右するでしょう。
まとめ
ソニーのイメージセンサー事業は、スマートフォン向けの成熟市場から、自動運転やヒト型ロボットという新たな成長領域への転換期を迎えています。インテリジェントビジョンセンサーやEVSといった先端技術は、「AIの眼」として物理世界で活動するAIシステムの中核を担います。
2026年度の車載事業黒字化、世界大手9割への採用拡大は、この戦略が着実に進展していることを示しています。スマホ依存からの脱却は一朝一夕には実現しませんが、ソニーが持つセンサー技術の優位性は、フィジカルAI時代における競争力の源泉となるでしょう。
参考資料:
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